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怨みつらみの愉快日録  作者: 夏風邪
第二章
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52 . 九家会談〈二〉



 気づいたらいなくなっていました。


 西園寺が言いたいのはこのたった一言だけだ。

 けれどもそんな幼稚園児の子供を持つ親のような言葉を口にしようものなら、途端に鋭い眼光で射抜かれることだろう。


 どう言葉を盛って上手いこと事実を伝えるべきか。


 数瞬迷ったのち。


「一体どこへ行ってしまったのでしょう。気づいたらいなくなっていましたよ」


 結局、ありのままを端的に伝えることにしたのだった。



 ある程度想定していたであろう返答に、巽は眉を顰め、他の当主陣もそれぞれの反応を見せる。


 おそらくこの場にいる者全員の頭に思い浮かんだであろう彼の人物。


 青玉をはめ込んだような無機質な瞳が印象的な漆黒の青年。

 いつも表情ひとつ動かさず、何を考えているのかさえ分からない男。


 彼が自ら言葉を発した記憶はほとんどない。


 けれども自己主張が薄いと感じたことは一度もなかった。

 むしろ腹の中に獣を飼い慣らしているような不気味さは、誰しも常々感じていたことだ。


 それでも仕事だと命じれば頷きひとつで従うし、彼の天才と呼ばれるに相応しい実力は術師会にとっても大きな戦力であった。



 そんな彼が一夜にして姿を消した。


 その事実に、たとえ親族でなくとも詳細を知りたがるのは当然のことだろう。


「お前も篠北もいたのだろう? なぜ見失った」


「そうじゃのう。お前さんは特に感知に優れておったろうに」


「七々扇さんも皆さんも、知っているでしょう? 彼、恐ろしく気配操作がうまいんですよ。あの場には霊物の中身もいましたし、当然私もそこそこ本気で感知に徹していたんですけどね。ふふ、煉弥くんのだけは気配も呪力も一切引っかからないんですよ」


 昨夜のことを思い返しながら、西園寺は至極楽しそうに一部始終を説明する。


「今までもある程度はつかめていたので今回も問題ないと甘く見ていましたが……どうやら彼がその気になれば、私の感知網を潜り抜けることくらい容易だったみたいです」


「痕跡は何もなかったのか?」


「ええ。霊物封印後に一通り見て回りましたが、これといったものは一切。煉弥くんは感知にも優れていますからね。こちらの動きを把握した上で行動していたとしたらお手上げですよ」


「結界も張っていたのだろう? 通過記録は残っていなかったのか」


「残念ながら。彼からしてみれば、せいぜい中級術師が張った結界に手を加えることも通り抜けることも造作もないのでしょう。抜け目のない彼がこちらに残してくれた情報は今のところ皆無ですね」


「チッ…我が息子ながらやってくれる……」


 腹に据えかねた結果の舌打ち。

 低く落とされた巽の呟きは、存外、静かな室内によく響いた。


 珍しく苛立ちを表に出すほどに、彼の中では激情が渦巻いているようだった。


 父親として、というよりは七々扇家当主として。

 術師会主幹九家の一柱として。


 あまりにも利用価値が高すぎる七々扇煉弥という人間の勝手に、静かに怒りを覚えているように見えた。


「そう熱くなりすぎませんように。貴方にとっても痛手となりましょうが、私たち術師会にとっても彼の不在は大きいものです。今は彼の今後をどうするかを考えるべきではないでしょうか」


 熱くなりかけた思考を冷やすかのように、凛とした穏やかな声がこの場に一呼吸を与える。


 すぅっと背筋を立てて成り行きを見ていた女───東雲(しののめ)美鈴(みすず)は、変わらず淑やかな微笑で場の進展を促す。



 東雲の言葉に、一時的に荒ぶった感情を鎮めた巽は頷いた。


「ああ、馬鹿息子の件はひとまず七々扇が預かる。その間、あいつに振っていた仕事はある程度はこちらで引き受けるが、術師会の方でも片付けてもらうぞ」


「彼は七々扇の術師でしょう? 術師会にまで負担を負わせるというのはどうなのかしら」


「確かにうちの出の術師ではあるが、あいつの常の働きを考えれば、少なくとも術師会の(・・・・)術師でもあるはずだ。そちらにも責任の一端を担う義務はあると思うがな」


「ふむ、まあよかろうて。あの小僧が姿を消した理由はどうであれ、術師会に利を齎しておったのは確かじゃからのう」


「ええ。必要とあらばご助力いたします」


 ひとまずこの件は七々扇家に任せるといった方向で話は落ち着いた。


 けれども今回のこの件。

 全体的に見れば、術師会にとって大きな損失となったことは間違いない。

 


 術師というのはそもそも日陰の存在だ。


 ───世の中に無闇な混乱や争いを齎さないためにも、一般人にその存在を広めることなかれ。

 

 決して誓約があるわけではないけれど。

 それが術師、国、顧客、すべての関係者間での揺るぎない不文律となっている。

 


 だが、今回の一件で、それが犯されつつあったのもまた事実。


 あの場にいた何も知らない一般人を速やかに避難させたはいいが、もしその中にいわゆる霊感のある人間がいたとしたらどうする。

 もしその人間に、解き放たれた霊物の中身を視られていたとしたらどうする。


 今回のように、目撃した直後に園内が封鎖され、事実を隠蔽するかのような状況説明しか為されなかったとしたら、さすがに勘付く者が出てもおかしくない。


 世間からは切り離された、なにかとんでもないことが起こっているのではないか、と。


 そこから面白可笑しく憶測が広まるかどうかは、真実の一端を手にした本人次第だが。


 術師会としては情報が漏れる可能性が世間に蒔かれてしまった時点で失態でしかない。


 たとえそれを握り潰せるだけの権力を持っていたとしても。

 一度落とされた情報を完全に消すことなど、この情報化社会では不可能に等しいのだから。



 とはいえ霊騒ぎというものは絶えず各地で発生している。

 そのこと自体はホラーだの心霊現象だのといった一種の娯楽として広く知れ渡っている。


 懸念すべきなのは、そこに呪術を生業とする術師の存在を関連づけられてしまうことだ。


 無闇やたらと情報が広まることで世の中が乱れることを厭う国側と、情報の正否に関わらず興味本位で首をつっこむ一般人を面倒に思う術師。


 どちらの立場であったとしても、双方に不利益が生じることは間違いない。


 そして術師会にとって最も面倒なのが、国から責任を追及されること。

 現段階では些細な賠償程度で済んでいるが、今後どんな要求や措置が下されるかは状況次第だ。


 国としても術師の恐ろしさは十分に心得ていることだろう。

 無謀な姿勢に出るとは考えにくいが。


 双方の関係が冷え込むことで経済面でも実働面でも、不調和が生じることは目に見えている。


 どう対処し、どう行動すべきか。


 判断を見誤れば割りを食う羽目になる。



 しばし沈黙が流れる薄暗い日本間。

 

 それぞれが打算を含む方策を頭の中に打ち出しては消していく。


 このような状況下であったとしても、彼らにとって国の対処は二の次。

 ただの手段でしかない。


 この一件を通して如何に一族を繁栄させ他家を蹴落とすか。


 それが家と矜持を背負った彼らが常々思考の基盤としていることだ。


 きっと彼らの頭の中ではものすごい速さで何十、何百もの策が立案と検証を繰り返している。



 術師会とは、長らく続く呪術業界を回す上で根幹となる組織だが。

 その実、内部での各家の対立はいつの世も後を絶たない。


 組織内に渦巻く因縁と陰謀。

 水面下での殺伐とした睨み合い。


 それこそ今に始まったことではない。

 呪術が発展した平安の頃より絶えることのない、術師同士の争いなのだから。



 

 ────パシン。




 剣呑な静寂に終止符を打つように、扇子を閉じる音が響き渡る。


 誰しも思考を止め、音の発信源に目を向けた。

 


「時間は有限です。無闇な浪費はおやめなさい」



 ひどく落ち着き払った声で一瞬にして場の主導権を握るのは、今まで一切の発言をせず黙していた上座の人物。


 歳を重ねたことで白に染まった髪を綺麗に纏め、寸分の隙もなく着物を着こなす(おうな)


 伏せていた視線をゆっくり持ち上げ、自身に向く八つの双眸を滑るように見回す。


 ある者は不愉快げに眉を顰め。

 ある者は緊張と底知れぬ恐怖に背筋を震わせる。



 ───綴楽崎(つづらざき)千乃(ゆきの)

 

 他八人と同様に主幹九家に名を連ねる当主でありながら、決して同等ではない異質の当主。


 術師会の判断は主幹九家の合意で下されるとされているが。


 この場での実質的な決定権は彼女に委ねられる。

 

「先程の通り、現時点で国から提示されている賠償には応じます。けれどその後については我々が下手に出る必要はないでしょう。俗世と国の動きも勘案しながら対処します。四宮、今後とも国との顔役は貴方に任せます。情報が入り次第逐次報告するように」


「はい」


「それから八神。首謀者六名は全てを吐き出させ次第、厳格な処罰を。容赦は無用です」


「……ああ」


「七々扇の倅については七々扇に預けますが、あまりに手古摺るようでしたら介入します。彼は貴重な上級術師ですから、放任することはできません」


 問題ひとつひとつに対して処置を定め、それぞれに一任する。

 綴楽崎千乃はそれ以上を発する必要はないとばかりに口を閉ざした。


 それが九家会談終了の合図。


「これにて本日の九家会談はお開きとします。お疲れ様でした」


 一貫して進行を務めていた四宮は、大きく荒れなかったことに安堵しつつ、やや硬い面持ちで会談を締めた。



 * * *



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