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怨みつらみの愉快日録  作者: 夏風邪
第二章
52/103

51 . 九家会談〈一〉





 午後九時。


 市街地からやや離れた場所に位置する広大な敷地の一角で。

 ひと際大きく立派な屋敷は、異様な緊張感に包まれていた。



 夏場であってもすっかり日の暮れた暮夜。

 普段であれば人が行き交い話し声が飛び交っているはずの此処───術師会総本部だが。


 今日はその騒がしさが一切なく、屋敷全体が一様に張り詰めていた。


 それもそのはず。

 

 今夜は術師会を仕切る九つの家の当主が一堂に会する数少ない機会だ。

 その上、まだ誰の記憶にも新しいあの一件が議題の中心となる。


 なんとも不穏な影が潜んでいるからこそ、それを見守る者たちにも緊張が禁じ得ない。

 




 行灯の明かりのみが灯る薄暗い室内。

 そこに座すのは九人の術師。


 各々平然たる様子で顔を突き合わせているが、それぞれが腹の内に秘める思惑は計り知れない。



「───これより九家臨時会を行います」



 張り詰めていた空気はより一層重々しさを増した。



「まず初めに、各家からの定期連絡は御座いますでしょうか」


 淡々とこの場を取り仕切る四宮睦月(しのみや むつき)は、数秒間を置き、誰からも声が上がらないことを確認する。


「では、本題に移らせて頂きます」


 一度ぐるりと各当主を見渡し、それから上座に座す人物の顔を窺ってから話を進める。


「昨日の霊物解封の一件についてです。ひとまず情報規制を敷いて頂けると国の方とも合意が取れましたので、詳細が外部に漏れることはありません。しかし今回は場所が場所でしたので、修繕費含め責任の一端として賠償が求められております。これについては如何なさいましょうか」


「ふむ、そのまま要求に応じるのが得策じゃろうて。今回はワシらに非がある故、こんなところで奴らと事を構える必要はなかろう」


 長く伸びた真っ白い髭をさすりながらそう意見するのは、上座にほど近い位置に座る老人。


 まるで仙人のような出で立ちの老人───九重(ここのえ)嘉久蔵(かくぞう)の判断に、異を唱える者はいない。


 それは、嘉久蔵がどこまでも思慮深く冷静な判断を下すことを、誰もが知っているからだ。

 よほど反する考えを持たない限りいちいち口を挟んでことを荒立てるほど、この場に集まる者たちは短慮ではない。


「ではそのように。次に西園寺さん、お願いします」


「ええ」


 続いて四宮の視線はこの中で唯一、直接霊物の対処にあたった西園寺(さいおんじ)(しずか)へと向けられた。


 現九家最年少当主として名を連ねながらも一切気後れした様子のない彼は、いつも通り柔和な笑みを携える。


「皆さんも粗方のことは把握されていると思いますが、今回はだいぶ手こずっていたようで、こちらにもそれなりに被害が出ています。ですが幸いにも命を落とした者はいなかったみたいですし、霊物の再封印も済ませてますよ」


「それに関してはすでに術師会で預かり、本部の地下室に保管してあります」


 術師会が保有する数多の霊物のほとんどは本部敷地内のとある地下室に保管している。


 もちろん一つの場所に全てを置くような、侵入者に都合のいい杜撰な管理はしていない。

 各霊物の保管場所も部屋の施錠方法も事細かく設定している。


 どこに何がどういう風に保管されているのか。

 それらを把握するのは術師会でも限られた人間しかいない。



 だからこそ、今回のこの一件には疑問が残るのだ。


 Sランク霊物の封印が解かれた云々以前に、なぜそのような取扱危険物が保管室から持ち出されたのか。

 そこには誰かの思惑が作用しているのではないか。


 誰も口には出さずと、も術師会を牽引する彼らであれば誰しも考えていることだ。


「それで、今回の封印は万全なのかしら?」


 高圧的な口調でそう問うのは、西園寺の向かい側に座る女。

 ややキツそうな言動と唇に引いた紅が特徴的な彼女は、九家に名を連ねる南条家の当主───南条(なんじょう)真澄(ますみ)だ。


 キリリとつり上がった双眸は鋭く西園寺を捉える。


「もちろんですよ南条さん。少々手間と時間は取りましたが封印は抜かりなく」


「あら、相当な霊物だったと聞いていたけれど。貴方でも手に負えたのね」


「いえいえ、私はただサポートに徹していただけですよ。けれどもまあ、篠北くんもいましたので問題はないでしょう」


「そう」


 言葉の節々に自然と含まれていく毒素。

 少しずつ、けれども確実に場の空気が凍てついていく。


 言葉を交わしているのはせいぜい数人だけなのだが、徐々に鋭さを増していく空気に、自然と内に秘めた感情が誘発され。


 権力者による冷戦が各地で熱量を帯びはじめる。


「して、元凶の術師らはどうなったかのう?」


佐兵衛(さへえ)様の命で、彼らには事情聴取を行なっております。こちらに関しては八神さんの方が詳しいかと」


 詳細を求めるように四宮が見た先には目付きの悪い粗野な男。

 八神家当主───八神(やがみ)史朗(しろう)は自身へ視線が集まったのを見て、ハッと嘲笑にも似た笑みを漏らした。

 

「あの雑魚共なら怯えきった様子で要領を得ない説明ばっかだったぜ。もっと落ち着いてからじゃねえとまともな話は望めねえだろうな」


 八神自身、事情聴取という名の尋問現場に立ち会い、実際に尋問の大半を担っていた。

 なんとも荒々しく、言葉よりも手が先に出るようなこの男は力による尋問にはうってつけの人材だ。


 だが、その八神をもってしても彼らは皆一様にごっそり生気が抜け落ちたような状態のまま、まともな言葉を発することはなかった。


 その根底にあるのは、ただひたすらの恐怖と絶望感。

 それは自らを尋問する者に向けられたものでもなく、その命を下した者に向けられたものでもなく。


 まるで悪魔に魂を取られてしまったかの如く空虚な目で、過去に囚われていたように見えた。


「今の状態ですとまるで証言能力がないようですので、ひとまず地下牢に隔離しています。興味がおありでしたら各々ご自身の目でお確かめください」


「それで、今はそのままにしておくと? 親父殿も随分と手緩いことをする」


「……佐兵衛様もこのまま終わらせるつもりはないようでしたが…」


「だろうな」


 佐兵衛の名を出したことで会話に加わってきた人物はクツクツと喉奥で低く笑う。


 声音は笑っているものの、闇夜に溶ける漆黒の双眸はただただ鋭く光る。


 席次でいうと上から二つ目。

 九重嘉久蔵の正面に胡座をかいて座す男───七々扇(ななおうぎ)(たつみ)は、温度のない目で四宮を見遣る。


「さっさと始末してやればいい。その方があいつらも楽だろう」


「……さすがに横暴ですよ、巽さん」


「禁忌に抵触した者にはそれ相応の罰を与えてやるのが妥当な判断だと思うが?」


「それでも、命まで奪う必要はないかと…」


「本当にそう思うのか?」


 あくまでも中立の立場を貫く四宮だが、巽の冷たい視線には慣れているはずなのに、否応無く背筋が震える。


 少しずつ歯車を揺さぶっていく巽に待ったをかけたのは、やはり嘉久蔵だった。


「そう事を急ぐでない。奴らの言質を取ってからの判断でも遅くはなかろうに」


「何も急いているわけではないさ。ただの一案で、ただの戯言だ」


「戯言と申すわりには、主の本心のようにも聞こえるがのう」


「さあな。好きに受け取れ」


 互いに向き合いながらも決して絡むことのない視線はそのまま空を刺す。


 どこまでいっても平行線。

 彼らが交わる地点はどこにも用意されてはいないし、それを望んでもいない。



 ここで言い争うつもりはないとばかりに短く息を吐いた巽は、今度は西園寺に視線を投げる。


「ところで西園寺よ。ひとつお前に訊きたいことがあるんだが」


「なんでしょう?」


 巽に話を振られた時点で、西園寺は次に議題に上がる話に大方見当はついていた。


 さて、なんと答えようか。

 頭の中で直近の記憶を手繰り寄せながら、西園寺は眉ひとつ動かさずに次の言葉を待った。


 くっと口角を上げた巽。

 けれどもその目は一切の感情が排除されていた。



「───俺のカワイイ息子は、どこにいった?」


 

 忽然と姿を消した漆黒の彼の所在を一体どう説明すべきだろうか。


 微笑みの下で、西園寺は密かに頭を悩ませた。




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