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怨みつらみの愉快日録  作者: 夏風邪
第二章
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76 . 悪霊狩り〈五〉



 血迷ったとも思える煉弥の発言が、ただ悪霊狩りに参加することだけを目的としたものでないことくらい、誰もが気づいている。


 悪霊狩りというのはいわばただの口実だ。

 『術師会の人間は参加できない』という煉弥にとって都合のいい文言付きの。


 二ヶ月もの間、身を隠していた彼が、確実に巽がいるとわかるこの時期に術師会に姿を見せた目的は初めからひとつしかなかったのだ。

  


 ───術師会の脱退、そして七々扇家との絶縁。



 家出中の煉弥が姿を見せれば必ず誰かが巽の前に連れて行く。

 そして悪霊狩りに参加するために来たとでも思わせておけば、術師会所属を理由に断られることも容易に想像がつく。


 あとは「だったら術師会をやめる」とでも言えば勝手に事は進んでいく。

 相手の反応を見ながらも強硬姿勢を貫くだけでいい。



 何もこれだけで術師会や七々扇と縁を切れるとは煉弥も思ってはいない。


 戦力としてもステータスとしても、これほど使える術師もそうはいない。

 家のため、組織のためにと尽力する大人たちがそう簡単に手放すほど、煉弥は軽い存在ではない。


 彼らは煉弥が何事にも無関心なことを知っている。

 どれほどの地位や権力、報酬を与えたところでまるで意に介さないことは理解している。


 だったらと力づくで繋ぎ止めようとしたところで、呪術の才に長けた煉弥にあまりにも下手なことをしすぎると、いずれは『敵』と認識され、どんな呪いを受けるかわからない。


 もちろん当主陣は相当な実力者揃いだ。

 煉弥と同等あるいはそれ以上の人物もいる。

 呪いをかけられたとしても対処する術はいくらでもある。


 ただ、どうしても頭をよぎってしまうのは『七々扇煉弥の実力を本当に推し測れているのか』という漠然とした疑念だ。


 まだ誰も彼の底を見たことはない。

 彼もまた、底を見せたことはない。


 本気を出せばもっと強いのではないないか。

 もっと様々な呪術を扱えるのではないか。


 積み重なった憶測と懸念はいずれ真実となる。

 たとえ実例が伴わずとも、長いこと頭の中で燻っていれば、それはいずれ真実へと変わる。


 『きっとこの青年は、自分たちが思うよりもっとずっと優れた人間だ』。


 一度でもそう認識してしまったら最後。

 どうってことない、牙を剥かれようと十分に対処できる、頭ではわかっていてもどうしても無意識下で躊躇する。


 人の上に立ち、多くの術師を抱える立場にある彼らが、そう簡単に命を晒すような愚かな真似ができないのもまた事実。


 だからこうして煉弥のような規格外の術師に強硬姿勢を貫かれてしまうと、途端に行動の選択肢が狭まってしまうのだ。



 チッ、と二度目の舌打ちは忌々しげに落とされた。


「……ガキが、一丁前に交渉の真似事か。お前ひとり管理することくらい他愛もないことだ」


「だからどうした」


「よく考えることだ。お前の身勝手のせいでその”連れ”とやらにも危害が及ぶことになるだろうよ」


「好きにしろ」


 煉弥が関わりを持つ”連れ”を引き合いに出せば、少しは態度も軟化するかと思われたが。

 やはり根本的な冷淡さはそう易々と変わらないらしい。


 ”連れ”を慮る様子は少しも見られない。

 むしろどうでも良さげに吐き捨てた。


 やはり彼は彼。

 なにも変わらない。


 煉弥の態度に誰しもそう思った。

 しかし次いで見せた煉弥の表情に、どうやらそういうわけではないと気づく。



 僅かに持ち上がる口角。

 珍しいというレベルではない、希少すぎる煉弥の表情。


 深海を彷彿とさせる青玉は目に入るものなど何も映しておらず、もっと別の、脳裏に浮かんだ光景にでも思いを巡らせているかのように、すっと細められた。


「あいつなら嬉々として愉しむはずだ。だから、好きにしろ」


 初めてまともに”連れ”の存在を認める煉弥の様子に、発言に。

 今度は誰しも一様に目を瞠った。


 煉弥が笑みをつくるのはこれが初めてというわけではない。

 ごく稀に、厄介な悪霊相手に薄い笑みを見せることはあった。

 

 だがそれはあくまでも難敵を相手にしたときの闘争本能からくるもので。

 このように他者が起因して表情を変える場面など見たことがない。


 ましてや他者に理解のある物言いをするなど、想定外に想定外を重ねた発言だ。


「…………その女のことを、随分と信頼してるようだな」


「さあな」


「いいだろう。呪符以外の呪術を一切使わないという条件でお前の参加を認めよう。もちろんその連れとやらもな」


 溜め息混じりの苦肉の判断は巽としても不本意でしかない。


 しかし一人の例外をつくることと、七々扇煉弥という力を失うこと。

 どう甘く見積もっても後者の方がダメージが大きいのは確かだ。


 煉弥の要求に対してここで譲歩を見せてしまえば、今後も強い態度に出られない可能性がある。

 だがそれは追い追い対処を考えていけばいいだけのこと。


 彼がいくら優秀といえど所詮はひとり。

 数も力もある組織として、抑制する手段はいくらでもあるのだから。


「あとはお前の戯言についてだが……」


「勝手にしろ」


 軽々しく「抜ける」「縁を切る」と言いのけた煉弥に何らかの処罰を与えようとした巽だったが、その前に煉弥が腰を上げた。



 通常、術師会に入るだの抜けるだの、ましてや血の繋がりのある家と縁を切るというのは決して簡単なことではない。

 思いつきや一時の感情で口にしていいことではない。


 少しでも家の情報を持っている、秘密を知っている者を外に放つというのはそれだけでリスクになる。


 もし抜けるというのなら、その者に対してそれ相応の責任と覚悟を求める。

 それがたとえ命を賭すことになろうとも、だ。


 それほど呪術界においての縁切りは重い意味をもつ。


 だから一度組織に属した術師は、その生涯を所属組織と共にする場合が多い。


 命が惜しいならば馬鹿な真似はするな。

 術師が生きるのは、そういう厳しく縛りのある世界なのだ。


 言い換えれば、一門や術師会に属している術師は皆、それなりの覚悟をもって責務を全うしていると言える。


 ただ、それはあくまでも並みの術師ではという話だ。


 当然、並みの術師の括りに含まれるはずもない煉弥にとっては、責任だの覚悟だの、そんな微々たる枷はなんの拘束にもならない。


「まだ話は終わってねえぞ。戻れ」


 今さら彼が父親の言葉を聞くはずもなく。


 『参加してよし』の言質が取れればもう用はない。


 どうせ初めから、この場で簡単に絶縁できるとは思っていなかったのだ。

 これ以上小言のような戒めを聞く必要もない。



 ちらりと寄越された青玉の視線。

 相変わらずなにを考えているのかわからないものだったが。


 その奥にひっそりと、どこか愉しげな色が見え隠れしていた。



「こんな場所にこれ以上、あいつを放っておくわけにはいかねえから」



 落とされた言葉の意味を噛み砕くには、時間がかかった。

 たっぷりと間を置いたのち「………え?」と驚愕が口を衝いたのは誰であったか。


 気づけば煉弥は障子の向こうへと消えていて、驚きと戸惑いだけが残る。



 この二ヶ月の間に七々扇煉弥に一体どんな心境の変化があったのか。

 一体なにがここまで彼に影響を与えているのか。


 その変化を目の当たりにした一同は、先程から話題に上がっていたまだ見ぬ”連れ”への興味をじわりじわりと募らせていくのだった。



 * * *



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