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怨みつらみの愉快日録  作者: 夏風邪
第二章
57/103

56 . 早朝の初対面




 ◇ ◇ ◇




 ───…ピピピピピピピピピピ。



 控えめの音量ながらも強かに己の存在を主張する音源に、手探りで手を伸ばす。


 パチリと止めれば一度は静かになるものの、また数分後には遠慮なく鳴り出す。


 閉じられた瞼の向こう側はやけに明るい。

 きっとカーテン全開で朝日が入り放題となっているのだろう。


「……ふわぁ…」


 重たい瞼をなんとか持ち上げると、寝起き一番、条件反射であくびが零れた。


 果たして目覚まし時計に負けたのか、太陽光に負けたのか。

 はたまた睡眠欲に打ち勝ったのか。


 どちらにせよ千景の一日はこうして始まった。



 のそりとベッドから上体を起こす。

 いつの間にか布団の中から出てきた白蛇が千景の上半身に絡みつき、緩慢な動きで首元まで上ってくる。


 両肩に加わる重み。

 慣れ親しみすぎて逆になければ不自然にさえ感じるもの。


 そのうち慢性肩こりになる気がしなくもないが、そこは霊体のオカルトパワーでなんとかしてもらいたいものだ。


「はよ、朱殷」


《……ああ》



 短く返ってきた声がいつもより低く感じるのは、きっと寝起きだからだろう。




 いつもの部屋。

 いつもの間取り。

 いつもの自分の家。


 今日も今日とていつもと何も変わらないけれど。

 たったひとつ、以前とは決定的に違うそれに、千景はふっと笑みを浮かべた。


 のそのそと寝起きで気だるい体を引きずって二階へ降りる。


 三階建のこの建物は、一階を金縷梅堂(まんさくどう)として使っているため、居住スペースは二階、三階部分となっている。

 二階にはリビングやキッチン、洗面所、風呂などがあり、三階には自室、書斎、その他個室がいくつか。


 世間一般というのがどの程度なのかはわからないが、とにかく掃除が面倒で部屋を持て余すくらいには広々とした家だ。



 リビングの扉に手をかけたところで、はた、と気付く。

 

(……あれ、誰か来てんな)


 けれども構わず開ける。

 家主である千景が遠慮する必要などどこにもないのだから。



 朝日差し込む穏やかなリビング。

 そこにいたのは二人の男。


 片や日光を浴びてなお漆黒のままの黒髪と。

 片や朝から目に眩しい綺麗な金髪。


 こうして並べると対照的とも言える髪色の二人が、コの字型のソファに向き合うように座っていた。

 じっと互いの様子を探り、心なしか剣呑とした空気を醸し出しているようにさえ感じる。


 テレビから流れるお天気お姉さんの声がなんとも明るい。

 ソファ一帯とテレビとの温度差で今にも熱帯魚が死にそうだ。


(……朝から物騒ですねえ…)


 そんな様子を傍目に、呑気にあくびをする千景はそのままキッチンに向かう。

 こちらに気づいた白髪の男はくるりと振り返った。


「ああ、おはようさん。何か飲まはります?」


「………。はよ、紅茶がいい」


「はいはい。ほな座っときぃ」


 再び作業に戻った白髪の男、もとい人間姿の銀は、カップを用意し湯を沸かし始めた。



 それを待つ間、ダイニングの椅子に腰掛けて未だに膠着状態が続くソファをぼんやり眺める。


 まず間違いなく膠着状態の一端を千景が握っているであろうことだけは確かだが、そこに割り込む気概が一切ない千景が考えていることといえば。


(朝っぱらから美の暴力すげぇな……なにこの少女漫画的展開。いけめんの供給多すぎじゃね? 眼福すぎて逆に目が痛いわ…)


 なんて、至極どうでもいいことだった。



「おいちょっと待て。お前なに自分は関係ないっつう顔してスルーしてんだよ」


 当然、そんな投げやりな第三者視点が続くはずもなく。


 くわっとこちらを向いた金髪男こと笠倉(かさくら)志摩(しま)は千景に険しい視線を投げつけた。


 いつも明るく笑っている表情が印象的なため、久しぶりに見た鋭い視線がなんとも新鮮で懐かしい。どうやら少々不機嫌らしい。

 

「こいつ誰? 初めましてすぎてビビったんだけど」


「はは、ウケる」


 やれやれと立ち上がった千景は、さてどう説明するか、としばし悩む。

 そのままソファの背を跨ぎ、コの字の縦棒部分にあたるスペースにどさりと座った。


「とりあえずおはようご両人」


 千景は胡座の状態で片膝を立て、頬杖をついた。

 緊張感の欠片もなくふわっとあくびが出たが生理現象なので仕方ない。



 まだ覚醒しきっていない締まりのない目で、まずは志摩のほうを向く。

 指でさすのはその反対側。


「こいつ居候の術師ね」


 次に逆側を向いて世にも美しい青玉と眼を合わせる。

 指さす先にいるのはもちろん志摩。


「こいつ友達。めっちゃ引き寄せるしちょくちょくうちに来ると思うから」


 極限まで無駄を省いてごくごく簡単に互いを紹介した千景は最後にニコッと笑う。


「んじゃ二人とも仲良くね」


 ちょうどタイミングよくやって来た銀からティーカップを受け取り、ひとまず目覚めの一口。


「…あー……沁みる……」


 やはり朝は紅茶か珈琲を飲まなければ始まらない。


「いや、それだけ?」


「ん?」


 当然のツッコミだが、なにを指摘されたのかよくわからず首をかしげる。


 まだ結んでいなかった髪がさらりと顔にかかった。

 邪魔な髪をとりあえず耳にかけ、やや長めの前髪の隙間から志摩を覗く。


 物騒な顔をしていた志摩はどこか呆れたように表情を緩めた。


「お前まだ寝ぼけてんだろ。とりあえず目ェ覚ませ」


 志摩はパンッと手を叩き、スリープモードだった千景の脳の活性化を促してくる。



 再び漏れ出たあくび。

 ぐっと両手を伸ばして筋肉を動かせば肩の関節が音を鳴らすが、気にせずポキポキと首も回す。


 最後に目を閉じて一度大きく深呼吸。


「うん、ごめん。起きた。おはよう二人とも」

 

 目覚まし時計を止めてから10分弱。

 やっと千景の脳が目を覚ました。



 キッチンから漂ってくるいい匂いに空腹を刺激されるが、ひとまずこちらの事情をかいつまんで志摩に説明する。


 昨日からこの家で居候を始めた黒髪の男こと七々扇(ななおうぎ)煉弥(れんや)は珈琲を飲みながら、静かにそのやり取りを聞いていた。


 ちなみにこの男の部屋着は着流しだ。

 洋服を着ている姿が想像できないくらいには”煉弥=着物”の等式が千景の中で確立されている。



 美しき家出青年を連れてこの家に帰ってきたのは、あの一件の翌日である昨日のことだった。

 飛行機の座席を確保したりもう少し観光がしたかったりと、逃げている身ではあるが適度な緊張感を持ちつつわちゃわちゃしていたら、一日が過ぎていた。


 もちろん煉弥は手ぶらだったが、ある程度のものはこっちで買って揃えればいいとのことだったので、そのまま連れてきた。



 一件の内容は適度に端折りつつ、そのような事情と経緯を端的に説明した。

 志摩からは溜め息をひとつ頂戴したが、どうやら納得はしてくれたらしい。


「事情はわかった。とりあえずお疲れさん」


「どーも」


「術師ってことは、そいつも霊とか祓えんの?」


「超優秀なのよ煉弥くんは」


「へえ。チカ以外の術師って初めて見た」


 今度は術師という生態に興味を持ったらしい。

 志摩はじっくりと千景と煉弥を見比べる。


 そんな視線も変わらず無表情で受け止める煉弥は通常運転だった。


「てかお前はこんな朝っぱらからなにしに来たんだよ」


 志摩が来るというのが当たり前になり過ぎていて疑問を持つのに時間がかかってしまった。


 この男は三日と置かず頻繁にやって来るが、例えば困ったことがあったりご飯の誘いであったり、とりあえず理由もなく来ることはあまりない。


 だからおそらく今日もなにかしらの理由があるはずなのだが。


「ああ、忘れてた。本題これじゃなかったわ」


 がさごそとポケットを漁った志摩が取り出したのは、数日前に千景が渡した護符が三枚。


「おーおー今回も派手に染まってんなあ」


 まるで墨を零したように真っ黒に染まった護符につい苦笑する。


 今まで無関心を貫いていた煉弥もこればかりは物珍しそうに、黒染めされた護符を手に取った。


 まじまじと観察してしまうその気持ちはよくわかる。

 千景はもう見慣れたが、護符がここまで霊障に冒されるというのはもはや異常だ。


 その上所々破れたり焼け焦げたりしているのだから殊更異様だ。


「はは、どーよ煉。すごいだろ。こいつの引き寄せパワー」


「よく今まで無事だったな」


「奇跡だよね」


「……本職二人に言われっと余計不安になるからやめて…」


「今までも無事だったんだから大丈夫だって」


 千景と煉弥に揃って身を案じられた志摩は、楽観的な慰めにも、はは、と乾いた笑いを返すことしかできなかった。



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