50 .類は友を呼ぶ…らしい
「隠れ先を決めあぐねてんならウチにおいで。衣食住なら提供するよ」
「は、」
思いもよらない提案に不意をつかれたらしい七々扇。
僅かに目を瞠り、悠々と歩く千景を見遣った。
その目はこちらの真意を窺い知ろうとしている。
「あ、もしかして詐欺とか宗教勧誘とかそんなんじゃないかって疑ってる? 大丈夫大丈夫、謝礼と恩義からのピュアっピュアな提案だから他意なんてないよ。もちろんお金も取んないし。こう見えてもあんたには大きな借りができたと思ってるからね」
我ながらピュアとか使うと途端に嘘っぽく聞こえてしまう不思議に軽く笑える。
七々扇には助けてもらった恩がある。
返したいとも思っているから嘘偽りない本心だ。
だが、果たしてそれがどこまで伝わっているのか。
些か不安なところではある。
七々扇から落とされる沈黙をひたすら黙して待つ。
遠くの信号が青になっただとか、すれ違った車に乗っているのがバカップルぽかっただとか、そんなどうでもいい情報だけが目に入っては消えていく。
「術師会の俺がいて困るのは、お前だろ」
第一声が否定の言葉でなかったことに少し安堵した。
初めて会ったときからわりと好きだった七々扇に面と向かって拒絶を突きつけられれば、さすがの千景でもそれなりにショックを受けていたことだろう。
「こっちから誘ったのに私のこと気遣ってくれんだ。やっさし」
「………」
七々扇の言うことは尤もだ。
これまでの千景の言動を見ていれば、術師会との接触を過度に避けているのは一目瞭然だ。
それなのにそんな術師会の人間を自ら誘い、自ら懐に招き入れるような真似をして。
一体何が目的だ、と。
現にそう訴えている。
ふふ、と千景は愉しげに唇を歪めた。
「あのさぁ、目的を聞きたいのはこっちなんだよね」
おかしいのだ。
そもそもの前提が。
───なぜこの男は、他人に知られたらいかにも不味そうな腹の内を千景に打ち明けた?
確かに行動の決め手となったのは千景が理由かもしれない。
だが、身を隠そうとしていることを誰かに言えば、巡り巡って術師会に届くかもしれない。見つかる確率が上がるかもしれない。
そんなリスクを負ってまで交流の浅い千景に話す意味はない。
───逃げるという意思は本気じゃなかったから?
それも違う。
少なくともこの男の独白に嘘は含まれていないように思えた。
端的に並べられた言葉たちはどれも偽りのない本心であり、術師会に抱く嫌悪も本物だった。
それなのに、なぜわざわざ千景に打ち明けたのか。
頭も感覚もキレッキレでその上感情のコントロールにも長けていそうなこの男が。
とてもじゃないがノリと雰囲気で思わず口を衝いたとは考えられない。
とてもじゃないがお互い初対面時に感じた『あ、コイツ相性良さそう』なんて曖昧な理由で千景に話したとは思えない。
こういう無駄に頭がキレて無駄に理性的な人間が自ら弱さを晒す理由なんてひとつしかないだろう。
(あーあ、ほんと笑える。どこまでも同類だよ、お前)
それがわかってしまう無駄に鋭い自分にも呆れる。
もし相手が千景でなかったのなら、なんの疑問も持たず、天才の意外な一面を見たとホイホイ協力するのだろう。
裏に潜んだ思惑にまんまとハマったことにも気づかずに。
けれども千景が気づいたのはある意味必然だったと言える。
なぜならこのやり口は、うんざりするほど良く知ったもの───千景もよく使う手段だったから。
直近のことで言うならば、七々扇に協力を仰いだとき。
取り繕おうと思えばどうにでもなったはずの明から様に”困った”という情緒をそのまま表情に出してみたのもそう。
人間誰しも相手の表情によって少なからず思考や感情が感化される。
相手が楽しそうに笑っていればなんとなく自分も楽しいと感じ、相手が困っていれば少なからず同情が生まれる。
たとえ人の不幸は蜜の味だとか言ってのける性根がねじ曲がった人間が相手であったとしても、その根底にある捻くれた尺度さえわかれば、特定の感情を引き出すことは可能だ。
そうやって自分にとって都合の良い感情を相手に抱かせて思い通りに動いてもらう。
さらに、人より優れた自分の容姿でさえも道具として扱うのだから、本当によく似た手法だ。
「……ほんと、喰えないヤツ」
「お前に言われたくはねえ」
この一件で得た収穫はひとつ。
類は友を呼ぶというのは本当だったらしい。
「まあ、お前もわかってて私に協力してくれたみたいだし? 私も喜んで乗ってあげるけどね。てかさっきも言ったけど、お前術師会側の人間じゃないじゃん。私が懐に招き入れたところでお前は向こうの利になることなんてしないし、自分が不利になることもしない。だから居場所を悟らせるようなことも絶対にしないだろ? だったら私に害なんてないんだから問題ないよ。借りも返せるし」
七々扇が望んでいた解答がなんだったのかは知らない。
だがこの時点で話したということは、当面の住処とか隠れるのに良さそうな場所の情報とかたぶんそんなところだろう。
千景が似たような人身操作法を用いると知っていて仕掛けてきたということは、当然気づかれることも織り込み済み。
この男ならばこちらの思考まで読んでいそうだ。
千景が全てに気づいた上で出した衣食住提供の申し出は間違ってはいないはずだ。
「…って言っても家に招くなんて思わなかっただろうし、まったく関係ない私がそこまでする義理はないって思ってそうだから一応付け足しね。借りを返したいっていうのは半分本当だけど半分建前。私としてもお前がいてくれると助かるんだよ」
「なんで」
「言ったじゃん。私、今呪力ないから呪術使えないって。別にそれでも良いかと思ってたんだけど、さすがに一ヶ月も経つと不利益が生じてきてね。いつ戻るかもわかんないし私の周りに術師いないし」
「叶堂のあいつは」
「あの人は頼りになるけど京都は遠いんだよ。周りに術師がいないっていうのも生活圏内でって意味ね。だから近くに術師がいてくれるとめっちゃ助かんの」
確かに叶堂家には紫門や怜をはじめ、交流のある術師はいる。
けれども離れて暮らしている以上、困りごとがある度に頼りに行くことはできない。
それ以前に叶堂と関わりがあると知られるのは避けたい。
ただでさえ京都は術師が多いのだ。
そう頻繁に訪ねていれば、いずれは誰かの目に入ることもあるだろう。
だから千景の生活圏内に術師が一人いてくれるだけでものすごく助かる。
それが腕のいい術師であればなおさら。
術師といえば一応鼎もいるが、彼女はどちらかといえば研究者だ。代わりに術をかけてもらうとかの頼みごとは控えている。
「私は術師がいてくれて助かる。お前は衣食住の心配がない。どう? ウィンウィンじゃない?」
双方にメリットがあることを示せば腑に落ちたらしい七々扇も軽く頷く。
さて、話は纏まった。
一人と二匹で住むには広すぎたあの家にも住人が一人増えそうだ。
「んじゃ交渉成立ってことで。私のことは千景って呼んでよ」
「……本名か?」
「ふは、なに疑ってんの。いずれ知られる相手に偽名なんて使わねえわ。お前は?」
「煉弥」
「ん、煉弥ね。よろしく」
「ああ」
助力を求めてはるばる京都までやってきた昨日の自分に、まさか次の日にはこんな展開になっているだなんて想像できただろうか。
(なんか各方面に怒られそうだけど……とりあえず紫門さんには黙っとこ…)
こうして、出会ってから二ヶ月弱、二度目の再会を果たした相手とのなんとも不思議な同居生活が始まることとなった───。