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怨みつらみの愉快日録  作者: 夏風邪
第二章
61/103

60 . 廃校舎の怪〈一〉



 ◇ ◇ ◇



 午後八時二十分。


 ついさきほどまで空も若干明るんでいたが、この時間にもなるとさすがに日は沈み夜が訪れる。

 湿度を含んだ温い風も日が暮れるにつれて温度が下がり、今ではだいぶ涼しく感じるようになった。


 サァーと吹き抜ける風は日中に体内に溜め込んだ熱を冷ましてくれているようで心地よい。

 それとはまた別に、体の芯から冷えていくというか血の気が引いていくような感覚も感じはするけれど。




「……わぁお…」


 目に飛び込んできた光景に、思わずアメリカンなリアクションが飛び出した。


 ひと気も外灯もなく、不気味な暗闇にひっそり佇む校舎。

 ところどころ剥がれた外壁と割れた窓からは人の介入がない月日を感じる。


 微妙に壊れかけて微妙に寂れた雰囲気が絶妙な気味の悪さを演出している。


 外観だけ見ればなるほど確かに肝試しにはうってつけだと、千景はどこか他人事のような感想を抱いていた。


「よ、よよよ、よし! いざ出陣!」


「あれ〜、もしかして部長ビビってるのぉ?」


「フフ、仕方ないわよ。部長はオカルト好きのくせに生粋の怖がりですもの」


「だだ、だだだ大丈夫っすよ! おおおお俺、十字架いっぱい持ってるんで!! 無敵なんで!! 任せてくださいっす!!」


「だからお前は戦う相手間違ってるから」


 若干数名ビビり倒しながらも前を歩くオカルトサークルの面々に微笑ましさと青春味を感じる。


 何やら大量のお札と数珠と1Kgの塩袋をそのまま持つという謎武装をしてきた日々野部長。

 宣言どおりニンニクと十字架で全身ガチガチに武装してきた相澤。


 他三人はまったくもって武装の欠片もない私服姿であることから、日中の部長の言いつけはさらりと聞き流していたことがよくわかる。


 そんな準備万端な二人とただの肝試し感覚でやってきた三人には申し訳ないが、どうやら今日は生死の狭間を彷徨う夜になりそうだ。


(…あー、帰りたい……)


 心の奥底から込み上げてきた溜め息を、千景はなんとか飲み込んだ。



 千景自身、霊的存在には慣れてはいるしホラー現場なんて数え切れないほど経験してきた。

 今更怖がる素振りもなければ感情がそのまま表情に顕れるほど素直でもない。


 けれどもやはり人間である以上、怖いものは怖いし不意打ちを喰らえば普通に驚く。


 だから目の前の校舎から明らかな不穏感が漂っていれば、千景にもそれなりの恐怖心は生まれる。

 一般人と比べればその程度に天と地ほどの差はあるというだけで。


(……ほんと、コイツ連れてきてよかった)


 ちらりと隣を歩く人物を見遣る。


 千景と同じように、けれどもまったくの無表情で校舎の様子を窺う男に、果てしない安心感を感じる。


「絶対なんかいるよね、アレ」


「ああ」


「おかしいなあ。今日は死相が出てる日じゃないはずなんだけど」


「アホなこと言ってんな」


「だって今の私ただの人間よ? 呪術が使えない千景ちゃんなんて片方失くした靴下くらい役に立たないからね? そりゃあもうカワイソウなくらい無力でかよわい普通の女の子ですよ」


「軽口叩ける時点で大して深刻視してないだろ。それとお前を”普通”で”かよわい”と思うことはたぶんこの先一生ねえ」


「あ、そう…」


 褒められているのか貶されているのか。

 心がざわつく時点で褒められてはいないだろう。


 

 千景が急遽呼び出して問答無用で応じさせたのがこの男、七々扇煉弥だった。


 『家賃代わりにちょっと付き合ってよ居候くん』と語尾にハートマークをつけながらも有無を言わせない千景からの電話に仕方なしに応じた彼は、たいした詳細も聞かされぬまま、こうして愉快なサークルの一団に同行していた。


 涼しげに纏った着物はこの男の冷たい雰囲気に本当によく合っている。


 洋服は着ないのかと問うてみたところ、昔から和装一択なのだという。

 いつ何時夏祭りに呼ばれても大丈夫だねと、アホ丸出しの返しをしたのは記憶に新しい。


 

 つい数分前まで千景が連れて来た美しき和装男にオカルトサークルの面々もひとしきりリアクションを見せていた。


 しかし何を投げかけたところでこの無口で無感情男には壁打ち状態だと気付いた彼らは、聞きたいことすべてを飲み込んで、肝試しを進めることを選んでいた。


 実に有意義で懸命な判断だったように思う。



 聡くて優秀で実力派すぎる煉弥のことだ。

 イチから説明せずとも、この現状と雰囲気から、ここで何が起こりなんのために自分が呼ばれたかなんてとっくに了知していることだろう。


 煉弥は前を歩く賑やかな集団を見て、それからちらりと横目で千景を見下ろし、これ見よがしに溜め息を吐いた。


「俺が借りがあるのはお前だけだ。忘れるな」


 つまりギブアンドテイクの関係にある千景に助力することは当然のことだが、そこに無関係の他者が含まれることはない、と。

 たとえそれが千景の知り合いであろうと友人であろうと、見知らぬ人間に自ら進んで力を貸す義理はない、と。


 どこまでも他人に対して無頓着。

 たぶん目の前で人が刺されてもピクリとも表情を変えず冷めた目で無視を決め込むタイプの人間だ。


 呪術を使うのは仕事だから。

 人を助けるのは与えられる報酬の対価だから。


 こうして千景の要求に応じてくれているのだって、きっと衣食住を提供してもらっていることへの対価。決して慈悲からの行動ではないのだろう。


 勝手な想像ではあるが、今までこの男が心から”誰かのために”呪術を用いたことはないように思う。


(やばいやばい…私の中でのイメージがどんどん冷酷無比になってくよ……)


 それでも千景が寂しいとかヒドいとか思わないのは、おそらくどこかで煉弥の性質を理解できてしまっているから。


 冷淡無慈悲。

 千景には縁遠い言葉のように思えるが、その実、根本的な部分では彼と似たような性質だったりする。


「ふふ、わかってるよ」


「ならいい」


「んじゃ今日だけね。無力な私に代わって頼んだよ」


「ああ」


 不本意ではあるようだが、ひとまず今夜はこの男の力を活用することができそうだ。


 

 ひそひそと煉弥と駄弁っていれば、不意に前方から視線が寄越された。

 千景が気づいたことに気づいたらしい向こうが歩調を緩めたので、それに合わせて千景も然りげなく隣に並んだ。


「どーしたの?」


「ちょっと聞きたいんだけど」


「ん? 私の武装について? あのねえ、こういう時は変に構えたところでほとんど無駄なんだから結局はいつも通りが一番の武装なんだよ」


「そんなこと誰も聞いてないわよ」


「あたっ」


 へらりとおちゃらけた千景の頭を軽く叩いた未生は、こそっと耳元に口を寄せ、意味ありげな目つきで背後を盗み見た。


「彼って、もしかして千景のコレ?」


「あれま。恋バナっすか未生さん」


「フフ、乙女はこういう話題に目ざといのよ」


 くいくいと小指を立てて楽しそうに恋愛脳を爆発させる未生。

 心なしかいつもより生き生きしているように見える。


 しかも自分から乙女だと言い張って煽り精神全開で恋愛トークを持ちかけてくる姿はなんとも愉快だ。

 今更未生の心身云々を協議するほど野暮ではないが、どちらの性別で考えるにしても、乙女という表現はあまり似合わず軽く笑えてくる。


 しかも、それをわかった上で本人もその言葉をチョイスしたのだから、今夜の未生は相当興が乗っているらしい。


「てかこの場合って親指じゃない? 小指は彼女でしょ」


「すべてひっくるめて恋人って意味でいいのよ。で、どうなの?」


 未生は楽しい返答を期待しているようだが、残念ながら千景と煉弥の間に飛び交うハートはひとつもない。


 その意を込めてオーバー気味に肩をすくめた千景は、至極残念そうに首を振って見せる。


「…そう、よかったわ。もし彼氏だとか言われたらどうしようかと思っていたところよ」


「ええー、私がカレシつくるのに反対派ですか」


「それはまあ。ね」


 妖しげに瞳を細めた未生は千景の肩に腕を回してそのまま抱き寄せる。


 至近距離で合わせた未生の双眸はやはりお手本のようなアイメイクに縁取られ、凛とした色を宿していたが、その奥にあるものを見逃しはしなかった。


「俺というものがありながら他に男を作るとか。なんか腹立つんでね」


 耳障りの良い男の声。

 いつもの意識的に作られた高めの声ではなく、自然と低音が混ざるこの声は本来の未生のもの。

 

 ニコォとオス感溢れる笑みは決して普段見せることのない顔であり。

 しかしどちらも雨野未生という人間であることに変わりはない。


「あらやだ。未生くんってば私のこと大好きじゃん」


「当然」


「じゃあ今度デートにでも行こうよ。未生ちゃんも大好きだけど、たまには未生くんとも遊びたいしね」


「『アタシ』じゃ不満か?」


「まさか。でもかっこいい未生を世に出さないなんてもったいないからさ」


「嬉しいこと言ってくれんな。いくらでも付き合ってやるぜ」


 互いにニヤニヤしながらそんな密談を交わす千景と未生。

 傍目から見ればさぞ不気味に映ったことだろう。

 

 その証拠に、不意にこちらを振り返ってしまった滝川臣が「なんだこの人たち……」と言いたげな目で見ていた。



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