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怨みつらみの愉快日録  作者: 夏風邪
第二章
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79 . 悪霊狩り〈八〉



 庭にはそれなりに人がいる。

 しかし『天才』と称される彼にとって、その中から目的の人物を探し出すことなど容易いことだった。

 

 現在、術師会内では彼自身も話題に事欠かない人物である。

 それ以前に、ただでさえ目を惹く男なのだから当然注目も視線も集まる。


 それでも他人の存在になど興味すらない彼にとって、それらすべてが認識の対象外だった。



 千景は頬杖をついたまま、こちらを見下ろす青玉にへらりと笑いかけた。


「遅いよ」


 胡座を解いて縁側から脚を下ろす。

 またもや変化した寝床にさすがの銀も覚醒したらしい。一度伸びをして、それからピタリと千景の横に座り込んだ。


「悪い」


 その反対側には今しがたやって来た黒髪が腰を下ろす。


 あくまでも、あくまでも千景の主観だが、無に等しいその表情からは若干の疲弊とストレスが窺えた。

 常の涼しいを通り越して冷たい表情は変わりないのだが、なんとなく、先ほど戸口のところで別れた時とは違って見える。


「お前も人のこと言えないね。術師会のこと、めっちゃ嫌いじゃん」


「知るか」


 コキコキと首を鳴らす煉弥はいつにも増して気怠るそうだ。


 千景と同じかそれ以上に、この男もまた術師会に嫌悪を抱いているらしい。

 そんな心境でよく今まで術師会にいられたものだと、今更ながら感心する。



 千景はそんな煉弥の肩に手を置き、耳元に唇を寄せた。


 誰かに聞かれてもいいけれど、先ほど現れた術師会の上層部であろう彼らとしては、内部の歪みをあまり広めたくはないだろうから。

 彼らの意を尊重する気はこれっぽっちもないが、無闇に敵対視されたくもない。


「それで。術師会とは決別できたのかい?」


 煉弥はわずかに目を瞠る。

 こちらを見てから、眉根を寄せた。


 ふふ、と千景は笑う。

 いつも通りニコリと、綺麗に屈託なく。


 誰が見ても思わず見惚れるその笑みは、しかし千景をよく知る者にとってはすべてを見透かす悪魔の微笑みに等しい。


 まだ短い付き合いながらもそれを感じ取っていた煉弥は小さく息を吐いた。


「……気づいてたのか」


「術師会所属術師の参加禁止、だっけ? こんなオイシイ条件付きの催しの日をわざわざ選んだんだよ。それくらいするでしょ」


「………」


「術師会の脱退と、あとは実家との絶縁でも申し込んだ? お前ほどの術師を向こうも簡単には手放さないだろうから、抜けるのは現実的に難しいだろうね。でも一度でも強硬の意思を見せておけば今後は優位に立ちやすくなる。それに、今日でカタをつけようとは思ってなかったみたいだし? 煉としても出来は上々ってところなんじゃない」


「……お前、ほんと怖え」


「最高の褒めコトバだね。まあ、お前には言われたくないけど」


 その実、根本的な部分が似た者同士であることは互いが一番よく知っている。


 鋭い思考を言葉にするか、そのまま己の中に留めておくか。

 両者の違いなんてそれくらいのものだろう。


 どちらにせよ、千景も煉弥も端から見れば敵に回したくない人種であることに変わりはないというだけの話だ。



 術師会お偉方の登場で一時は動きを止めていた庭兼悪霊狩り会場も、今はすでに悪霊との戦いが再開されていた。


 数度の対峙を重ねればさすがに誰も彼も疲労と消耗が出る。


 中にはまだまだピンピンしている新しい顔もあるようだ。

 彼らは途中から参戦してきた参加者なのだろう。


「んで、悪霊狩りの方は参加できんの? 反発しまくってるけどお前、まだバッチリ術師会所属術師じゃん」


「問題ない」


「よく許しが出たね」


「呪符のみの制限付きでな」


「はは、そりゃそうだろうよ。お前にいつも通り立ち回られたらたまらないからね」


 この場合、もしも煉弥が呪符を持ち歩かないタイプの術師だったのなら、その時点で参加不可となっていたのだろうか。

 だが煉弥はいつも数種の呪符を数枚ずつ、懐に常備していることを千景は知っていた。


「無事に参加も許されたみたいだけど。煉ってばほんとに参加する気あんの?」


「お前は」


「せっかく来て収穫なしってのもあれじゃん? 依頼受けられないから最近収入少ないし。貰えるものは貰っておきたいとは思う。それに、東京まで来たんだから遊べるくらいのお金は欲しくない?」


「遊ぶ金かよ」


「いいじゃん。美味しいものでも食べようよ」


 ルールブック代わりの資料をめくりながら、再度得られる報酬金額を確認していく。


 狙うは1万円のBランクか2万円のAランク。

 Sランクが出て来てくれればそれだけで10万円も得られるのだが、今のところ出現する気配はない。


 生活が困窮するほどお金に困っているわけではないので多くは望まない。


 そもそも今回の目的は金銭ではないのだから、ほんの少しだけ、東京を楽しめるだけの小遣いが手に入ればラッキーくらいの感覚だ。




 悪霊が放たれては術師が祓う。

 とくに代わり映えのない光景に欠伸がこぼれはじめた頃。


 今までの比ではないほどに重く、そして禍々しい瘴気が場を包み込む。


 ああ、来たか、と。

 直感的に理解した。


 庭の中央に、ソレは現れた。


 人のカタチをしたソレはしかと二本の足で立ち、ぐるりと一度、周囲を見回す。

 五体は満足。見える範囲に血の色はない。

 久しぶりのホラー要素のない悪霊に思わず感動してしまった。


 ただ、それはあくまでも”外見では”の話であって。

 その眼に宿る燃えるような狂気は到底笑えるようなものではなかった。


  

 参加者と術師会の人間含め、多くの者が一様にソレから距離を取る。


 その動きで、この場にいる術師会術師の力量もある程度把握した。

 さすがにこのレベルの悪霊だと手に負えなくなる術師も増えてくるようだ。


 金に目が眩んで悪霊に飛びつく参加者がいないことに関心する。


 きっと彼らは理解しているのだ。

 自分の力量では到底敵わないことを。

 安易に近づけば一瞬で取り憑かれ、心も身体も乗っ取られてしまうことを。


 それほどまでに、今までの悪霊とは一線を画していた。


「…あれがSランクの悪霊ってことでいいの?」


「だろうな」


「あれで10万かぁ……」


 思ってた以上に悪霊の強さと報酬金額が釣り合っていない。


 おそらくこれまで参加者が関わってきた霊障案件の霊は、この悪霊よりももっとずっと弱い。

 術師会が引き受けているであろう呪術依頼だって、このレベルの悪霊が出てくることはそうないはずだ。


「ふふ、こんなの祓えるわけないじゃんね」


「祓わせるつもりがないんだろうな」


「誰も祓えなかったらどうすんの?」


「術師会で片付ける」


「ふーん、そう。……ねえ煉、今日も調伏系の呪符持ってるよね?」


「………」


「別に困ってるわけじゃないけど。どうせならさ、欲しくない?」


 チャリン、と。


 どこからともなく硬貨がぶつかる金属音が聴こえたような気がした煉弥は、諦めたように頷いた。



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