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怨みつらみの愉快日録  作者: 夏風邪
第二章
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63 . 廃校舎の怪〈四〉



 獰猛生物はびこるアマゾン川を横断する命がけ探検隊の如く。

 恐怖と緊張で体を強張らせながらも、なんとか突き進むオカルトサークル一行。


 その後ろを半笑いで歩く千景は、面白いほどの緊張感に水を差さぬよう、欠伸を噛み殺しながらついていく。


 果たしてこんなに怖がってまで肝試しをする意味はあるのだろうか。

 この状況を見れば誰しも抱くであろう疑問は口を衝く前に飲み込んだ。


 今まさに死線をさまよう彼らに無粋な問いは無用だ。

 


 『なぜ山に登るのか』。


 『そこに山があるからだ』。



 どこかの国の誰かが世に放った有名フレーズが頭をよぎる。

 きっと彼らの行動理由もこれと同じだろう。


 そこに心霊スポットがあるから。


 肝試しの理由なんてたぶんこんな感じだ。




「……理科室……ここか…」


 部長の持つ懐中電灯が『理科室』と書かれた教室プレートを照らす。


 あくまでも部長の話ではあるが、少女連続疾走事件の容疑者候補であった理科教師の城とも言える場所。

 もしこの校舎内で少女らと彼の間に何かが起こり、何かが隠蔽されたのだとしたら。


 現場として最も濃厚なのはここだ。



 外にいてもこれでもかというほど感じていた瘴気と。

 入ってみて改めて実感した死霊の多さ。

 

 この校舎で”何か”が起こったのはまず間違いない。


 サークルメンバーも噂話に基づいて理科室を目指していた。

 安全面を度外視すれば、肝試しの目的地としてここを選んだのは正解と言える。


(瘴気、ていうか怨念だな。明らかに強まってんじゃん……)



 感覚も、霊力も、呪力も、呪術も。

 自分が他より優れていることを千景は知っている。自覚している。


 だからこそ、どんなにうまくシャットアウトしようと情報は流れ込んでくる。


 それは瑣末なものであったり、有益なものであったり。


 意思に関係なく、千景の中には常に周囲に転がる膨大な情報が入ってくる。


 それらはいったん全て脳内で解釈され、取捨選択のふるいにかけられたのち、蓄積か放棄かに分別される。


 当人の能力次第では途端に手に負えなくなる情報量だが、千景にとってはこれが日常茶飯事であるため、今更どうということはなかった。



 前を歩くサークルメンバーの声を耳に入れながらも適度に有象無象の死霊の声も拾っていく。


 こうして、時に未生や稀菜、千景と同じく延々と情報処理を繰り返していそうな煉弥との会話に興じながらも校舎内の状況把握に努めていたのだが。


 つい先ほどから、明確な意思を持った声が流れ込んでくるようになった。


 人によっては幻聴と処理されてもおかしくないくらいの小さなノイズ程度。

 それでも千景の耳は確かに”声”として拾っていた。


 それも二階の理科室に近づくにつれて鮮明なものになっていくのだから、この怨念の根源は理科室一択でほぼ決まりだ。


「はてさて、今夜は無事に帰れんのかねえ」


「俺の努力次第だな」


「頼むよホント」


 そして、カラカラ…、と日々野部長の手によって理科室の扉が開かれた。



 扉の向こう側の空気を吸う。

 そして人知れず眉を顰めた。


(…うわ…やらかした……)



 やはり理科室というのは、数ある教室の中でも特に不気味な空気を放っているものだ。


 内臓や筋肉が見え隠れしている人体模型。

 張り付けにされた昆虫類の標本。

 中身が謎の瓶や試験管。


 理科室特有の匂いは懐かしい学生時代を思い出させるが、同時に埃っぽさと微弱な月明かりと静寂が合わさればもはやただのお化け屋敷だ。笑えない。


「ヒッ…なにか、なにかにぶつかった……!」


「部長、それただの机よ」


「うひゃあぁぁ…!! ひと!! ひとがいるっ!!」


「落ち着けって。ただの人体模型だから」


 まるでお手本のような怖がり方をしてくれる日々野部長と相澤。

 そのおかげで未生や滝川は幾分か冷静でいられるようだ。


 きっと内心では怖がっているのだろうけれど、自分より慌てふためきテンションの壊れた人を見ると冷静になれるらしい。


「大丈夫? 稀菜」


「う、うん。大丈夫だよ…」


 入り口で立ち止まったまま顔を青ざめさせる稀菜は、やはり視えない人間よりも恐怖心は大きい。

 今まで通ってきたどこよりも瘴気が濃密な理科室を目の当たりにして、完全に足が竦んでしまっている。


 無理もない。

 これほどのどす黒い嫌な空気に包まれれば誰だって体が震えてしまう。


 幸いにも、今のところ理科室に死霊の姿はない。

 しかしそれ以上に、これでもかというほど自衛本能を揺さぶる瘴気と怨念が漂っている。


 せめて怨恨に支配された声だけは聞こえていないことを願うしかない。


「よ、よし、皆の者。理科室の探索を始めるとしよう! あの話の通りだと、この理科室に霊が棲みついている可能性が高い。その痕跡を皆で探そうじゃないか!」


「……これって霊を見つけるのが目的だったんすか?」


「当初は肝試しを予定していたが、せっかく全員で乗り込んだんだ。霊を探さずして何をするという!」


「部長怖がりなんだから霊なんて見つけたら卒倒するわよ」


「いいじゃないっすか! 探しましょうよみんなで。ね、千景さん!!」


「あ、うん。ソーダネ」


 できることなら探したくない。

 このまま「あー怖かったね。さて帰ろうか」と何事もなかったかのように帰路につきたい。

 

 けれどもそれは無理そうだ。

 たとえ彼らに誘われずとも、何もせずに帰るという選択肢はすでにない。


「あーあ、退路が断たれちゃったねえ」


「初めから俺に祓わせるつもりだっただろ」


「いやいや、何もなければこのまま放置してたよ。こっちに実害がないんだったら万事オッケー。ヤバくなればいずれどこかの誰かが対処してくれてたでしょ」


「どのみち清々しいまでの他人任せだな」


「アハハ」


 入り口付近の壁に背を預けた千景はサークルメンバーを気にかけつつ、周囲の様子を探ることにした。


 残念ながら、未だ悪霊の姿は視えない。

 けれども確かにこの辺りにいる。


 これほど近づいてなお悪霊の位置を特定できないのはなにも千景がぽんこつだからというわけではない。

 

 しっかり三体分、悪霊の気配は掴んでいる。



 通常、霊が持つ魂は一体につきひとつだ。

 ひとりの人間が二つも三つも魂を持たないのと同じように、霊も基本的には核となる魂はひとつしかない。


 術師はその魂を元に霊の気配を探り、そこに込められた後悔や怨みの念を読み解いていく。


 だから今回も怨念を振りまいている悪霊の魂を探し、この理科室付近にいるはずの三体の気配を掴んだ。


 流れ込んできた”声”が少女のものであったことから、少女連続失踪事件の噂話とこの校舎で少女たちの霊が出るという話が真実であったことは確かだ。



 だが、問題はここから。


 普通であれば一体の霊につきひとつの魂しか存在しないはずなのに、千景が感じた少女たちの魂は、それぞれいくつかに分裂していた。


 つまり、悪霊となった少女たちの怨念が至る所から感じられるのだ。


 故に、本体がどれであるか特定ができない。


「……チッ」


 千景とて伊達に場数を踏んできたわけじゃない。

 魂の分裂が起こる原因としていくつか思い当たるものがある。


 だからこそ、ちらりと頭をよぎった可能性に、舌打ちが禁じ得ない。

 

 口角はそのままに、自らの双眸から温度が消えていくのがわかる。

 それに遅れることなく瞼を下ろし、瞳のイロごと覆い隠した。


 こんな目は。

 とてもじゃないが人には見せられない。



 一瞬でもすべての思考が悪霊へと向いていたからだろうか。


 実は周りが思うより何十倍も敏感に周囲の機微を感じ取る千景にしては珍しく、じっとこちらの様子を見ていた煉弥の視線には気づかなかった。



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