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怨みつらみの愉快日録  作者: 夏風邪
第一章
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47 . 混沌からの脱却



 ポケットから小瓶を取り出し、見せつけるようにゆらゆら揺らす。


「抵抗しても良いけど、大人しくこの中入ってみない?」


《フフ、小生の返答などひとつしか望んでおらぬだろうに。人間の分際で生意気な》


「案外快適かもよ」


 やっと外に出られたというのに再び封印されろなんて無茶を、すんなり受け入れてくれるなんてはなから思ってない。


 だからこちらも手を出させてもらう。



 きっと朱殷なら何も言わなくても千景の思考を読み取っている。


 朱殷に悪霊の傀儡である着ぐるみを壊してもらい、中から無理やり追い出す。

 上手くいくか少々不安はあるが、千景の読みでは、朱殷と悪霊の表面的な力は同等程度。


 仮に劣っていたとしても、両者の呪力がぶつかり合っているうちに着ぐるみの方が先に壊れるはずだ。


 この着ぐるみは傀儡用に作られた呪具ではない。

 たまたまそこらにあったものを臨時で用いただけだろう。


 もしも先に千景が狙われたとして、それでも問題はない。

 いつの間にか足元で行儀よく座っている銀の気配も把握済みだ。



 キュポン、と瓶のコルクを抜く。

 同時に朱殷が動く。


 しかしその前に、思わぬ方向から待ったが掛かった。



《───そう早合点するでない。誰も協力せんとは言っておらんよ》



 千景と朱殷はピタリと動きを止めた。


「………ん?」


 聞き間違いでなければ悪霊は言った。

 誰も協力せんとは言っておらん、と。


 つまり、自分が封印されるのを自ら手伝ってくれる、と。


「…あ、あー……あれかな? ちょっと疲れちゃったのかな? 封印生活ってそんなに楽しかった?」


《フフフ、面白いことを言う。あんな面白みのない生活なんぞ退屈でしかないわ》


「じゃあどうして」


《言ったであろう、小生は懐かしい気配を追ってきただけだと。ちとお主らに興味があってな。一度ゆるりと話がしてみたくなっただけのことよ。長年生きておると楽しみも尽きてくるのでな》


「そのためなら人間如きに封印されても構わないと?」


《有象無象であれば即刻命を刈り取ってやるところだが。お主は退屈凌ぎになりそうだ》


「光栄だね」


《元よりお主の方こそ、小生との語らいを所望であろう?》



 目の前にいるのは相も変わらず表情の動かないウサギの着ぐるみ。

 けれどもわかる。奴の口元がニィと弧を描いたことだけは。


 悪霊と話がしたいと千景が思っていたことはとっくに見抜かれていたらしい。

 その上で、例えこの場で封じたとしても、また近いうちに封を解くことも。


 長年封印されることはないとわかっているからこそ、千景に協力することを申し出たのだろう。


 その方が自らにとっても都合がいいと。


「別に封印に手を貸してくれなくたって、今ここで深ーい話をしてもいいんだけど? 何なら遊んであげるよ」


《思ってもないことを言うではない。お主、この場には一秒たりとも長くいたくないと顔に書いてあるわ》


「そんなことないですよー」


《それに、今のお主ではつまらん。暇潰しにすらならんよ》


「あれ、バレてたんだ」


 遊んであげるなんて余裕ぶったことを言ってみたが、そもそも今の自分が悪霊の遊び相手にすらならない有象無象であることは自覚している。


 やはり人の何倍も感知にすぐれた霊的存在。

 千景の中に呪力がないことくらい、とっくに気がついていた。



 ひとつ息を吐いて、数歩退がる。

 

 悪霊の話はすべて嘘でこちらを油断させるための罠、という線も残っている。

 だが、千景も伊達に霊を相手取ってきたわけではない。


 視て、感じて、言葉を交わせばわかる。

 奴の本質はどうであれ、今回に限っては、これが嘘偽りのない本心であることを。

 

「うん、無駄に事を長引かせるつもりはないからね。さっさと始めようか」


 だから千景も、疑心暗鬼になって無駄な時間を経ることはない。 

 疑念がないと言えば嘘になるが、考えても意味がない答えというものは往々にしてあるものだ。



 互いの利害が一致したと仮定した時点で、次に優先すべきことは、いかに手短に片付けるかだ。


「外の様子ってどんな感じ? 勘付かれちゃったりしてんのかな」


「問題ない。もうしばらくはな」


「ならさっさと終わらせないとね」


 千景と悪霊の会話を聞いていた七々扇は、ちらりと結界の外に意識を向け、周囲に動きがないことを確認する。

 自分が張った結界がそうやすやすと感知されるとは思っていないが、如何せん共に来た若干二名の動きが気になるところ。


 じっくり外部を探りたいところだが、今はこの場で起こるであろうことのほうが彼の興味を引いていた。


「どうやって封じるつもりだ。お前、呪力はないんだろ?」


「あの人の呪具を舐めてもらっちゃ困るね。呪力がないと呪具を扱えないなんて常識、意味を成さないから」


 元来、呪具というものは呪術とセットで使うものだ。

 つまり呪力がないと扱えないものとなっている。


 けれども紫門が作ったものに限っては、呪具そのものに強力な呪力が込められている。

 だから今の千景のように、たとえ呪力がなくても呪具の使用は可能だ。



 では、ただの一般人にも呪具が使えるではないかという話にもなってしまうが、まったくもってその心配はない。

 

 呪具は呪術の知識がなければ活用することはできない。

 このような封印系のものであっても、使用者が対象──すなわち霊的存在を認識できなければただのガラクタでしかない。


 呪術業界にすら滅多に出回らない紫門の呪具を手に入れ、さらに何かの拍子に偶然霊を対象として捉えない限り、ただの一般人に呪具の効能を引き出すことは不可能だ。


 確率で言えば、もはや宝くじに当たるよりも難しいレベルだ。


「んじゃ、そのウサギくんから出て来てくれる? これ以上罪のないウサギを傷つけたくはないからね」


《よかろう。小生もちと愛着が湧いておったところよ。壊すのは忍びない》



 短い付き合いながらも愛着を持ったらしいウサギの着ぐるみから、黒い霧のようなものが漏れ出てくる。


 ぞわりと背筋を撫でる悪寒。

 傀儡に収めていた悪霊の魂が外に出て来たことで、より一層禍々しさが増した気がする。


(これでやっとウサギくんとの対峙も終わりか……)


 シリアスな場面でも度々場の空気をぶち壊しにかかっていたショッキングピンクの着ぐるみともこれでおさらばだ。


 寂しさは微塵もない。

 やっとカオスな状況から抜け出せることに安堵さえ覚えた。



 辺りを漂っていた黒い霧は数瞬のうちにひとつに纏まる。

 なんとなく人型を模した個体が出来上がった。


 中身が抜けた着ぐるみはそのまま崩れ落ちるのかと思いきや、悪霊に操られていた時と同じように自立している。



《お主としてもこっちのほうが都合がよかろう。なに、小生の力をちと残すだけだ。有象無象共の相手はそれで十分よ》


「……ほんとすごいね、お前」


《フフフ、これを機にもっと小生を敬うことだな》



 一貫して尊大な態度は変わらない。

 だが、『偉そう』と『変なやつ』がせめぎあっていた第一印象に、今は『思慮深さ』もひっそり追加されている。


(あーあ、こういう奴って厄介なんだよなあ……)


 自分のこの判断が、いずれ本当に面倒なことに発展しそうな気がしてならない。

 そうなったらそうなったで全力で楽しめばいいだけのことだけれど。


 だから終始『馬鹿が』みたいな目で見てくる朱殷なんて知らない。

 なんだかんだ言いつつも結局は最後まで付き合ってくれるのだから、朱殷も楽しんでる説が濃厚だ。 



 蓋を開けた瓶の口を今度こそ黒霧に向ける。

 

「じゃあね。しばらくは瓶の中での生活を楽しんでよ」


《退屈すぎて小生自ら瓶を割る前に解くことだな。あまり気の長い方ではない。気をつけるがいい》


「あー…善処します……」


《フフ、よい。お主の判断ミスで世界が滅ばぬことを願っておるぞ──》


 

 最後に不気味な高笑いを残して、悪霊は瓶の中に吸い込まれていった。

 気が変わったとかで出てこられても嫌なのですぐさま栓をして、封印する。


「………なんか、最後に色々爆弾落としていった気がするんだけど。なんの置き土産ですかね……?」


 ちらりと仰ぎ見た七々扇はフッと微かに表情を緩めた。


 珍しい、と思う。

 けれどもそれは決して安心できるような笑みではなく。


「これで世界が被曝したらお前のせいだな」


「……はは、笑えねー」


 なぜか世界の命運まで握らされる羽目になった千景は、元凶である小瓶を一瞥し、そのままポケットに仕舞い込んだ。


 

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