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怨みつらみの愉快日録  作者: 夏風邪
第二章
74/103

73 . 悪霊狩り〈二〉



 * * *




 今まで多くの日本家屋を見てきたが、一見すべて同じようでまるで違う。

 そこにいる人間が違えば、屋敷が醸す雰囲気も違う。


 目に映る景色。

 踏み鳴らす石の音。

 薫る木々の匂い。


 門を潜れば自然とその空気感を感じ取り、無意識のうちに印象形成が行われる。


 やはりここが術師会という事前情報があるためか。

 なんだかピリッとした緊張感が漂っているように感じられた。




「へえ、結構人がいんね」


「ほとんどが参加者たちだろうな」


「ああ、例の催しの」


 煉弥が術師会に出向く日を今日と決めたのは、なにも適当な理由からではなかった。


 九月の第二日曜日。

 術師会は毎年この日に決まってとあるイベントを開催するのだという。


 通称、『秋の悪霊狩り』。

 

 術師会未所属の術師を対象としたもので、概要としては術師会が用意した悪霊を参加者たちに祓わせる。

 あらかじめ定めた悪霊のランクとその数に応じて賞金も支払われるため、例年、金欠術師や荒稼ぎを狙う術師がこぞって参加するらしい。


 「悪霊を捕まえるって時点でよくわかんないけど、それをわざわざお金払ってまで他人に祓わせるメリットってなに?」と至極当然のことを問うたところ、煉弥から返ってきた答えはいたってシンプルで限りなく想像通りだった。



『人材発掘と野良術師の管理』



 前回千景が参加した集まりもそうだったが、やはり術師会主催イベントの根底には『未所属術師を放置する気はない』という意思が感じられる。


 もちろん人材不足という面も大きいのだろう。

 しかし無駄に立派な権力とプライドを持つ術師会のことだ。

 自分たちの知らないところで知らない術師が放し飼いにされている状況が気にくわないのだろう。


 だから何かにつけて管轄外の術師の顔と実力、あわよくばその所在を把握する。

 完全な野放し状態の術師を限りなくゼロへ。


 こうした術師会の行動の端々から、呪術業界の統括と独裁体制への並々ならぬ執念を感じさせる。

 前にも同じ印象を抱いたが、やはり手口が陰湿で徹底的だ。

 少しでも気を抜いて隙を見せれば、次から次へと情報を抜き取られてしまいそうだ。


 これだから術師会は嫌いなのだ。


 自由に生きたい身としては、ただひたすらに鬱陶しく、面倒な存在でしかない。


「……お前ほんと術師会嫌いだな」


「あれ、顔に出てた?」


「空気にな」


「ふふ、気をつけないと」



 門の内側、屋敷の外にもそれなりに人がたむろしていた。


 今回のイベントの趣旨からして、おそらくそのほとんどが術師なのだろう。

 『悪霊狩り』と銘打っているだけに呪術が使えなければ話にならない。


「前の霊物のときは京都だったよね? 今回は東京なんだ」


「術師会はいくつもの屋敷を各地に所有している。主催一門と用途によって使う場所は変わってくる」


「ちなみに今回の主催は?」


「複数家協同だが、メインは七々扇だろうな」


「え、じゃあここお前ん家?」


「違う。別邸みたいなものだ」


「別邸でこの規模とか。さっすが名家」


 きょろきょろと辺りを見回してみれば、いくつもの視線と目があった。


 実は門を潜った時からやたらと見られていたのだ。

 それは”七々扇の天才”と称される煉弥がいるためか。それとも今回は千景が朱殷と銀を隠さず連れているせいか。

 きっと注目を浴びる要因はその両方にあるのだろう。


 それでもやはり術師会の人間も多いこの場では、現在家出中の煉弥が現れたことに対する驚きが大きいように思えた。


「ねえ、煉。見られてるよ」


「知るか。とりあえず参加申請しに行くぞ」


「あーい」


 今回二人がここに来た目的はあくまでも『秋の悪霊狩り』への参加である。

 煉弥としてはその過程で術師会の動きが見れればいいだけで、父親含めた術師会の人間に、こちらからわざわざ接触する気はないらしい。



 術師会の主要人物でありながらただの参加者としてしれっと申請を済ませようとする煉弥に、ケラケラと笑いながら千景も続く。


 屋敷の戸口の前で一組ずつ申請処理をしている列に並べば、やはりというか、数秒と待たずして着物姿の人間に声を掛けられた。


「……………煉弥さん?」

 

 驚きを多分に含んだ声の主。

 煉弥が心底面倒そうに目を細めたのを千景は見逃さなかった。


(……あれ? コイツたしか…)


 まったく見知らぬ顔なのかと思いきや、どこかで見たことがあるような男が唖然とした様子で立っていた。



《──前に、おじいちゃんと一緒におった奴やなぁ》



 まるで甘えるように耳元にすり寄ってきた銀からの補足説明で、ああ、とやっと思い出した。

 前回の術師会の集まりで、術師会に入らないかと勧誘してきた老人の後ろに控えていた男だ。


(……たしか、佐伯(さえき)とか呼ばれてたっけ…)

 

 たった一度、たった数十秒顔を合わせただけだったので、その時の記憶が遥か遠くへ追いやられていたようだ。


「煉弥さん、今まで一体どこに……?」


「………」


「何故いきなりいなくなったりしたんですか?」


「………」


「当主様も探しておられましたよ」


「………」


 当然の問いを投げ掛けられた煉弥。

 当事者のはずなのに、とにかくどうでも良さげに無視を決め込んでいる。


 声は届いていても、だからといってそれに応答するという行動には繋がらない。

 無視は煉弥の常のため、返答がないことを気に留めた様子もない佐伯は、部下らしき男に何やら耳打ちをしどこかへ行かせた。



 佐伯が注意を逸らしていた間にも列は進み、そのまま去ろうとする煉弥を今度は腕を掴んで引き止めた。


「ちょっ、と、待って下さいっ!」


「……何か用か」


 鬱陶しげに腕を振り払った煉弥からやっと放たれた声音は冷淡そのもの。

 感情の欠片もない返答に一瞬怯んだ佐伯だが、ここで引き下がるわけにもいかないらしい。


「……ここにいらっしゃるということは、帰って来られた……わけではなさそうですね。まさか、悪霊狩りに参加されるおつもりですか?」


「………」


「ご存知だとは思いますが、これは術師会未所属の方を対象としたものです。術師会の人間で、しかもあなたほどの術師の参加を認めるわけにはいきません」

 

 そりゃあそうだと、千景もうんうんと頷いた。


 煉弥ほどの実力者であれば悪霊も選び放題、お金も稼ぎ放題、ひとりで全滅だって簡単にできてしまうだろう。


 しかし煉弥とてそんなことは言われるまでもなくわかっている。

 だがこちらには千景という紛れもない”未所属術師”がいるのだ。

 もとより主な参加は千景で、煉弥は千景の同伴という立ち位置で参加するつもりだった。


 それを説明すればこの場で引き留められる理由のひとつくらいは解消できそうなものだが。

 結局は解放してもらえないことはわかりきっているので、千景も煉弥もこの男にそれを説明する気はなかった。



 容姿も呼び名も人目を惹く煉弥が入り口で立ち止まっていれば、それだけで注目が集まる。

 術師会の人間のみならず、事情を知らない参加者たちのものまで。


 何事かと次第に増えていく視線とひそひそ話す声。

 これではまるで見世物だ。


 だんだんと注目の矛先が千景にまで広がってきたことが周囲の会話から伝わってくる。


「……めんどくさ」


 ほとんど唇を動かした程度の千景の呟きを拾ったらしい煉弥は小さく同調を示すと、立ちはだかる男を無視してそのまま歩き出した。


「だから、ちょっと待ってください…!」


「もういいだろ」


「い、いわけないです。ひとまず当主様にお会いになってください」


 何が何でも煉弥を引き止めたい佐伯。

 そのしつこさに、煉弥は溜め息を吐いた。

 

 仕方なしといった感じの煉弥は千景を見て、クイッと受付の方を顎で指す。


「先に行ってろ」


 これ以上拒んだところで徒らに人目を集めるだけだ。

 千景はひらひらと手を振り、勝手知ったる足取りで屋敷の中へ消えていく背中を見送った。



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