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怨みつらみの愉快日録  作者: 夏風邪
第二章
59/103

58 . 連れて行かれた先は



 未生が軽くノックをしたのはとある一室の扉。

 もう片方の手はしっかり千景の手首を握っている。


「遅くなりましたー」


 扉をくぐった先は小さな教室。

 中央に机をいくつか並べ、それを取り囲むように椅子が置かれている。


 そこに思い思いに座っているのは四人の男女。

 あと二つ空いた椅子があることから、どうやら千景が来ることは皆知っていたらしい。


「やあやあいらっしゃい。よく来てくれた!」


 まずは愛嬌の良い男に出迎えられる。


「うわめっちゃ美人! 未生先輩ナイスっす!!」


「いらっしゃ〜い。お菓子いっぱいあるよぉ」


「どうも。お疲れ様です」


 次いでやたらとテンションの高い男、ゆるふわ女子、落ち着きはらった男がそれぞれ反応を返す。


 行けばわかると言っていたが、今のところ第一印象ではなんの集まりなのかまったくもって見当がつかない。


「お邪魔します…」


 とりあえず促されるまま未生に続いて空いた席に座る。


(…あれ、この感じ……)


 その際感じたふとした視線。

 然りげなく向けられているのは千景の肩周り。


(ああ、これ。何人か視えてんな…)


 おそらく朱殷と銀に向けられているであろう視線には気づかないふりをして、とりあえず千景も謎の集まりの輪に加わった。


「それじゃあ全員揃ったところで始めようか。今夜は待ちに待った決行の日だ! 皆の衆、気合を入れていこう!」


「お〜」


「バッチリっす!」


「各々身を守る準備を怠らず、万全の態勢で臨もうじゃないか!」


「私は大丈夫だよぉ」


「俺は十字架とかニンニクとかいっぱい持って行くっす!」


「なんで吸血鬼対策しかしていかないんだよ。準備のベクトル間違ってるだろ」


 何やら盛り上がる一団を傍目に、千景は隣に座る未生にそっと耳打ちする。


「え、なに。未確認思考物体と戦争でもおっ始める気?」


「惜しい。けどいい線いってるわ」


「………まじで?」


 冗談のつもりで言った推測もまさかのニアピン。

 『未確認思考物体』と『戦争』の二要素でいい線いってると評されるとは思わず、ますますこの集団が分からなくなってきた。


「……ほんとなにここ。宗教の勧誘かよ」


 ボソリとこぼした嘘偽りない本音を拾ったのは隣の未生ではなく、正面でニコニコとこちらを見ていたゆるふわ女子だった。


「ふふ、違うよぉ。ここはね、オカルトサークル。今日はみんなで肝試しに行こうって話なんだ〜」


「………はあ?」


 案外あっさりと全貌が見えたこの集団。


 言われてみればなんてことはない。

 愉快な学生が愉快な仲間たちと愉快な活動をしているというだけのこと。

 この大学にはオカルトを通して愉快になろうという学生が数人いたというだけのこと。


 まさかそれに我が友人が属しているとは思わなかったというだけで。


「……未生って、オカルトサークルだったの?」


「フフ、そうよ。知らなかった?」


「知らなかった……」

 

 オカルトということは、この世の神秘や超自然的現象を探求する活動を行なっているわけで。

 先ほどの『肝試し』というワードと併せて考えるに、つまりはこのオカルトサークルはホラー要素満載の霊的な何かを追っているということで。


 つまりはつまりは。


(うわあ、ばりっばりこっちの専門分野じゃねえか…)


 なんの巡り合わせか。

 おそらくこの大学内で最もオカルトサークルなるものと相性抜群の人間は千景をおいていないだろう。


「今夜、とある心霊スポットに行く予定なのよ。それで千景も誘おうと思って」


「なんで私?」


「ああ、それは……」


「肝試しといえばLOVEの予感! ドキドキワクワクの恐怖体験を男女が共に乗り越えることでそこに芽生える愛!! 性別も年齢も関係なく、人類皆一度は夢見る肝試しハプニング!! 『きゃっ!』という拍子に縮まる互いの距離!! ロマンがそこにあるんです!! 取り戻しましょうっ!!」


「落ち着けよ」


 そう熱く演説するのは、先ほど十字架とニンニクで吸血鬼を撃退しようとしていたやたらとテンションの高い男。

 純度の高い偏見の上に成り立っていそうな夢物語をこれでもかというほど熱弁している。


 このテンションにみんなは慣れているのかスルーしているが、初めましての千景はちょっとと言わずかなり引き気味だ。


 まるで可哀想な生き物を見るかのような千景の生暖かい目。

 それに気づいた冷静風の男が止めに入らなければ、もうしばらくは非リアの妄想と期待を聞かされていたことだろう。


「まあまあ落ち着こうじゃないか明人くん。まずは自己紹介からしよう。オカルトサークル部長の日比野(ひびの)(しょう)だ。よろしく頼むよ」


 そう名乗ったのは一番最初に出迎えてくれた愛嬌の良い男。

 計五名のサークル内で唯一の四年生らしい。

 愛想も元気も良い。コミュ力の高そう人だ。


「つぎ私ね〜、双葉(ふたば)稀菜(きな)だよぉ。未生ちゃんと同じ三年生なんだ。いつもお菓子いっぱい持ってるから遠慮なく言ってね〜」


 なんともゆるい口調が特徴的なゆるふわ女子こと双葉稀菜。

 ふわふわと柔らかく微笑む姿は甘い綿菓子を連想されてくれる。


「二年の滝川(たきがわ)(おみ)です。いろいろうるさくてすみません」


 続いて、冷静で的確なツッコミを入れる印象が強い落ち着いた雰囲気の男が苦笑いで名乗る。


 千景に対してもすでに敬語だ。

 未生の友人という時点で三年だと思われているのだろう。正解だ。


「…ふぅ……どうも初めまして、二年の相澤(あいざわ)明人(あきと)です。彼女はいません。どうぞよろしくお願いします」


 そして最後に、幾分かテンションが落ち着いてむしろ変な方向に走り出した男がぺこりと頭をさげる。

 よろしくの言葉がまた違った意味に聞こえなくもないが、そこはへらりと笑ってやり過ごした。


「アタシの自己紹介はいらないわよね」


「えー未生のも聴きたいなあ。してくんないの?」


「いやよ。何楽しんでんのよ」


「ふふ、つれないなあ。まあいいけど。未生の友人の千景です。よろしくどーぞ」


 名乗るかどうか迷いはしたものの、未生に名前を知られている時点で彼らに伝わるのは必至。

 ここは失礼に欠かない程度に手短に名乗る。



 顔を合わせて数分後の自己紹介を済ませたところで話は先ほどの続きに戻された。


「というわけで、今夜はちょっとした肝試しに行く予定でね。やはり形式だけでもということで男女のペアを作ろうと思ったわけだけど、うちのサークルは奇数でね。当然男女比もずれる。そこで誰かの女友達を呼ぼうという話になって君に来てもらったわけだ」


「いやいや部長さん。女友達候補って私以外にも腐るほどいるでしょ」


 ここでわざわざあまり学校に来ない千景が呼ばれた理由がわからない。


「それはほら、どうせなら綺麗な女の子の方がテンション上がるだろう。やっぱ俺も男の子だし? 明人くんも臣くんも男の子だし? その点君なら百点満点じゃないか」


「ほんっと愉快な活動してんのなこのサークル」

 

 いい笑顔で明け透けな下心を曝け出す潔さに拍手を送りたい気分だ。


 ここまで包み隠さず打ち明けられるとなんだかもうどうでもよくなってくる。

 面倒ではあるが、まあ付き合ってやってもいいかなくらいには思ってしまう。


「…とりあえず理由はわかりました。その肝試しとやらに行けばいいんですね」


「おお、参加してくれるか」


「興味がないわけでもないんで」


「あら、じゃあ千景もオカルトサークル入る?」


「それはまた別の話。今回だけだからね」


「フフ、わかってるわ」


 霊とは日常的に付き合いがあるとはいえ、そこに一般人が絡んでくるとなれば深入りもできない。

 術師会と協調する気は微塵もないが、術師という存在を無闇に晒すことを避けたい気持ちは同じだ。


 だから、こういう仕事とプライベートのグレーゾーンにあるような肝試しなる事柄にはあまり関わりたくないというのが本音なのだが。


「んで部長さん。今日はどんな心霊スポットに行こうとしてんの?」


「そうだな。今一度みんなに話しておくとしようか」


 そう言って暗幕カーテンを引いて電気を消した部長は、どこからか取り出したローソクに火をつけた。



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