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怨みつらみの愉快日録  作者: 夏風邪
第二章
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68 . 依頼





 雑に積まれた本の中からお目当の一冊を探しては必要情報を拾っていく。

 カタカタとノートPCのキーボードを叩いて自分なりの解釈で文字に起こす。


 時には自筆ノートを穴が開くほど見つめたり、時にはウェブサイトで調べてみたりしながら2500字の文章にまとめていく。


「……ふわぁ…」


 そんな拷問のような作業を自分がしている、わけではなく。

 その作業をしている隣で、千景は頬杖をつきながら『心霊怪異大図鑑』を眺めていた。


 噛み殺し損ねたあくびが口元に添えた袖口に消えていく。


「……大学生って、大変だなあ…」


 心の底からの感嘆に、隣から伸びてきた指にデコピンをお見舞いされた。


「あたっ」


「なに他人事みたいなこと言ってんのよ。そもそもあんただってやんなきゃいけない課題じゃないの」


「へへ、私この講義の出席足りてないからさあ。やってもやんなくても単位落とすことに変わりないんだよね」


「大学ナメてんじゃないわよ」


 呆れきった未生からのデコピンはなかなかに効いた。

 さすがは男の力。たぶんこの一発に手加減は込められていなかった。


 

 大学図書館のワークスペースでは、現在未生がレポートを仕上げていた。

 なんでも期末課題のひとつらしい。


 千景も同じ講義を取っているため、本来ならば同じ課題に取り組むべきなのだが。先ほども言った通り、如何せん出席数が足りていない。

 たとえレポート課題を提出したとしても単位を落とすことは不可避だ。


 だったらそんなもの早々に諦めてもっと有意義に時間を使おうとするのは当然の考えだろう。


「で、その図鑑のどこが有意義なのかしら」


「んー、夏休みに向けての予習、とか?」


「肝試し旅行にでもいくつもり?」


「そんな予定はございません」


「……まったく、本当に卒業できなくなるわよ」


「大丈夫。四年間で大学を卒業することはもう諦めたから」


「おい」


 あと二日でこの大学も夏休みに入る。

 そしてここ数日は前期末の試験期間だったりする。


 一応千景も試験を受けてはいるが、やはり普段サボっていると点数を取るのはなかなかに難しい。


 すべて落ちると悲観するほど悪くはなかったが。

 それでもいくつかは確実に単位を落とした自覚はある。


 加えて、試験期間にも関わらず単位に直接響くレポート課題を出してくるアホな講義もある。

 その辺りの提出率を諸々考えれば、四年で大学を卒業することは諦めた方が早そうだ。



 喋りながらも書いた文章を校閲していた未生は、満足のいくものが仕上がったのか、そのままノートPCを閉じた。


 今日はこのあと別の友人との約束があるらしい。

 それまでの時間つぶしとして千景も付き合っていた。


 いそいそと帰り支度を始める未生に手を振った。


「あ、千景。はいこれ」


「ん?」


 差し出した手のひらに転がってきたのは可愛らしい包み紙の飴玉とキャラメルがひとつずつ。


「付き合ってくれてありがとう。また今度遊びましょ」


「ふふ、どーいたしまして」


 去り際にぽん、と千景の頭をひと撫でした未生は「じゃあね」と図書館を出て行った。


 その後ろ姿を千景はぼんやり眺める。

 流れるような手つきで撫でられた頭に手を置いて、首をかしげた。


「……なんか未生、最近糖度増してない…?」


 千景の疑問に答えをくれる人などいるわけもなく。

 朱殷と銀の耳にだけ届いた呟きはそのまま消えていった。



 廃校舎に肝試しに行って以来、あの一件について未生から話を振られたことは一度もなかった。


 気づいていないはずがないのに。

 訊きたいことは山程あるだろうに。


 それでもいつもと同じ態度で変わらず接してくれる未生に、やはり居心地の良さを感じていた。


 千景の事情にどこまで踏み込んでいいのか。

 千景が張ったいくつもの境界線のうち、どこまでなら自分が踏み込んでいいのか。


 きっと未生は心得ているのだろう。

 それは普段の会話から。千景の些細な振る舞いから。


 踏み込むべきところは踏み込んで、引くべきところは引いて。

 そうして適切な距離感を保ちながら関係を構築していく。


「……うん、人付き合いのプロだな」


 もらったキャラメルを口に放り込む。

 口内いっぱいに広がる程よい甘さとほろ苦さに、千景はひっそりと口元を緩めた。



 それからとくにやることもなく、ぼーっと図鑑を眺めていれば。


 不意に視界に影が落ちた。

 

 数秒前に優秀な気配センサーが人の接近を知らせていたため驚きはない。

 やっと来たか、と内心思いつつ、視線だけを持ち上げた。


「こんにちは。千景センパイ」


 一週間ぶりに見た後輩の顔は、相変わらず冷静を具現化したような落ち着いたものだった。


「なんだ。私に関わる気はないんだと思ってた」


 千景は頬杖をついたまま、今度はゆるりと顔を上げた。


 後輩は一度、千景の頭から足先まで視線を上下させたあと、他愛もない話でもするかのように淡々と口を開いた。


「ねえセンパイ。人を苦しめる方法って、知りません?」


 公共の場で平然と投下された問題発言に、千景は笑いをこらえきれなかった。




 ◇ ◇ ◇




 場所は移動し、骨董品店『金縷梅堂(まんさくどう)』にて。

 

 カウンターに座らせた後輩の前に煎茶を差し出し、自宅から持って来た豆大福とチョコレートも茶請けとして置いておく。


 場のセッティングが整ったところで千景は後輩の向かいに腰掛けた。

 その隣には、今日は予定がないと言うので店番を任せていた煉弥が座る。


 まだ一度しか会ったことのない年上二人に、後輩はやや斜に構えているようだった。


「さて、話を聞こうか」


 ことの詳細説明を求めれば、後輩───滝川(たきがわ)(おみ)はゴクリと小さく喉を鳴らした。


「……あの、その前にひとついいですか」


「どーぞ」


「なんで俺、ここに連れて来られたんですかね……?」


 もっともな質問にふむふむと人差し指を唇に当てた千景は、その質問に答えることなく新たな質問を投げかけた。


「じゃあ、私からもひとつ質問。なんであんな相談、私に持ちかけたのかな? お前にとって私は『一度一緒に肝試しに行ったサークルの先輩の友達』ってだけのはずだよね」


 言ってしまえばただの顔見知り程度。

 あの時、ものすごく言葉を交わしたわけでもなければ、心の友レベルで打ち解けたわけでもない。


 にも関わらず、滝川臣という人間の沽券にかかわる話を、まだ互いのことをよく知りもしない千景に持ちかけてきたその心は。



 ニコニコとシラを切り続ける千景に早々に白旗を揚げたのは滝川だった。

 投げやりな溜め息が吐き出された。


「センパイももう察してると思いますけど、俺は視える人間です。センパイが連れてるその白蛇と狐も視えてますし、肝試しに行ったあの廃校舎が霊の巣窟だったことも知ってます。それと、センパイたちがなんか普通の人間じゃないことも心得てます」


 オカルトサークルには視える人間が複数人、正確には二人いた。

 そのうちの一人が稀菜であるとして、残るもう一人がこの男、滝川臣だった。


 あの日部室に行った時点で、視線の動きなどから滝川が視えていることには千景も気づいていた。


 しかしこれといった接触もなければ言及されることもない。

 だから千景としても無干渉を貫いていたのだが。


 一週間経った今になって、”視える人間”として接触を図ってくるとは些か予想外ではあった。


「…人を苦しめるといっても怪我を負わせるとかなら俺だってプロレスラーに訊きますよ。でも今回は、物理的にというよりは精神的に。『あれ、なんか祟られてる? 最近めっちゃ不吉じゃない?』みたいな感じで苦しめたいんです。そういうスピリチュアル系の相談をするならセンパイしかいないかなと」


「ふふ、うん。いいねお前。冷静沈着なイイコチャンかと思ってたら結構ぶっ飛んでた」


「……貶されてます?」


「いやいや。世間じゃそういうのを陰湿って言うんだろうけど、私はお前みたいなやつ好きだよ」


「やっぱ貶してんじゃないですか」


 冷静、賢そう、中間管理職に向いてそう、というのがこれまでの滝川に対する印象だったが。

 その斜め上をいく本性を垣間見てしまった。


 まっすぐで純真な人間よりも、こういう腹に一物抱えた一癖も二癖もありそうな人間の方がよほど面白い。



 滝川はきっと、自分の周りで心霊関係に詳しそうな人、ということで千景に話を持ちかけたんだろう。


 その選択は大正解だ。

 これは間違いなく呪術案件。しかもこの手のやり口は”呪い”に分類されるため、完全に術師の領分だ。



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