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怨みつらみの愉快日録  作者: 夏風邪
第二章
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70 . 正しい『丑の刻参り』を知れ



 店内の非売品棚から釘と鉄槌を取ってきて藁人形の横に置く。

 三つ並べると不気味さも倍増だ。


「『丑の刻参り』の儀式に必要なのは主にこの三つ。藁人形は言わずもがな、あとは五寸釘と鉄槌。五寸ってのはだいたい15㎝くらいね。儀式は七日間かけて行うから、なるべく予定のない時期を選んだ方がいい」


「一日だけじゃないんですね」


「できないこともないけど、より正確性を求めるなら七日間欲しい。時間は午前二時から三時の間。いわゆる丑満つ時に行うこと」


「了解っす」


「一応服装の縛りもあって、白衣と神鏡を身につけて一枚歯の高下駄を履くって決まりがあるんだけど現代人はたぶん持ってないから簡略化していい。白衣はー…そうだなあ、全身白っぽい格好を心がけてくれたら大丈夫。神鏡も絶対持ってないだろうから丸い鏡で代用可。高下駄は無視でいいや」


 説明の要点をメモしていく滝川は真剣そのものだ。

 どれだけ件の男子生徒を疎ましく思っていたのやら。


「あとは、火を灯した三本の蝋燭を頭に被ることになってるけど…」


「火だるまですね。やらなくていいですか?」


「うん。危ないからどっちでもいいよ。まあ、どうしてもやりたいってならやってもらっても全然構わないけど」


「だからやりませんって」


 本人は頑なにやりたくないようだが、ついつい頭に巻いた蝋燭の火が体に乗り移って火だるまになる姿を想像してしまう。

 そういえばこういう光景なんかの漫画で見たなあ、と不謹慎にも笑いが込み上げた。


「まあ事前準備はこんな感じかな。あとは七日間毎日神社の神木や鳥居に藁人形を打ち付けてくるだけ」


「意外と簡単なんですね」


「口で説明するぶんにはね。でも、絶対守って欲しいルールがひとつ」


「ルール?」


「道中、決して人に見られないこと。これだけは厳守しほしい」


「なんかそれ、聞いたことあります」


「ネットとかで調べれば書いてあるだろうよ。時間が時間だから大丈夫だと思うけど、まあできるだけ人目につかなさそうな道を選ぶように」


 丑の刻参りを行う者のなかにも、人に見られて失敗するケースは少なくない。


 その点、抜け目のなさそうな滝川はあまり心配していないが、いつどこで人が現れるかなんてわからないので用心するに越したことはない。


「それで、釘を打ち付ける位置なんだけど。心臓に打てば相手を呪い殺すし、懲らしめたり痛い目に遭わせるだけなら人体に相応する部分を打つ。その際、相手をどうしてやりたいか念じながら打ち込むこと。例えば、足を挫いて欲しいと願うんだったらそうなるよう念じながら藁人形の足の部分に釘を打つ。怪我以外にも頭痛とか腹痛とかも望めるから、その辺はお前の好きなようにやればいい」


「わかりました」


「ってことで、以上が『丑の刻参り』の概要だね。なにか質問は」


「釘を打つ位置って七日間全て同じ位置の方がいいんですか?」


「全日同じ場所に打てば効果は高まるけど多少分散させても問題はない。まあ、あんま多くは望まず本当に懲らしめたい箇所に、って感じかな」


 滝川は自分の言葉で噛み砕きながら千景の説明をメモしていく。

 その間、千景は豆大福をぱくぱくと口に運ぶ。


「あ、ウマ。てかこれ買ってきた覚えないんだけど……」


「もらった。お前がいない時」


「誰から」


「高橋って爺さん」


「今度お礼しないと」


 高橋というのはよく金縷梅堂に世間話に来る老人だ。

 そういえば以前、死霊に取り憑かれていたところを千景が助けてあげたこともあった。


「……よし」


「情報の整理はひと段落ついたのかい?」


「まあ、ひとまずは。あ、俺ももらっていいですか」


「どーぞどーぞ。たんとお食べ」


 ケーキバイキングならぬ茶菓子バイキングと化したカウンターテーブルは間もなく空になることだろう。


 やはり三人いると消費も激しい。

 きっとおやつの時間でみんな腹ペコだったのだ。


「さて、まだまだ心身を追い詰める方法はいっぱいあるんだけど。知りたい?」


 煽るように千景が首を傾げれば、何やら神妙な顔つきになった滝川が小さく頷いた。


 その顔を見て楽しそうに口角を上げた千景は、秘匿ラインの内と外をきっちり区別しながら、滝川に呪術知識を授けていくのだった。





 

「いろいろ教えてくれてどうもです。バッチリあいつを苦しめてみせます」


「ほどほどに頑張んな。あ、今日教えたことは他言無用で頼むよ。もちろん私たちのことも」


「誰かに言いふらすつもりなんてないのでご安心を」


 もともと口が軽い人間には見えなかったが、一応秘密保持を約束させた。


 必要な呪具を持たせ、ついでにカウンターに広げてあった茶菓子の中から栗饅頭もいくつか持たせた。

 どうやら隠れ甘党らしい彼は、千景チョイスの和菓子が心に刺さったらしい。


「いろいろ試してる段階で少しでもいつもと違うなって思ったらおいで。体調不良でも嫌な予感でもなんでもいいから」


「……そうなる可能性があるってことですか」


「もしかしたらの話だよ。一応最後まで面倒見てあげるからさ」


「…あー…その時はお願いします」


 最後に深く頭を下げて滝川は帰っていった。



 教えられることは教えた。

 あとは彼がいかに上手く使うかだ。


 丑の刻参りに関しては、そもそも今回は紫門作の藁人形を使わせるため、素人が行おうとも成功率は格段に高くなる。


 それを承知で千景も犯罪まがいの片棒を担いだ。

 今日教えた術が褒められるべきものでないことは重々承知している。


 だが、それがどうしたというのか。


 今さら”呪い”に罪の意識を感じて恐怖にかられるほど清廉潔白な心は持ち合わせていない。

 世間で言うところの悪役になろうと、最後まで笑ってその役を全うしてやる。


 綺麗事だけで生きていけるほど人生は甘くない。

 表舞台の正義が罷り通るほど術師の世界は優しくない。


 悪業上等。

 罪を被ってなんぼの商売だ。


 もとより聖人なんて願い下げ。

 とっくの昔から、この身に課された業を背負う覚悟はできているのだから。


「……よかったのか。あいつにあんなこと教えて」


「んー? 教えてって言ってきたのは向こうだしねえ。それに術師のこととか業界のこととか、専門性の高い情報は一切与えてないから大丈夫っしょ」


「違え」


「ふふ、大丈夫。私だってさすがに自分の行いに責任持てないやつに教えたりしないよ」


「そうか」


 千景は湯のみや菓子類を片付てざっとカウンターを布巾で拭く。

 煉弥も参考資料として広げていた書物を纏めたり、商品棚から持ってきていた呪具を元の位置に戻したりと率先して手伝ってくれる。


 結局滝川がいる間に客は来なかった。

 金縷梅堂店主としては嘆くべきことなのだろうけれど、たとえ来客があったとしても、こちらはホームパーティー並みに楽しんでいたので正直対応に困っていたところだ。


「書物はどこに」


「あ、さんきゅー。書斎まで頼むよ。三階ね」


 窓から見える空はすっかり茜色に染まっていた。


 いつもならもう少し店を開けている時間だが、今日はなんだかひと仕事やりきった感がすごい。


 ということで、店に入ってくる人影がないことを確認してからさっさと店を閉めた。


「今日の夜は何がいいかなー。和食? 洋食?」


「まだ食うのか」


「お菓子とご飯は別腹です。煉はいらねえの?」


「そうは言ってねえ」


「んじゃ夕飯当番決めるか」


 面倒だが人並みにはできる千景と、家事全般なんでもござれの銀、それと意外にもなんでもこなせるハイスペック男子煉弥を交えて、今日も今日とて今夜の炊事に心血を注ぐ人決めじゃんけんが執り行われた。


 そして、冷蔵庫の食材が少なすぎるということでキッチンに立った千景の意欲は削がれ、結局は銀が持ってきた出前チラシの物色会が行われるのだった。


 

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