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怨みつらみの愉快日録  作者: 夏風邪
第一章
48/103

48 . 利害の合致



 とりあえず問題はひとつ片付いた。


 だが、それを素直に喜べないのは、もうひとつ乗り越えなければならない問題が待ち構えているから。


「手を貸してくれてありがとう。助かったよ」


「ああ」


「で、これからのことなんだけどさ。この結界って解いた瞬間感知されるとかあり得る? 術師会目線で知りたいんだけど」


 結界外に術師がいないことは感知センサー二匹を通して千景も把握している。


 けれどももし、術師会が園内全域に感知網を敷いていたとして。

 結界を解いたときの微かな呪力の変化は感じ取られるかもしれない。


 そんな微弱なものでも感知できる術師が向こうにいるのか否か。


 術師会の内部事情を知らない千景には分かり得ないことだった。


 それに、七々扇の言っていた厄介な二人というのも警戒の対象だ。

 他人に全く興味のなさそうなこの男が厄介と評する人物たち。


 想定すべきは常に最悪の場合。


 その二人の人物も相当な術師だと見積もっておいて損はないだろう。


「あり得るか否かで言うなら十分あり得る。結界もそうだが、奴を封印したことで、その傀儡から漏出される霊力が微妙に変化した。他の術師なら問題ないと思うが、あいつらまで誤魔化せるかは賭けだな」


「あーやだやだ。面倒な術師の相手は疲れんね」


 いくら奴がウサギの着ぐるみに霊力を残してくれたとはいえ、やはり核となる魂があるのとないのとではその力の大きさも変わってしまう。


「だが、分かってもせいぜいそこまでだ。お前も知ってると思うが、術師の感知に人間は引っかかりにくい。たとえ悪霊の変化には気づかれてもそこに誰かいたかなんてわかんねえよ」


 術師が扱う感知呪術は、当たり前だが、その対象を霊的存在と仮定している。

 だから基本的に人間相手に感知を行うことは想定していない。


 中には術式や呪文を組み替えて応用する術師もいるようだが、それでも霊に対する感知の方が圧倒的に正確だ。


 例外として、千景や七々扇みたく直感という形で人間の気配を察知できる術師も一定数いる。

 だが、これは呪術においての感知とは似て非なるもの。まったくの別物だ。


 だから多少悪霊の霊力や気配が変わったとしても、その場に千景と七々扇がいたことまで感じ取られることはない。


「けどさー、悪霊くんの変化を悟られた時点で真っ先に疑われるのって、たぶん私なんだよなぁ」


「だろうな」


「なんか園内に術師会以外の人間がいることにはとっくに気づかれてるみたいだし? あいつが散々追いかけ回してくれちゃったおかげで、このタイミングで何かあったら、その”誰か”の仕業ってことになっちゃうだろーよ」


 どうやらわりと初めから詰んでいる話だったらしい。


 こういうことになるなら占いのお姉さんの言うことを聞いてラッキーアイテムでも持ってくるべきだった。


(あ、てかもうとっくに日付超えてらあ……どのみち意味ねえな)


 投げやり半分でハハ、と乾いた笑いが出た。


「はてさて、どうすっかなあ」 


「お前、誰か一人にでも姿は見られたか?」


「いや。そんなヘマはしてないはずだよ」


「なら、ココから出してやろうか」


「……………え、まじで?」


 今まで神様はずっと敵だと思っていたが、どうやら千景にも慈悲を与えるという選択肢はあったらしい。


「ちなみにどうやって?」


「全体を覆っている結界に抜け道をつくる。ここは園内の端だ。結界にも近い。巡回する術師に見つかるリスクを最小限に抑えつつ外に出る」


「でも出入り口って術師で固めてんじゃなかった?」


「ああ。だから真っ当な出入り口は使えないと思え。人がいなさそうで、且つ出やすそうな場所に適当につくる」


 つまり、常に術師が張り付いている通常の出入り口は諦め、まるで盗っ人の如く木を超え壁を超え外に出るというのか。


「今の結界はせいぜい中級術師が十数人集まって展開したものだ。少し細工して穴を開けることくらい簡単にできる。いずれもっと強力なものが張られる可能性もある。やるなら早い方がいい」


「術師会のお前がそんなことして大丈夫なの?」


「さあな。だが、この方法しかないと思うが? 呪術が使えないお前は論外として、そこの蛇と狐でも結界を弄ることは造作もないと思うが、痕跡は残したくないんだろ。だったら初めから術師会に存在が割れてる俺がやったほうが安全かつ効率的だと思うがな」


「そりゃそうだろうけど……」


 もはや強硬手段に移そうかと考えていた千景にとって七々扇からの提案は願ってもないものだ。


 断る理由はどこにもない。

 けれどもやはり、どうしても腑に落ちないことがここでも浮上する。


「あのさ、どうしてそこまでしてくれんの? 仮にもお前は術師会の人間だろ。完全に裏切り行為じゃん。助けてくれるのは素直に嬉しいしほんとに助かる。でも、私のせいでお前の立場を貶めるわけにはいかないんだよ。最初に無茶ぶりした私が言えたことじゃないけど、私なんかのために判断を誤るな」


 これがなんでもない相手だったら、たぶん迷わず利用する。


 でもなぜだろう。

 自分の利のために七々扇を利用しようとはどうしても思えない。

 そもそも容易く利用できるほど御し易い男だとも思えないが、自分の事情で振り回したくはない。


 この場を乗り切るためにはそんな人間くさいことを考えず、呑気な顔して提案に乗るのが一番手っ取り早いんだろう。


 そんなことわかっている。

 わかってはいるが。


(なんだかなあ……)


 なんとも言えない千景の内心を感じ取った七々扇は皮肉げに口角を上げた。


「勘違いするな。何もお前のためだけじゃない」


「えー……これって他にメリットあんの?」


「なんでも思い通りに動かせると思っている術師会のクソ老人どもの足を引っ張れる」


「うわー…」


 この時の七々扇のわっるい顔が印象的すぎて思わずガン見してしまった。


 無表情だ無機質だと散々言ってきたが、その判断は尚早だったらしい。


 百歩譲っても表情豊かとは決して言えないが、まさにニヤリという表現が当てはまる。

 腹に一物も二物も抱えていそうな顔が様になりすぎていた。


「やっぱさ。お前術師会嫌いだろ」


「さあな」


「うん、いいよ。私のこと口実に使っていいからお前も私に協力して」


「そのつもりだ」


 ここまできてやっと七々扇との利害関係が見えてきた。


 千景の存在を報告しなかったのも、結界を張って悪霊の封印に手を貸してくれたのも、どうやら七々扇にとっては術師会への反抗の一環だったらしい。


 なんとも子供じみた理由だが、これを反抗期と呼ぶにはいささかタチが悪い。


 捕らえればいろいろ情報になりそうな千景の情報を一切流さず、あろうことか手を貸した。

 そして結果的に、術師会所有の霊物も第三者である千景の手に委ねる判断を下した。


 この一件に多くの人員を送り込んでいた術師会の本気度から察するに、霊物の中身を持つ千景がもしも逃げ切れば、彼らの損害は相当なものになるだろう。


 それを仕出かしたのが”天才”とも呼ばれる身内の犯行であればなおさら。


「はは、いいねこういうの。人間味があっておもしろい」


「愉しんでる場合か。行くぞ」


「うん」


 先に銀に結界を解かせ、その愛らしい毛玉を千景は腕に抱えた。

 次いで七々扇も結界を解く。


「んじゃウサギくん。最後の仕事頼んだよ」


 今はもう悪霊の残した霊力だけで動いているショッキングピンクの着ぐるみに後の面倒事をすべて押し付け、千景と七々扇は走り出した。


 なんだかこっちまで着ぐるみに愛着が湧いてしまった気もするが。


 もし無事でいたのなら、今度こそ優しいオジサンが入った風船配りのウサギになれることを願って───。



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