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怨みつらみの愉快日録  作者: 夏風邪
第一章
43/103

43 . 協力者



 * * *



 勢い余って誰かにぶつかってしまった千景は数歩蹌踉めく。


 その拍子にほのかに漂ったお香の匂いで、すでに相手の正体はわかったが、念のためにとその姿を視界におさめる。


 かち合った青玉の双眸。

 闇夜に溶ける漆黒の髪と、情緒の欠片もない無機質な表情。


(……ほんと、惚れ惚れするほど綺麗なやつ…)


 つい一、二ヶ月前の記憶がものすごい勢いで脳裏に蘇ってくる。

 どうやら自分が想像していた以上に、目の前の容貌が印象的だったらしい。


「はは、デジャブすぎて笑えるんだけど」


「それはこっちの台詞だ」


 冷淡すぎる表情にすべての印象が引っ張られるが、案外口数があることは初対面時にすでに知っている。


 こちらがヒールを履いてなお、千景より数センチ高いところにある視線。

 和装が似合いすぎて現代人かと疑ってしまう真っ黒い着物。

 人外と言われても思わず納得する独特の空気感。


 密かに会いたいと思っていた人物との意外な場所での意外な再会に、千景はニコリと笑みを深めた。


「ふふ、久しぶりじゃん」



 ────七々扇の天才くん。





 近くに人の気配を感じ、ひとまず建物の陰に美丈夫を引っ張り込んで鬱陶しい感知網をやり過ごす。


 何度躱されてもめげない彼らの粘り強さには感服するが、それを向けられている千景としては、しつこすぎてうんざりする。

 もう少し引き際というものを弁えてほしいものだ。


「ずっと逃げてんのか」


「見つかったら面倒だからね」


「俺に見つかっただろ」


「あれ、報告でもする気?」


 根拠はない。

 けれどもなんとなく、この男は此処に千景がいることを誰にも教えない気がする。


 案の定、小さく息を吐いた七々扇(ななおうぎ)は、これ以上何もする気は無いとばかりに壁に背を預け、千景に倣って気配を絶った。


「ていうかなんで此処にいるわけ? わりと本気で隠れてたつもりだったんだけど」


「結界内に入った時点でなんとなく不気味な気配は感じていた」


「あれま。てか不気味って私のこと?」


「お前、というか、蛇。本当にいるとは思わなかったが」


「ああうん、納得。うまく封じ込めてるけど、この蛇くんってかなり不気味な感じだからねえ」


 客観的に見ても、本来の朱殷の気配や霊力、それらすべてが誰にも気づかれないレベルには内側に覆い隠せている。


 実際、術師招集の一件に行ったときも、叶堂の本宅を訪ねたときも。

 どちらも術師の巣窟だったにも関わらず、朱殷の内面は見抜かれてはいないという自信があった。


 紫門や怜のように初めから知っている人物は別として。



 けれどもこの男にとっては、そんなこと関係ないらしい。

 

 初対面時に朱殷と銀の正体をいとも容易く見抜いたこともそうだし。

 今回本気で隠れていた千景をあっさり探し当てたこともそう。


 この男、おそろしいほどに感覚が鋭い。


(……かくれんぼとか絶対無双じゃん…こわっ…)


 なんて言いつつ、そういえば自分も気配センサー二匹のおかげでムダに無双状態に近かったことを思い出す。



 現在、そのうちの一匹。

 真っ白いふわふわの体毛がなんとも愛らしい銀は、なぜか七々扇の天才にガン見されていた。


「その狐」


「かわいいでしょ」


「この前の男か?」


「おやま」


 そういえばこの前会ったとき、銀は人の姿だった。

 けれども姿は違えど元は同じ生き物であるため気配は同じ。


 前の段階ですでに人間ではないと見抜かれていた。


 あとは優れた感知力と、姿を変えられる生き物もいるという知識さえ持っていれば、真実にたどり着くのは意外と簡単だ。


 だから初対面時と合わせて、ごくわずかな時間でこちらのヒミツをいろいろ暴かれたとしても動揺はない。


「ふふ、本当ならご褒美に是非とももふもふさせてあげたいところだけど」


 代わりに千景が銀の顎下をするりとひと撫でする。


「どうやらおしゃべりタイムはここまでみたいだ」


「ああ」


 ずっと意識の端に置いていた奴の気配。


 逃げ回りながらも時間稼ぎ用にと千景、朱殷、銀それぞれの気配を纏わせたダミーをいくつか残してきた。

 奴が自分たちを追っているのは知っていたが、そのうちの誰を狙っているのか、それがわからなかった。だから一応三人分。


 術師会に千景の痕跡を渡してしまうことになるかもしれないが、人間よりも格段に感知に優れた対霊用のものなので、あまり心配はない。


 そんなびっくり代物アイテムはもちろん銀の力作だ。


 銀曰く、呪力を失った今の千景はもはや無力な小娘でしかないらしい。

 随分なことを言ってくれるが全くもってその通りなので反論はない。



 悪霊もしばらくはこちらが撒いたダミーに応じてくれていたようだが、気づけばそれらも潰されている。


 残るは本体のみといったところか。


「そろそろ逃げるのも限界っぽいけど、こんな場所じゃどうにもできないし………あ、ねえお前さ、なんかこう、カモフラージュ的な結界術とか得意?」


「そんな万能術師がホイホイいてたまるか」


「ですよねー」


「できないこともないがな」


「あ、ほんとに?」


 千景の無茶振りに七々扇は小さく頷いた。


 可能か不可能か、そこの分別はしっかりつけていそうなこの男が言うのだから、なんとかなるのだろう。


「隔離機能とかそういう空間設定の結界は銀が……あ、この狐くんのほうね。こいつが張るからさ。その上から、こっちの動きが外部に漏れないような結界を張って欲しいんだけど」


「結界内部の動きを誰にも悟らせず、尚且つ何も起こっていないよう擬態するもの、といったところか」


「そうそう。それ」


「注文が無茶苦茶すぎるだろ。俺をなんだと思ってる」


「天才くん」


 にっこりと即答した千景に、眉を顰めた男は深い溜め息を吐いた。



 呪術の一環である結界術には様々な種類がある。


 大きくは隔離タイプのものと感知タイプのものに分けられる。

 そして結界を実用化する際にそれらのタイプを大元として、気配の遮断、通信の妨害、不可侵領域の設定といった様々な機能を付随させて、細かく術を組み立てていくのだ。


 扱える機能やそれらの出来は術師の能力値によって大きく異なる。

 そもそも結界術自体を苦手としている術師も少なくない。


 簡単なものなら誰にでも張れるが、用途に合わせて機能をカスタマイズしていくとなるとかなりの難易度だ。



 今回千景が要求した結界も相当なものであることは重々承知している。

 けれどもこの男、七々扇の天才ならば出来るだろうという、根拠のない信頼があった。


「お前、ひとつ忘れてねえか」


「なに?」


「俺は術師会の人間だぞ。お前に協力するとでも?」


「うん。確かにそうだ」


 何を今更、とも思うが、この男の言うことはもっともだ。


 術師会から逃げている千景にとって七々扇は敵。

 逆に、七々扇にとっても千景は術師会に報告すべき対象。


 両者の間には利害の一致もなければ、協力する理由も義理もない。


 そんなことは普通に考えればわかることだ。


 けれどもやはり。

 千景には信頼にも似た確信めいたものがあった。


「でもさ、お前。術師会の人間だけど、術師会側の人間ではないよね」


 術師会に所属しているからといって、必ずしも彼らの味方であるとは限らない。


 そのいい例がこの男。


「ね、今回だけでいいから。手を貸してくれない?」

 

 人目さえ気にしなければ、朱殷と銀に任せればどうにでもなる。

 しかし術師会に見つかりたくない千景には、こんな場所で彼らを暴れさせるという選択肢は初めからない。

 

 誰でもいい。

 とにかく手を貸してくれる一時の協力者が欲しかった。


 つくづく利己的な考えだと思う。

 妥協すれば済む話だということもわかっている。


 だけど今は『術師会に見つかっても仕方ない』なんて妥協すべき場面では決してない。


 千景とて”面倒”以外にも譲れないものがあるから。


「お願い。手を貸して」


 故意か無意識か。

 ゆるりと眉が下がり、ほんの一瞬、千景の双眸が揺らいだ。


「……………」


 七々扇はたった二度の千景との会話の中で、千景に飄々とした人間という印象を抱いていた。

 にこりと緩く笑う顔が印象的だった。


 だからだろうか。

 心底困ったというその顔は、どこか物珍しく映った。



 ひとつ溜め息を吐いた七々扇は、やれやれと懐から数珠を取り出した。


「今回だけな」


「ふふ、やっぱかっこいいね。お前」


 笑みを浮かべたのはどちらであっただろう。


 あるいは両方か───。




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