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怨みつらみの愉快日録  作者: 夏風邪
第一章
49/103

49 . 自由



 二人が本気にさえなれば、いとも容易く園外に出られた。

 

 術師のいない場所を隠れながら進み、植木の垣根を飛び越えて、七々扇がつくった結界の抜け道から外界へと出た。

 長らく隔絶空間に閉じ込められていたこともあってか、開放感のある世界がなんとも新鮮だ。




(……うーん、どう解釈するべきか…)


 開放感に包まれて早々、千景は頭を捻っていた。


 今回の逃走に関してはさすがに銀の感知能力をフル活用したが、拍子抜けするほど簡単だったこの脱出劇を楽勝の一言で片付けてはいけないような気がする。


 あくまでも千景がそう感じただけの話ではあるが、なんとなく、ほんとになんとなく、術師会側の動きには作為的な意思が織り込まれていたように感じた。


 今までのような、一応策は弄しているけど実力が足りず後手後手に回っていた追尾とは違い、意図的にこちらが逃げ道としたエリアから人員を廃していたような。


 無論、囮用のウサギも立派に役目を果たしてくれていた。

 そちらにも多くの術師が引き寄せられていた。


 だから一概にそうとは言えないが、疑問を持ったところから物事は始まる。


(気配感知に優れたヤツでもいるのかねえ…)


 千景とて、なにもこちらの動きが掴まれていたとは考えていない。


 だが、長いこと見てきた術師会の動きから、ある程度人物像が形成されていた向こうの指揮官と違い、七々扇とともに来たという二人の術師については完全に情報不足だ。


 実力も人物像も未知数である以上、悠長に楽観視しているわけにもいかない。


 『どんな状況でも最悪の場合を仮定して最善の行動をする』をスタンスにしている千景には、疑念をそのまま放置するという選択肢はない。


 けれども深読みして考えすぎて泥沼にハマるのも愚の骨頂。


(まあ、いっか)


 ここは適度に警戒しつつある程度は割り切ることで、散らかりかけていた思考に区切りをつけた。



 一度ぐるりと周囲を見渡し、朝日の片鱗が見え隠れしている地平線を意味もなく眺める。


「ていうか今更なこと聞くけどさ。大丈夫だったのかな、監視カメラとか」


「本当に今更だな」


 あんなに必死で身を隠して園内を逃げ回り、あんなに人を避けながら外まで出てきたというのに。

 もしここで監視カメラにバッチリ姿を収められていましたとなればそれはもう笑うしかない。


 普通に考えて、国の文化財に指定される場所に監視カメラが一台もないなんてことはありえない。


 そんな初歩的なことがすっかり頭から抜けてしまっていた自分はやはりアホなのではないかと自覚し始めた今日この頃だ。


「それについては問題ない。いつどんな形で術師の存在を証明するものになるかもわからない証拠を、術師会が映像として残すはずがない。今回のように公共の場で呪術案件の問題が起きた場合、まずは記録媒体を止めることから始める。監視カメラの類も例外なく。だから、姿を捉えられているということはまずない」


「…おおう…思ってた以上に徹底的だ」


 毎度いけ好かないと思っていた術師会の厭らしさだが、今回ばかりは助けられてしまったようだ。


 まさかカメラの存在を忘れていたわけではないだろう……的なジト目が、涼しげな青玉から送られてきた。

 それに関してはなにも言えない千景はそろりと目を逸らすことで応えとした。



 これ以上この場に留まる意味もメリットもない。

 結界を抜け出した千景はさっさと歩き出す。


 それに合わせて隣に並んだ七々扇。

 術師会の術師が堂々と仕事放棄してもいいのかと気になったが、残念ながらその顔からは何を考えているのか読み取れなかった。


「お前も帰んの?」


「……別に」


「今更だけど仕事しなくていいのかよ。悪霊封印しにきたんでしょ?」


「……ああ」


 これまでも手短なレスポンスで済ませることが多かった七々扇だが、今は何だか曖昧な返事しか返ってこない。


「イケメンが悩んでる姿はイケメンでしかねえよ」


「別に悩んではいない」


「あっそう?」


 イケメンってとこは否定しないんだ、というツッコミはひっそりと胸の内に仕舞った。



 しばらくは無言が続く。


 すでに遠ざかった後方の庭園から追っ手が来る気配はない。

 結界が張ってあることもあってさすがに音は聞こえてこないが、園内では未だに無意味な鬼ごっこが繰り広げられていることは雰囲気からわかる。


 操り主を失ってなお健気に働くウサギに涙したい気分だ。



 明け方で車も疎らな国道沿いをのそのそ歩く。


 疲労、寝不足、空腹。

 気づけばこの体にはことごとく美容と健康に喧嘩を売っていそうな三拍子が揃っている。

 まだ若いからと油断していればあっという間に老け込んでしまいそうだ。


「……お前を見ていると」


「え、うん」


 朝焼けの静かな空に、七々扇の静かな声が響く。


「時々ひどく、羨ましくなる」


「……………とりあえず病院行っとく?」


「阿保か」


 いきなりの羨ましい発言にスパーンと明後日の方向に思考が飛んだいった。

 

 自分のどこに七々扇が羨むような要素があるというのか。


 それがわかっていれば何もこんなアホみたいな返しはしなかった。

 もう少しマシな言葉を送っていたはずだ。


「いや、あの、私のどこに羨む要素があった? ただの無力な人間でしかなかったよね。術師にも一般人にもなりきれないとことん中途半端なアホでしかなかったよね?」


「……………別に。今日に限った話じゃない」


「あ、そうなの」


 七々扇は千景の自虐発言に肯定も否定もせず、別に、の一言で片付けた。


 言葉の間を読めということだろうか。

 お前は作家かとツッコンでやりたい。


「この前も、今日も。お前はいつだって自分が思うままに自由に生きてる。何者にも縛られず執着せず。どこまでも自由に」


「そう見えた?」


「お前のそんな姿を見てると俺も馬鹿らしくなってきた」


「……あの、ちょくちょく挟んでごめんね。私って今貶されてる?」


「本当にいろいろ馬鹿らしくなった」


「…………」


 こちらの問いには一切答えない七々扇は、発言内容のわりには静謐とした声音に言葉を乗せる。


 千景も下らない合いの手を挟むのを慎み、静かにその独白に耳を傾ける。


「お前が全力で逃げているのを見て、ああ、逃げるのもありだなって思えた」


「うん」


「だから逃げることにした」


「うん。……ん?」


「術師会も、クソジジイどもも。当たり前のように背負い込まされていたものを一度全て捨ててみるのも良いのかもな」


 七々扇と初めて会ったときから感じていた。

 言葉の節々から滲み出る術師会への嫌悪。


 組織に属して郷に従うことを散々避けてきた千景には、実際に属している人間の苦労はわからない。


 喜びも悲しみも怒りも苦しみも。

 絶対他人に見せず悟らせなかったであろうこの男がどんな人生を送ってきたのか、千景にはわからない。


 けれど人より優れた能力を持ってしまったことで、”天才”と名を付けられてしまったことで、どれほどの期待と理不尽な窮屈を押し付けられてきたことか。


(……同類、かな……)


 人に何かを強要され、初めから誰かにレールを作られている、そんな人生。

 面白くもなんともない。

 

「ふふ、お前も大概自由だよね」


 物理的にではなく、考え方がという意味で。


 自分の人生は自分で決める。

 そんなどこぞの主人公じみた台詞が案外真理だったりする。

 

「じゃあお前もこのまま術師会からフェードアウトするわけだ」


「………」


「んで、楽しい楽しい逃亡生活の行き先は決まってんのかい?」


「…人を犯罪者みたいに言うのはやめろ」


 今日の出来事で術師会からの逃亡を決めたのだとしたら、身を隠す場所も手段も、まだ用意していないはずだ。


 もしかしたら以前からこうすることを考えていたのかもしれない。

 それでも今日決行するに至った経緯は今日の出来事に起因している訳だから、準備不足なのは確かだろう。


「んじゃその潜伏先、私が提供してやろうか」


 それ故の提案。


 今回の一件だけで大きな大きな借りをつくってしまった相手への、一種の返済手段だ。



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