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怨みつらみの愉快日録  作者: 夏風邪
第一章
46/103

46 . 厄介の上乗せ



 初めて聞いた悪霊の声。

 たった一言で、奴の傲然さが十分すぎるほど伝わってくる。


(なんだ、ちゃんと喋ってくれんじゃん)


 悪霊の態度は尊大ながらも、意思疎通に応じてくれた。


 話す余地ありだ。


「とりあえず、なんで私たちを追ってたのか教えてくれる? 結構怖かったんだけどなあ」


《ほお。そのわりには、お主も随分と楽しんでいたように見えたが?》


「お前みたいなヤバい奴に追いかけられて楽しいわけないだろ」


《フフ、小生よりよほど恐ろしいヤツを飼い慣らしておいてよく言うわ》



 今まで相対してきた霊の類とは随分と毛色が違う。

 最初こそ千景を呪う素振りを見せたものの、一戦交えようという意思は見られない。


 気配も存在も邪悪そのものであることに変わりはないのだが、憎悪に呑まれて現世に顕現している悪霊ともどこか一線を画している。


「で、なんか用?」


《なに、少々懐かしい気配を感じてな。追って来ただけのことよ》


「てっきり世界でも征服しようとしてんのかと思ってたけど。違うんだ」


《フフ、いつでも出来ることに興味はないぞ》


「そのわりには有象無象たちと派手に遊んでたみたいだけど?」


《小生も久方ぶりの解放で浮かれておったんでな。力試しに其処らの雑魚共と戯れておっただけよ》


「解放ねえ」


 なんとも絶妙に言葉の節々に気になるワードが織り込まれている。

 この二言三言の会話の中だけでもじっくり事情聴取してやりたい意味深ワードが満載だ。

 


 建物に背を預けて静観を貫いていた七々扇にちらりと視線を送る。


「ねえ、やっぱコイツってお前たちんとこで封印されてたわけ?」


「ああ。長年封じられていたSランクの霊物だ」


「術師会基準で言われたってわかんねえよ」


「最高ランク。それなりにやばい」


「お前も意外とアバウトだよね」


 やばいことなんて奴がこの地に舞い降りた時点でわかっていたことだ。

 本人曰く、世界などいつでも征服できるらしいし。

 


 とっとと園内を飛び出して派手に暴れない理由もあっさり判明した。


 力試しと言っていたが、要は長年封じられていたことで己の力に変化があったかどうかの確認ということだろう。

 ちょうどいい具合に周りに術師がいたから実験台にしたようだし。

 

 その結果が、術師会の思惑に沿うかたちで風情あふれる日本庭園に留まったというだけのこと。

 世の情勢よりも現在の自身に頓着したらしい。



 悪霊の口振りから察するに、奴がここに来た理由はどうやら千景にあるようだ。

 より正確には、千景あるいは朱殷か銀だけれど。


 『懐かしい気配』というのが果たして誰を指してのことかは知らないが、わざわざ千景のいた庭園まで飛んで来て、さらには園内でも散々追いかけられた始末。

 

 朱殷の同類かもしれない発言と合わせて考えるに、ある程度の話は見えた。


(もしそうなら、コイツも強い怨みを持っていそうなものだけど。今のところはその様子もなし……よくわかんないなあ)


 千景の推測と実際の悪霊の様子に少々違いがあるため、この仮説が確信に変わることはない。


 だが、事のあらましは大体掴めた。



 この一件に関しては、奴の封印を解いてその上みすみす取り逃がした術師会に大半の責任があるのは明白だ。

 けれども国の文化財などという、面倒事にしか発展しないような公共の場に呼び寄せてしまったのは、どうやらこちら側らしい。


 雀の涙ほども申し訳なさはないが、少し興味があるこの悪霊を術師会に渡してしまうのもなんだか癪だ。


 彼らがコレを捕らえられるとは思えないが、七々扇の話では厄介な術師も加担し始めているらしい。

 

 ここはさっさと封じて自分の手元に置いておくに限る。



 カラカラとポケットの中で小瓶を弄ぶ。

 やると決めたはいいがどうするか。


 この呪具を使った封印方法はいたって簡単だ。


 瓶のコルクを抜いて内底に刻まれた術式を向けるだけで対象は吸い込まれる。

 あとは再びコルクを締めれば封印完了だ。


 けれどここで問題がひとつ。


 悪霊本体がそのまま顕現してくれていたならば難なく術をかけられるのだが、現在千景が封じようとしている相手は着ぐるみウサギの中に入り込んでしまっている。


 どういうことかというと、悪霊は今、ショッキングピンクのおふざけ着ぐるみに魂を宿してしまっている。


 おそらくこの悪霊に本体はない。

 魂だけが現世を彷徨っている状態だ。


 以前、封印される際に、体と引き剥がされて魂だけを封印されたか。あるいはそもそも本体を持たぬ悪霊であり、体となる傀儡を取っ替え引っ替えして存在し続けていたか。


 どちらにしろ今は着ぐるみと魂が一体化している。

 小瓶に封じるためには、魂の器である着ぐるみから魂を引き離す必要がある。



 本来であればこういう場合、悪霊の調伏を試みながら弱らせ、魂と傀儡が乖離したところで呪具を使うのが手っ取り早い。


 けれども何度でも言うが、今の千景に呪力はない。

 調伏などできはしない。


 七々扇に頼むと言う選択肢もなくはないが、すでに結界のほうで手を貸してもらっている。

 何より、この封印に関しては、術師会の介在は避けておきたい。


 千景の呪力を混ぜることができない今、術師会の人間の呪力を加えることでいずれ遠隔で封印を操作される可能性がある。


 紫門が作った呪具なのだからそう簡単にどうこうできるものではないし、七々扇自身も、生粋の術師会の人間というわけでもなさそうだ。


 あくまでも杞憂に過ぎないとはわかっているが、小さな懸念であっても今は潰しておきたい。


(さて、どうしたものか……)


 悪霊にも七々扇にも熟考していることは悟らせない。

 ほんの僅かな時間の中に思考を詰め込み、考えを巡らす。


「もう一度訊くけど、お前が追ってたのは私? それともこっちの蛇のほう?」


 すでに銀は選択肢から外している。


 朱殷の言う”同類”というのが悪霊の意味であれ、あの家絡みであれ。

 その時点で自分か朱殷の二択に絞られる。



 訊いた答えがほいほい返ってくると思うほど都合の良い考えはしていないが、どうやらこの悪霊は、久方ぶりの人間との会話に興じてくれている様子。


 よほど癪に触る話題を振らない限り、何でも応えてくれるという確信があった。



《ふむ、その問いのまま返すのならばどちらもイエスだ。小生が追っておったのはお主ら両方だ。フフ、どちらも懐かしい匂いがするな。思わず血肉が沸き立ちそうで困っておったところよ》



 何とも物騒な気配を匂わす発言。

 どうやら戦闘狂ではないにしろ、戦闘部族ではあったらしい。


 そして、悪霊の返答内容に千景は天を仰ぎたい衝動に駆られた。


(……はいはいはい、予想通り。予想通りだよ。あの家関連の案件決定だわ)


 途端に厄介レベルが爆上げされた。

 同時に、何としてでも千景の手で封じるしかないと道も決まった。


 こいつに自分達の存在を認知されてしまった以上、術師会に渡すという選択肢は木っ端微塵に吹き飛んだ。


「じゃあ、目覚めてすぐのところ悪いんだけどさ。大人しく封じられてくれる?」


 千景の眼光はより一層鋭さを増し、より一層温度が消えていった。


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