75 . 悪霊狩り〈四〉
巽は本人の口から直接聞き出すことを早々に諦め、今度は佐伯に焦点を当てた。
ここまでの道中、もしかしたら煉弥はヒントになり得る行動でもとっていたかもしれない。
すべてを知らずとも、断片的にでもその諸事情がわかれば、彼の扱いも幾分か楽になるというもの。
「……おそらく、悪霊狩りに参加するおつもりかと。屋敷に入るそぶりもなく、ただの参加者としていらっしゃっていたようなので」
「何を馬鹿な真似を」
佐伯の見解はあくまでも第三者のものであるため真偽のほどは定かではない。
それでも、それなりに信用している部下が頓珍漢な発言をするとも思えない。
たとえ嘘であったとしても、この場で嘘をつくことに百害あっても一利はない。
よって、巽は佐伯の言葉を真実だとして受け止めてた。
「お前の参加など認めるわけがないだろう」
その上で、鼻で笑って煉弥の参加を蹴った。
煉弥が決して愚鈍でないことは知っている。むしろ相当に賢い人間だ。
だから悪霊狩りに術師会の人間が参加できないことを失念しているなんてことはありえない。
術師会に帰ってきたわけでもなく、本人の様子からもわかるように、どうやら話をしにきたというわけでもない。
だったら本当に何をしに家出中の身でこの場にやってきたというのか。
煉弥の真意を紐解くために佐伯に発言を求めたが、結果的に余計にややこしくなる一方だった。
巽に限らず、静かに成り行きを見ていた他の者も煉弥の現状を読みきれていないことを察した佐伯は、つい先程の出来事を思い返していた。
戸口のところで煉弥を見つけたとき。
その隣にもうひとりいたことを。
仕事以外で他人と行動を共にするところを見たことのない彼が、まるでそこにいるのが当たり前であるかのように接していた女のことを。
いっそ寒気がするほどうつくしい七々扇煉弥という人間の隣にありながら、まったく見劣りすることなく、むしろ殊更強く人目を惹く女。
その姿には見覚えがあった。
数ヶ月前に一度、顔を合わせている。
たった一度の接触がごくわずかなものであったとしても、強く印象に残ったことを覚えている。見間違えるはずがなかった。
あの場ではいかに煉弥を説得するかに尽力して居た。
だから隣にいた彼女にまで注目する余裕はなかったのだが。
しかし、こうして思い返してみると疑問は募るばかりだ。
何事にも無関心だった七々扇煉弥にしては珍しすぎる行動のオンパレードだったように思う。
巽も佐伯に発言を求めはしたが、大きな期待はしていなかっただろう。
だがおそらく、佐伯は決定的とも言える場面を目撃していた。
彼がここにきた理由も目的も。
間違いなくあの白蛇と白狐を連れた美しい人間が関係している。
「…どうやら、お連れの方がいらっしゃったみたいです。煉弥さんがここに来た理由にも何か関係しているかと」
「……連れ、だと?」
巽は訝しげに眉根を寄せた。
その顔には信じられないという感情がありありと浮かんでいた。
およそ協調心なんて持ち合わせていない煉弥が人と連む姿など、とてもではないが想像できない。
ましてや他人から影響を受けるなどあり得ない。
総じて、”煉弥の連れ”という表現には違和感と懐疑しかなかった。
「で、その連れっつうのは?」
そう尋ねたのは、唯一愉快げに状況を眺めていた三廻祇禅だ。
室内は相変わらず余計な口出しが憚られる空気ではあるが、それを同じ九家当主が気に留めるはずもなかった。
「……煉弥さんと同齢くらいの女性の方です。以前、霊物解封のために術師を集めた際にもいらしていましたし、ここに来るということはおそらく術師の方だとは思います。ですが、呪術を扱っているところを見たわけではないので、詳しいことは何も…」
「へえ、女か」
佐伯の言葉により一層驚きが増していく。
いつの世も術師の男女比を見れば圧倒的に男が多い。
それは古来より呪術の主な宗派である密教、修験道などを参学する者に男が多かったためか。
あるいは男尊女卑の習わしが少なからず呪術業界に残っているせいか。
どちらにせよ術師には男が多く、一握りの強者として認識される術師もその大半が男であるのが現状だ。
それゆえ、煉弥ほどの術師に回される厄介な仕事に女術師が同行することなど滅多になく、他人と関わらないという印象以上に女と関わらない印象も強かった。
そんな煉弥が”女”の”連れ”と一緒だったというではないか。
これまでの彼を知っている者であれば尚更信じられないと思うのは当然のことだろう。
「おい愚息よ。佐伯の言うことは本当か?」
「………」
「その女というのはどんな奴だ。術師なのか」
「………」
佐伯の口ぶりからして作り話だとは思えない。煉弥が女の連れと来ているというのはおそらく本当のことだ。
だが、今まで見てきた人間味に欠けた七々扇煉弥のイメージが邪魔をして、うまく事実として捉えられてはいなかった。
本当のところは本人にしか分かり得ないこと。
しかしその本人が口を開く気配がないのだから、この場ではこれ以上を知ることは不可能だった。
「その女は今どこにいる」
「悪霊狩りに参加されるようでしたので、おそらく屋敷内にはいらっしゃるかと」
「そうか。たとえそいつが未所属の術師で、お前がその同伴として来ていようと、参加は認めねえぞ。何を企んでいるのかは知らないが、何をしようとお前が術師会の人間であることに変わりはない。わかったら謝罪の一言でも添えてさっさと仕事につけ。お前の身勝手でどれほど仕事が溜まっていると思ってる」
多分に圧を含ませた巽の言葉は異論も反論も受け付けてはいなかった。
話は終いだとばかりに巽は会話を切った。
七々扇家当主として、一時でも息子が関わりを持った人間を把握しておきたかった。
それ以上に煉弥が私的に交流を持つ人間に単純に興味があった。
もし使える人間であれば戦力として手元に置いておく。
そうでなかったとしても煉弥への抑止力として今後有効活用できる可能性もある。
現時点で”連れ”についてわかっている情報を整理した結果、ここでみすみす逃すには惜しい人材かもしれないと巽は判断した。
そうとなれば時間も惜しい。
他の家に取られる前に自らの手中に収めておかなければ───。
「───…俺が、術師会の人間じゃねえなら問題はないんだな」
ピタリと、腰を上げかけていた巽の動きが止まった。
驚くほど鋭い視線が煉弥を捉える。
「何が言いたい?」
「俺は術師会を抜ける。七々扇とも縁を切る。それで問題はないはずだ」
淡々と紡がれた煉弥の意思は、周囲の人間を困惑に突き落とすには十分すぎるものだった。
成り行きを見守っていた者たちの顔にも驚きが広がっていく。
そんな中でもやはり愉快げに笑みを深める男が一人、二人。
しかし誰もが煉弥を凝視している中では、誰の目にもとまりはしない。
「……おい、クソガキ。テメェ自分が何言ってんのかわかってんのか?」
かつてここまで七々扇巽が怒りを顕にしたことがあっただろうか。
低く重い声音は聴く者を否応なく震え上がらせる。
巽の顔に表情はない。
ごっそりと感情を削ぎ落とせば底冷えするほどの冷たさが残るだけ。
普段こういう顔を見せはしないが、やはり煉弥との血の繋がりを感じさせる。
「俺は術師会という組織に未練も執着もない。当然七々扇にもな」
「………それが目的か」
チッ、と舌を打つ巽は、ようやく煉弥がここに来た目的を理解した。