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怨みつらみの愉快日録  作者: 夏風邪
第二章
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78 . 悪霊狩り〈七〉



 現れた男に、ほう、と千景は内心目を瞠った。

 その男が持つ風格に、存在感に。


 男はジロジロと不躾に千景を見て、それから朱殷と銀に視線を滑らせる。


「随分とカワイイペット連れてんじゃねえか」


 ニコッと向けられた男の笑みはどこまでも胡散臭いものだった。


「そりゃどーも」


 鏡写しのように千景も笑う。

 この距離まで近づかれてなお、声をかけられるその直前まで男の気配に気づかなかった。


 警戒心も口角も自然と上がるというものだ。



 さて、いったい誰だろうかこの男は。


 和装であれば術師会の人間でほぼ確定なのだが、そうでないということはただの参加者という可能性もある。


 だがしかし、この男が纏う不敵な空気と独特の存在感。


 とてもではないがただの術師とは思えない。

 どこからどう見ても相当な実力者だ。


 それを裏付けるように、男の左手首に巻かれた数珠が存在を主張する。


(……薄紫、そりゃ強いわな…)


 術師ならば誰もが持っていて当然の呪具のひとつ、数珠。

 いわば術師の証のようなそれは、所持者の呪力に応じて九つの等級に色付く。


 その中でも薄紫は上から二つ目に位置付けられる色だ。


 最上位の濃紫に分類される術師など、呪術界全体を通しても片手で数える程度しか存在しない。

 だから実質的に薄紫を持つ術師がほんの一握りの実力者として認識されることとなる。


 そんな一握りの実力者に、どうやら目の前の男も含まれているようだ。


「オニーサン、術師会の人?」


「だったらどうするよ」


「べつにどうも。てか、術師会の人だから私に声かけてきたんじゃないの?」


 声をかけられ薄紫の数珠を見た時点で、すでに千景の中ではこの男は術師会の人間として認識されていた。


 それを肯定するように男は口端を持ち上げる。


「参加申請済ませてんのにただ傍観してるだけってヤツも珍しいんでね」


「ふぅん」


「だからこうして様子を窺いにきたってワケ」


 そうこうしているうちにも悪霊を狩る術師は増えていく。

 悪霊も解き放たれては祓われてを繰り返す。


 ぼちぼち厄介そうな悪霊も混ざりはじめ、順調だった術師もそろそろ手を焼き始める頃合いだ。


 気づけば、未だ手すら出していない参加者は千景くらいになっていた。

 悪霊に近づく素振りすら見せない千景に、運営側である術師会が疑問を持つのも頷ける。


 だが、傍観くらいしかやることがないのだから仕方ない。

 呪術が使えたとして積極的に動いていたかどうかはともかくとして、今は煉弥が戻ってくるまで何もできないのだ。


「どーぞお気になさらず。人を待ってるだけなんで」


「へえ」


 何やら意味ありげな視線を送られたが、千景は鉄壁の笑みをもってすべてを受け流した。



 庭の様子を眺めながらついでに両の靴も脱ぎ捨てて楽な姿勢をとる。

 落とさないように銀を持ち上げて胡座をつくり、膝を頬杖用のちょうどいい肘置きする。


 膝から降ろされたことに銀はやや不満そうだったが、再び千景の脚の間を陣取ってはベストポジションを見つけてくつろぎはじめた。


 術師会は礼儀・作法・品位が重んじられがちな組織だ。

 今の千景の体勢を見ればきっと「行儀が悪い」と苦言を呈されることだろう。


 しかし、堅っ苦しい作法なんざどうでもいいという大人たちに囲まれて育った千景は、幼少期より染み付いた動作は今なお抜けていなかった。



 ちらりと周囲を見渡す。


 やはり男が多い。

 参加者たちも千景を除けば全員男だ。いかに女術師が少ないかが一目でわかる。


 そんな中、音がしそうなほどバチリと目があってしまった美女にはニコリと微笑んでおいた。

 術師会の人間であろう彼女は一瞬驚いた顔を見せて、すぐさま鋭く睨まれ、目を逸らされた。


 どうやら知らぬ間に顰蹙を買ってしまったらしい。

 千景への嫌悪が実にわかりやすい。



 そのまま視線をスライドさせていけば、ピタリとある一点で止まる。

 今まさに悪霊が解き放たれた一角が目に入った。


 悪霊を封じ込めていた呪具がひび割れ、その隙間から禍々しい瘴気が溢れ出てくる。


 今までのものとは明らかに質の違うそれ。

 瘴気を増長させながらひとつに纏まり、瞬く間に一個体が出来上がった。


 ピリッと庭の空気が変わる。

 緊張と期待と、それから畏れ。


 変化した参加者の顔つきに、満足げにほくそ笑んだのは術師会側だった。



 本日初めて放たれた高ランクの悪霊に、悪戦苦闘しながらも複数の術師が立ち向かう。

 呪符を使ってみたり、呪文を唱えてみたり、持ちうる調伏系呪術を駆使して清祓を試みてはいるが、残念ながら効いている様子はない。


 彼らの持つ数珠の色は薄赤や濃赤だ。

 人数分布で見ればこの辺りの色に属する術師が最も多く、いわゆる”普通の術師”に分類される等級となる。


 現在対峙している悪霊は、そんな彼らには少々手に余る相手なのだろう。


「ねえオニーサン。あれのランクってどんくらい」


「オマエの見解は?」


「さあ。わかんないから訊いてんじゃん」


 自分でも白々しいと思うほどに無知を装って千景は首を傾げた。


 馬鹿でも天才でも平凡でも。

 弱者でも強者でも。


 術師会が千景にどういう印象を持とうともどうぞご自由にスタンスを貫くつもりだが、やはり最初は無知な弱者でいたいという、ちょっとしたアソビゴコロだ。


「あれでAランクだな。平々凡々が相手をするにはちと厳しいだろうぜ」


「自分で訊いといてなんだけど。そんなこと簡単に教えちゃっていいの?」 


「キレイなオジョーサンからの質問に答えねえなんて男が廃んだろーがよ」


「あっそ」


「連れねえなァ」


 案外あっさり教えてくれた悪霊のランクは『A』。

 千景の予想通り、やはり並みの術師が相手取れるようなレベルではないようだ。


(……あ、横取り)


 今まで相手をしていた三人組に割り込むように、今度は二人の男がAランク悪霊に攻撃を仕掛けた。


 横から掻っ攫われた三人組は呆気にとられたようにその場に座り込む。

 肩で息をする彼らは相当疲弊しているようだ。

 ゆえに獲物を取られたことに悔しそうに唇を噛むが、どこか安堵したような表情も見受けられた。


 悪霊との力の差は歴然だった。

 このまま続けていれば仲間内の誰かが取り憑かれるのは時間の問題だったと理解しているからこそ、悪霊の標的が他に向いたことで命拾いしたのだ。



 結果的に、Aランクの悪霊は後から参戦した二人の男によって祓われた。


 彼らが持つ数珠の色は薄青。

 赤系統よりもワンランク上の等級だ。強さで言えば中の上から上の下といったところだろうか。

 それでも苦戦を強いられてはいたが。


 参加者の等級と、『悪霊狩り』において設定された悪霊のランクを照らし合わせることで、大体の比較は済んだ。


 十数人の参加者の数珠を視認したところ、最も高い等級で薄青だった。

 中にはそこそこ強めだが角度的に数珠が見えなかった術師もいたが、おそらくは薄青。良くてひとつ上の濃青だろう。


 当然、紫系統の数珠を持つ者はいない。

 そう簡単に上位二等級に属する術師がいるはずもないので、はじめからいるとは思っていなかったが。


 以上の分析から、結論として。


 もしもSランクの悪霊が現れた場合、果たしてそれを祓える参加者はいるのだろうか。

 そもそも術師会はSランクの悪霊を参加者に祓わせる気があるのだろうか。



 

 ───ピクリ。


 不意に。

 朱殷と銀が同時に反応した。


 次いで、千景の感知にも複数の人の気配が引っかかる。


「……やっと来やがったか。じゃあなオジョーサン。頑張んな」


「どーも」

 

 スーツの男がこの場を離れてから間も無くして、千景のいる縁側を直角に折れた廊下の向こうから、やたらとオーラを放つ者たちが現れた。


 風貌、貫禄、呪力、存在感。


 どれを取っても並の人間ではない。

 一目で別格だと理解させられる。


 それはまるで紫門を前にしたときに感じるのと同じような。


 あれは、人の上に立つ側の人間だ。

 

「……へぇ…あれが当主たちか」


 運営に尽力していた術師会の者は最敬礼を示し、外部の人間である参加者は息を飲んで彼らに視線を釘付けにするなか。


 そんな彼らの中に見知った黒髪を見つけた千景は、ふ、と表情を綻ばせた。


 

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