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怨みつらみの愉快日録  作者: 夏風邪
第二章
55/103

54 . 九家会談〈四〉



「んで、気づいてるぽいっつうのは?」


「三廻祇さんと綴楽崎さんは確実に。七々扇さんと九重さんも……恐らく何かは感じ取っていることでしょう」


「やっぱあいつらか。ご立派なお家を背負ってんのは伊達じゃねえってか」


「ええ。ですがあの三廻祇さんが私に探りを入れてきたということは、確信を持てる段階にまでは至っていないのでしょう。せいぜい感覚的な話なのではないかと思いますね」


「は? あのオヤジお前に探り入れてんのかよ」


「つい先ほど。和泉くんにもよろしくと仰っていましたよ」


「うっは怖ぇー」


 三廻祇禅という人間の怖さを知っているからこそ篠北は顔を顰める。

 必要以上に関わりたくないと思っているのは、何も西園寺だけではない。


「つかあのクソガキのことはどうなった? 七々扇の当主サマが黙ってるとは思えねえがな」


「ええ。珍しく苛立ちを顕にしていましたね。私にまで飛び火するのではないかとヒヤヒヤしましたよ」


「責任追及はなしか」


「今のところは、ですけど」


 今回の一件でもうひとつ大きな問題となったのが、二人と同じく現場に遣わされた黒髪の青年。


 無表情で無感情な彼の考えを読み取れた試しがないが、まさかこの一大事に乗じて姿をくらませるとは思わなかったというのが正直なところだ。


 霊物の中身と同様に、残念ながら彼の痕跡も手にすることはできていない。


「七々扇に貸しでもつくってやろうと思ってたんだけどな。小賢しいほどになんも見つかんねえわ」


「相手を誰だと思っているんですか。彼はどこまでも抜け目なく徹底的ですよ」


「ハッ、ほんっと親父より優秀なガキだよな。何考えてっかわかんねえけど」


「貴方、巽さんに怨みでもあるんですか?」


「んなもんねえよ。九家のヤツらは大抵気に食わねえってだけだ」


「それに私も含まれているんでしょうかね」


「当たり前だろうが」


 くだらねえこと訊いてんじゃねえとばかりに鼻で笑う篠北。

 それが本気かどうかの判断もつきづらいのだから、この男も大概厄介な人間だ。



 それぞれに認知の違いはあれど、ひとまず術師会で認識している問題は二つ。


 起こりうる事後問題含め霊物の件。

 術師会の貴重な戦力であった七々扇煉弥の失踪。


 どちらも大きな痛手となる厄介極まりない問題だ。


 だが、実はもうひとつ。


 主幹九家の当主陣に直接報告していない問題も残っていた。


「さて、恐らく我々にとって最も厄介な『第三者介入疑惑』はどうしましょう」


 こればかりは西園寺といえど笑うしかない。

 

 気づいた、と言えるほど明確なものではない。

 感じたと表現する方が正しいのかもしれない。


 けれどもあの場には、確かに存在していた姿の見えない第三者。


 思考を巡らせるほどに疑惑と懸念が関係性を帯びていく。


「まったく、面白いほどに厄介な方へと発展していきそうな気がしますね」


「マジで何も掴めてねえのかよ」


「掴んでいたらこんなに深刻視しませんよ。私には、その人物があの場から上手く逃げたことくらいしか分かりません」


「細々と人員配置イジってなかったか?」


「あれは嫌な予感というか……ただ神の思し召しに従ったまでですよ」


 今度こそ馬鹿にしたような乾いた笑いが篠北から漏れた。


「お前神なんざクソほども敬っちゃいねえだろ」


「尊ぶ心をごっそりと母親のお腹に置いてきたようなどこぞの野郎に言われたくありませんね。というか貴方もわかっていたでしょう?」


「さあて、なんのことだか」


 白々しくはぐらかしているものの、ニヤニヤと薄気味悪い笑みを浮かべている時点で肯定しているようなもの。

 欺く気のない嘘は本当に見破りやすくて助かる。


「わかっていたでしょう。あのまま”なにか”を追っていたら───確実に死人が出ていましたよ」


 月明かりの届かない暗い廊下。


 ひやりとした板の冷たさが足裏から伝わる。

 背筋を駆ける頃には不気味な悪寒へと変わっていた。


「人間……だと思っていたのですが、どうにも解せませんね。人ならざるもののような気もしましたし…」


 あの場で真相解明のために深追いすることも考えはした。

 けれども仮にも多くの術師の命を預かる身として軽率な行動をとることはできなかった。


 少なくとも向こうから干渉しようという意は窺えなかった。

 だが、あのまま追ってもしも接触しようものなら、穏便には済まないだろう。


 そう確信が持てるほど、その”なにか”は禍々しくも異質な気配を帯びていた。


 これらすべてはあくまでも西園寺の感覚論でしかないけれど。


「んで、その第三者さんと七々扇のガキが接触した可能性は?」


「ない、と言いたいですね。むしろそう断言させてほしいです」


 実のところ、あの場で何があったのか、その全貌は誰にもわからない。


 西園寺も七割程度は把握できていると自負しているが、残りの三割に真相が詰まっているだろうことは火を見るより明らかだ。



 それでも一応、欠けた情報から最悪の可能性を考え出した。


 結果、信用の置ける自身の頭が弾き出した可能性は、どうにもそれらすべてが事実であるような気がしてならない。


 霊物の中身然り。

 七々扇煉弥の失踪然り。


 もしそこに疑惑の第三者が介入しているのだとすれば、それはもう迷宮入り案件だ。


 すべてが意味不明な”なにか”に、これまた全貌が掴めない事件を絡めたところで無駄に謎が深まるだけ。

 解明の糸口さえこちらの手中にはないのだから、いくら頭を捻らせたとしても無意味な時間が過ぎるだけだろう。


「で? お前はそれを誰にも報告しないと?」


「わざわざ私が言わずとも、佐伯さん経由でいずれ伝わることでしょう」


「あいつが仕入れた情報には限界があると思うがな」


「おや、今日は随分と術師会側の肩を持ちますね。決別希望ですか?」


「仮にも九家の当主サマが不義理の道に走ろうとしてんのを止めてやってんだろ。内部抗争なんて始まろうものならたまんねえからな」


 なんとも真面目くさった顔で術師会の将来を憂虞する篠北に思わず感嘆する。


 よくもまあ思ってもいないことをこんなにもつらつらと口にできるものだ。

 そろそろ本気で役者でも詐欺師でも副業にして良いレベルだ。


 それはなにも篠北に限った話ではないけれど。



 虫も殺せないような西園寺の笑みが嫌味たらしく歪む。


「誰が報告しようと真実を知る者はいないんですから、どのみち不得要領の情報であることに変わりありません。そこに多少の差異が生まれようともそれはただの誤差。個人差の範疇ですよ」


「ハッ、清々しいほどに性根が腐ってんな」


「さて、なんの話でしょう」


「イイコチャンにはこの世界はちとキツすぎるっつう話」


「間違いありませんね」


 不穏な二つの笑い声が溶けるように闇夜に消えていった。

 それを知る者は誰もいない。



 * * *

 


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