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怨みつらみの愉快日録  作者: 夏風邪
第一章
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5 . ファミレスでの井戸端会議



 さすがは休日の駅前、しかも昼時とあってかファミレスは混んでいた。

 子供連れや学生くらいの若い層が大半の店内で、例に漏れず千景と志摩も若い層としてその席を埋めていた。


 幸いにも二人が来た時は待ち時間はなく、スムーズに席につくことができた。

 あと少し時間がずれていたら、今も入り口の椅子で待っている人たちの仲間入りを果たしていたことだろう。



「そういや知ってるか。なんかどっかの組織が術師……だっけか? チカみたいなヤツらを集めてるんだとよ」


「え、なにそれ初耳」


 見るからに熱々そうな鉄板ハンバーグとシェアで頼んだフライドポテトをつつく志摩はおもむろにそんな話を始めた。

 

 もちろん会話の内容は拾われぬよう声量は落としながら。


「その話が回ってきたのは親父なんだけどよ。何でも神職とか住職とかそういう職種の人間に話を持ちかけたり、よく霊騒ぎがある地域の術師っぽい人間に声をかけたりしてるらしい。親父もよく祈祷とかはしてっけど霊は視えねえし行くつもりはないっつってたけど、一応チカにも声掛けてみたらどうだってさ」


「へえ。そんなに術師集めてどうすんの?」


「さあ? 俺も詳しいことは知らねえよ。適当に聞き流しちまったし」


 おいおい…と大事な部分が何ともあやふやな話を聞きながら、千景もポテトを口に放り込む。



 志摩の話で気になるのは『どっかの組織』というワードだ。


 呪術界において組織といえば、おそらく国内の術師を束ねて管理する『術師会』のことだろう。

 呪術を扱うほとんどの術師は『術師会』という大元の組織に所属し、各地から寄せられた依頼を処理している。


 千景のように『術師会』に所属せず個人で活動している術師は少数派なのだ。


 霊騒ぎや除霊、(のろ)い儀式の依頼などはほとんど術師会が管理し、術師会所属の術師に仕事を割り当てている。

 だからこの道を本職とするならば、実力がなければフリーで生きて行くのは難しいとも言われている。

 

 しかし生まれてこの方、術師会とは全く関わりを持ってこなかった千景がその組織について知っていることは少ない。

 術師だからといってその業界に詳しいわけでもない。


「まあ親父に聞けばもっと詳しいことがわかるかも知んねえけど」


「そうだなぁ。ちょっと興味もあるし、帰りに寄ってってもいい?」


「おう。寄ってけ寄ってけ」


 (はな)から術師会に関わるつもりはなかった。

 自由を愛する千景には、呪術の専門組織とも言える術師会の管理下に置かれるのは窮屈すぎる。

 そもそも誰かの下について大人しく働くということ自体が千景には向いていないのだ。


 とはいえ仮にも術師まがいのことをやっている以上、そろそろそういった業界について触れておくのも悪くはない。


 そんな考えのもと、とりあえず情報を得るチャンスが目の前に転がってきたみたいなので、何となく手でも伸ばしてみようかなと思った千景であった。



 その後もドリンクバーをフル活用しながら内容のない馬鹿話をだらだらと続け、あっという間に二時間弱が経過した。

 お昼時なのに長居して申し訳ない、という気持ちはファミレスヘビーユーザーの二人にはなかった。


 腹も満たされストレスも発散でき、それどころか少し小腹がすいてきたかもといったところでそろそろ帰ろうという流れになった。


 しかし席を立つ前に、あ、と漏らした志摩の声で、もうしばらく滞在時間が伸びた。


「どしたの?」


「あの子。あそこで信号待ちしてる子」


 志摩が指差す方向を追うと、一人の少女が目に入った。


 千景と志摩が座る席の壁に填められた大きなガラス窓から見てちょうど正面。


 中学生くらいだろうか。

 スポーツバックを肩に掛けたジャージ姿の少女は、いかにも部活帰りといった風貌だ。


 こちらに背を向けて立っているため表情は見えないが、どこかうつむいているように見えた。


「なんか明らかに負のオーラを纏ってるんだけど」


「チカにもそう見える?」


「うん、まあ。あんたの知り合い?」


「そういうわけじゃねえんだけどさ。あの子、今朝ウチの神社にお参りに来たんだよ。そんで、ただ手を合わせて御守り買ってっただけなんだけど……なーんか引っかかってさ。表情も暗かったし、何となく邪気みたいな瘴気みたいなものも感じたんだよなー。でもとくに何か憑いてるわけでもねえし、結局声はかけなかったんだけどよ…」


「ふーん……御守りって何買ってた?」


「あー…たしか健康祈願とか交通安全とかだったかな。遠目からだったから分かんねえけど」


「そう」


 かなり視える方なのは確かな志摩が邪気や瘴気、つまり悪霊の気配を少女から感じたという。


 力のある霊ならば一見人間との区別がつかない場合もあるが、少女は御守りを買う際に売り子の巫女と言葉を交わしているはずだ。

 志摩の家の神社に視える人間は他にいないため、少女自身が人間であることは間違いない。


 であれば、あの少女はどこかで悪霊と接触したか。

 それとも少女の生活圏内に悪霊がいるのか。


 すでに少女に取り憑いていて相当上手く隠れているという可能性もあるが、千景から見ても少女に憑いている霊はいない。ゆえにそれもあり得ない。


 神社で健康祈願や交通安全、その他諸々の御守りを買っていたことも考慮すると、おそらくすでにその悪霊からの祟りを受けているのだろう。


「ねえ銀。お前はどう思う」


 ここにいるメンバーの中で一番感覚が鋭いのは銀だ。

 絶対的な自信が持てない場合は銀の意見を聞くに限る。



《そやねぇ。たぶんあのコの近くにえげつのう瘴気持った悪霊がおって、その影響をもろに受けてもうてるんやろなぁ》

 


 銀の見解も千景とほとんど一致していた。



《まあ、悪霊はあのコの相当近く、家ん中か、そやなかったら敷地内にはいる思いますわ。ほんまにかわいそうやなぁ。たぶんもう少しで誰か死んでまうよ?》


「おいおいマジかよ。それってヤベェじゃねえか」


「…んー……まあ別にあの子は赤の他人だし、このまま放っておいても罪にはなんないわけだし。祓ったところで私が疲れるだけなんだよねぇ」


「そりゃそうだな」


 トントン、と指先でテーブルを叩きながら少女の背を目で追う。

 

 呪術を扱うということはそれ相応の呪力だったり体力だったり気力を削られる。消耗の程度に個人差はあれど、術者にノーダメージの呪術などひとつもない。


 身を削ってまで見ず知らずの人間を助けることに意味はあるのか。


 しばらく逡巡したのち。


(──…慈悲の範疇、かな)

 

 ふぅ、と息を吐いた千景は少女から視線を外した。


「とりあえず後でもつけてみようかね」


「オッケー」


 千景の返答を聞くなり、志摩はサッと立ち上がって会計を済ませに行った。


「あいつ、完全に楽しんでやがんな……」


 もちろん少女を心配してはいるのだろうけど、それ以上にこの状況を楽しんでいるようにも見える。


「性格良いのか悪いのか、ほんっと分かんないんだよね志摩は」


《ククッ、そらアンタもや。善人なのか悪人なのかはっきりしぃや》


「言っとくけどそれはお前もだからね」


 結局のところ、自分を含め周りには真っ向から善人といえる存在がいないことを改めて思い知った。

 そんな千景は、嬉々として少女の後を追う志摩をこれまた嬉々として追った。


 千景もああだこうだと建前を並べてはいるものの、その本心が楽しさを求めていることは実に明白であった。




 店を出た頃にはすでに少女は信号を渡りきり、反対車線の歩道を歩いていた。


 経過時間を考えればもっと遠くにいるだろうと推測していたが、少女の重い足取りは思った以上に歩みを遅らせていたようで、幸いにも見失うほど距離は離れていなかった。


 休日正午の人通りの多い駅前を少女と一定の距離を空けてついていく。


 少女との間には障壁となるものは山程ある。不審がられる心配はないだろう。

 そうでなくても千景と志摩に限っては尾行を気取らせるようなヘマはしない。


「やっぱこういうのってワクワクするよな。なんつうかこう、DNAに組み込まれてるっつうかさ」


「不本意ながら同意見。相手がやり手ならもっと楽しいんだろうけどね」


「バレるかバレないかの瀬戸際くらいがちょうどスリルあっていいよな。俺探偵のバイトでも初めてみっかなー」


「なんでだよ。でもたぶん私は探偵向いてるね。だって視えるし。絶対他の人より情報収集能力高いからね」


「じゃあ俺も向いてんな。視えるし」


「ばーか、お前は自力で祓えないんだからただ危ないだけだろ」


「じゃあ一緒にやろうぜ」


「だったら除霊の方が私的にはコスパがいいんだけど。助手でもやる?」


「いや俺ってどっちかっつうと除霊される側じゃね? 危なくね?」


 またもや飽き足らず無意味な会話を繰り広げながら、付かず離れず適度な距離を保って少女の後ろ姿を二人は追った。


 

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