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怨みつらみの愉快日録  作者: 夏風邪
第二章
62/103

61 . 廃校舎の怪〈二〉



 ギイイィィィ……。


 部長が押した扉。

 錆びた音を鳴らしながらゆっくり開いていく。


 冷たい空気とほこりっぽい匂いはまさしく廃校舎に相応しい。


 明かりひとつない校内では懐中電灯だけが頼りだ。

 その青白い光でさえも恐怖心を煽るには十分だが。



 今のところ照らしている範囲には何もない。


 けれども光の届かない範囲もそうだとは限らない。


 少し光源をずらせば、見てはいけないものが飛び込んでくるのではないか。

 その心理が働いてやはり懐中電灯は正面だけを一心に照らす。


「うおぉ……雰囲気があるじゃないか…」


「ぶぶぶ部長! 大丈夫っすか!」


「わざわざ先頭を歩かなくたっていいのよ?」


「だ、大丈夫だっ。部長たるもの先陣を切らんでどうする」


「足震えてますけど」


 懐中電灯を持って数歩先を照らすのは日々野部長だ。

 外にいる時点でだいぶ震えているようだったが、やはり本格的に廃校舎探索が始まり、さらに恐怖心が倍増したらしい。 


 そして部長を茶化すサークルメンバーだが、千景の目には、なんだかんだ言いつつ彼らも相当怖気付いているように見える。


 それもそのはず。仕方のないことだ。


 たとえ視えずとも、この禍々しい瘴気は肌で感じ取っていることだろうから。

 一般人が体験するにはこれは少々たちが悪い。


「はは、もしかしたらどころか完全に私たちの領分じゃん。ねえ?」


「よくこんなところに入ろうと思えたな」


 入る前からわかっていたとはいえ、揃って遠い目をした千景と煉弥。

 この先に待ち構えているであろう厄介事に、溜め息を吐かずにはいられなかった。



 当初は二人一組のペアで回る予定だったが、廃校舎から放たれるえげつない空気に身の危険を感じ取ったらしい面々。


 加えて、術師なんて知らずともその道のプロっぽい煉弥からの「お前ら本気か……?」とでも言いたげなじっとりとした視線。

 もちろん青玉の瞳は涼しいを通り越して冷たいものではあったが、その場にいた誰もがその双眸の奥で経典を読誦しているであろうことは勘付いていた。


 というわけで当初の計画はあっさり覆り、こうしてゲストの千景と飛び入り参加の煉弥を加えたオカルトサークルメンバー全員で肝試しを執り行う運びとなったわけだ。



 先頭を歩くのはガタガタ震えながらも果敢に進む日々野部長。

 小刻みに揺れる手の震えで懐中電灯の光も微妙に揺れている。


 やはり同じように震え上がっているのが、もう一人のビビリこと相澤明人だ。

 部長の肩をがっしり掴んで背後に隠れるように身を縮こませている。


 怖がりほどこうして冒険心が働くのはなぜなのだろうか。

 痛い目にあってあとで後悔するのは目に見えているというのに。無駄に度胸と行動力がある。


 怖がり度合いに個人差はあれど、一様に恐怖心が煽られている彼らと周囲の状況に注意を払いながら、その数歩後ろを千景と煉弥がついていく。


「…巣窟だな」


「ねー。大半は無害な死霊だけど」


 前を歩く彼らは、心のどこかでは非科学的存在なんていないと期待しているのかもしれないが、残念ながらすでにその期待は完膚なきまでに打ち砕かれている。

 

 霊はいる。

 しかも其処彼処に大量発生中ときた。


 壁際に佇む霊。

 少し開いた窓から半身をなだれ込ませている霊。

 階段に座りじっとこちらを見下ろしている霊。


 霊なんて見慣れ過ぎてそこらの有象無象の人間となんら変わらない認識になりつつある千景と煉弥にとってはなんてことない光景だが、霊にあまり免疫のない人間からすれば卒倒ものだろう。



 千景の言うように、その大半は無害なものだ。


 しかし廃校舎全体を包み込むような悪意に満ちたこの瘴気。

 確実に何体か、たちの悪い悪霊が棲みついている。


「さすがにこの根源はやばそうだねえ」


「あのまま行かせていいのか」


「感じるってだけならまだ大丈夫でしょ。いよいよやばくなったらさすがに止めるけど」


「いるだろ。視えてるやつ」


「へえ、さすがだね」


 あのサークルメンバーの中に視える人間がいることには煉弥も気づいていたらしい。


 それが誰かということは、千景がオカルトサークルの部室に招かれた時にわかっていた。


 向けられる視線の動き。諸々を窺い知ろうとする空気感。

 決して鈍感ではないと自負している千景は当然それらすべてに気づいていた。


 その上であえてスルーを決め込んでいた。



 もちろん向こうからアクションがあれば相応の対応をするつもりだ。


 しかしわざわざ千景自ら視える人間だと明かす必要はないし、術師の存在を認知しているか不明な相手に余計な情報を教える必要はない。

 

 向こうがなんの悩みも困りごともないのなら、それで構わない。

 術師として介入する必要がないのならこちらとしても万々歳だ。



 けれどもどうやら今回は知らないふりを貫いている場合でもないようだ。

 

 下手に放っておけば大惨事になりかねない、わりと危険なこの現状と。

 そして霊に囲まれた状況に耐え兼ねたらしい向こうから千景に歩み寄ってくる姿が見えて。


 ちらりと捉えたその顔は、気丈に振る舞ってはいるものの、血の気が引いている。


 こんなお化け屋敷もびっくりなホラー光景を見せられれば、普通の精神ならば参ってしまうのも頷ける。

 

「……千景ちゃん」


 微かに震えた声が千景を呼ぶ。

 俯きがちで瞬きをする大きな瞳は不安に揺れていた。


「あのねぇ、話したいことがあって……」


 ぎゅっと服の裾を握って耐えている健気な姿に、同年代ながら庇護欲がくすぐられた。


 千景の言動から余計な不安を与えてしまわないようなるべく優しく目を合わせ、ふわりと微笑んだ。


「うん。ゆっくり話そうか」


 愉快な面々にはなるべくこの話を聞かせたくないが、彼らは生まれたての子鹿のような足取りで前方を賑やかに歩いているので問題ない。

 内容を知られても構わない煉弥は気を利かせて数歩退がる。


 先ほどの未生との密談と同じような布陣になったわけだが、あの時とは内容のセンシティブさも密談相手の精神状態も全く異なる。


 見た目以上に豪胆な精神の持ち主である未生に比べ、おそらくこちら──双葉稀菜の精神は無駄なエキストラスピリットたちによって冒されているはずだ。


 不安と恐怖と期待が混ざり合う双眸は上目に千景を見上げ、右に左にと幾ばくか彷徨わせたあと、再び落とされる。

 

「……あのねぇ、間違ってたらごめんね」


「うん」


「千景ちゃんって……視える人、だよね?」


「ふふ、そうだよ」


 まさか千景があっさり認めるとは思っていなかったのか。

 稀菜はぱちぱちと瞬きを繰り返す。


 千景自身自ら公言しないというだけで、視える人間であることをなんとしてでも隠したいわけではない。

 もちろん相手が視えない人間であれば躊躇いはするが、視える人間相手で、しかも向こうから話を振ってきたとなれば意固地に隠し通す必要もない。


 時と場合と相手によって適度にオープンに。

 それが霊が視える人間(・・・・・・・)としての千景のモットーだった。


「よかったぁ。やっぱり千景ちゃんもこの世界が視える人だったんだね」


 おぞましい世界観を共有できる人がこの場にいる。


 それだけで稀菜にとっては相当心強いのだろう。



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