【幕間】竜胆
煌々と地上を照らすのは、夜空に浮かぶ青白い球体。
今にも使者が降りて来そうなそれは、どこも欠けることなく、綺麗な輪を形作る。
そんな美しい造形になど一切目もくれず、淡々と地上を歩くは一人の人間。
吹き抜ける生ぬるい夜風が目元に掛かる髪を撫で、そのまま木々を揺らして何処かへと消えていく。
静かな夜に相応しい静謐とした空気。
一歩一歩、迷うことなく進める歩み。
いずれピタリと足を止めた。
色素の薄い髪の隙間から覗く双眸に、読み取れる感情はない。
美しいその顔には薄い笑みだけが浮かぶ。
ひと際強い風が吹き抜ける。
闇夜を照らす満月には叢雲がかかった。
「───久しぶり」
微かな情緒が混ざった声音が響く。
けれどもそれに乗せられた感情がわかる者はこの場にはいない。
月にかかった雲は薄っすらと晴れていき、再び地上に光が差す。
幾許かじっと視線を落として一点を見つめていたが、一瞬、ふわりと目元が綻んだ。
「───また、来年」
そう呟いて、一輪の花を置いた人間はくるりと踵を返した。
闇夜に溶ける華奢な後ろ姿はどこか儚げで。
今にも消えてしまいそうな危うさを秘めていた。
残されたのはまだ背の低いハナミズキの樹木と、青紫の花───。