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怨みつらみの愉快日録  作者: 夏風邪
第一章
42/103

42 . 上級術師

 


 今しがた現れた二人の人物。


 片や柔和な笑みを浮かべる着物の男と、片や不敵な笑みを浮かべるスーツの男。


 異様な存在感を放つ彼らに全力で頭をさげる部下たちを一瞥した佐伯は、改めて二人に軽くお辞儀した。


「わざわざご足労頂きありがとうございます。西園寺さん、篠北さん」


 確かに、術師会本部には『もっと役に立つ戦力を寄越してほしい』という旨の要請をやんわりと出しはした。


 けれども、まさか彼らほどの人物が来るとは思わなかったというのが本音だ。


「さすがに皆さんだけで対処にあたっていただくのは忍びありませんので。後は私たちにお任せください」


 そう言ってにこりと微笑むのは着物の男。


 本来であれば、こんな前線に出て来ることなどあり得ない人物であり。

 ある意味、この一件の当事者とも言える”術師会主幹九家”のひとつ───西園寺(さいおんじ)家当主その人だ。


「まあ気にすんなよ。軟弱なイイコチャンたちにはちと荷が重すぎるわ」


 ニヤリと口角だけを上げるのはスーツの男。

 言葉以上に嘲笑の意図を感じるのは、決して気のせいではないはずだ。


 こちらは家柄だけを見れば九家にこそ数えられないものの、いち術師としては恐ろしいほどの実力を持つ篠北(しのきた)家の当主。



 どちらも若くして家督を継いだ男たちであり、年齢で測ればもうすぐ五十路を迎える佐伯よりもずっと下だ。

 だが、決して敵に回してはいけないと、これまで培ってきた佐伯の経験が警告している。


(……ああ、本当に術師会は怖い…)


 ひっそりと震えが走った体を誰にも気づかれないよう、然りげ無くさすった佐伯であった。



 ひとまず佐伯はこれまでの状況を掻い摘んで説明する。


 立場上、この場で最も位が高いのは西園寺であるため、決定権を委ねているのだが、当の本人はただ微笑むばかり。


 篠北に至っては先ほどからずっと周囲を見回しているだけで、佐伯の話を聞く素振りすらない。


「なあ西園寺。なんかここ、アレ以外にも悪霊の気配がするような気がすんだけど。俺の気のせいか?」


「奇遇ですね。私も同じことを考えていましたよ。一体どなたでしょうね。こんな所に入り込んでいるのは」


「面白ェじゃねえか」


 人目を憚る気が一切ない密談まがいの二人の会話に、佐伯は首を傾げる。


「他にも、悪霊がいるということですか?」


「ええ、恐らくは。霊物の中身の気配が大きすぎてはっきりと感じ取れるわけではありませんが」


「全然気づかなかった……」


「とても微弱なものですから気づかなくて当然ですよ。佐伯さんが仰っていた例の人物のこともありますし、霊物の中身含め、どちらも早々に対処しておきたいところですね」


 ほお、と佐伯は思わず感心してしまう。


 ここに来てからまだ間もないというのに、ずっと長時間ここにいる自分たちよりも多くの情報を得ている。


 だったらもっと早い段階からこういう人たちを寄越して欲しかった。

 佐伯自身、こういう現場よりも裏方として動く方が性に合っているため、余計にそう思ってしまうのは仕方がない。


「ただ、私たちも今すぐ動けるという状態ではありませんので。そこのところはご了承ください」


「どうかされたんですか?」


「いえいえ。ただ、私は特別戦闘に特化したタイプの術師ではありませんし、和泉(いずみ)くんもSランク霊物を相手にするには少々呪力が足りないようなので」


「こちとら一仕事終えた直後なんだっつの。それなのに無理やり引っ張り出しやがってよォ。あのクソジジイども」


「そんなことを言っているとまた小言を頂く羽目になりますよ」


「知らねえな」


 こちらにもこちらの事情があるように、彼らにも彼らの事情があるらしい。


 どうやら問答無用でこの場に駆り出されたようだが、そもそも相当の実力者である篠北の呪力を削ることとなった”一仕事”のほうが気になる。

 おそらくこの一件に勝るとも劣らない厄介極まりない仕事だったのだろう。


「ということで、和泉くんの呪力がある程度戻るまでは現状維持の対策をお願いします」


「人任せかよ。仮にも九家の当主だろォが」


「私にこういうのは向いていないって、知ってますよね?」


「どうだかねえ」


 互いにニコニコと言葉を交わす様子からは、その真意がまるで読み取れない。


 ただひとつ言えることは、佐伯も他の術師も一様に、言い知れぬ寒気にぶるりと身を震わせた。


「あ、の……ところで今日はお二人ですか? 本部の方からは上級術師を三人遣わせたとのことでしたが」


 佐伯に現場の指揮を任せた老人からは、動ける上級術師は使っていいとの命を受けていた。

 けれども生憎あの時点で身動きの取れる上級はいなかった。


 だから泣く泣く中級術師で編成を組んだのだが、やはりというか案の定まったく歯が立たない。


 その旨の報告を戦力増強の要請と兼ねて本部にしたところ、「使えるのを三人やろう」との返答があった。



 今まさにその「使える三人」のうちの二人のビッグネーム具合に驚きを隠せていないわけだが。


 では、残るもう一人はどうしたのか。


 事情が変わり、来られなくなったということも十分に考えられるが、この話題を振った時の二人の表情からしてそういうわけではないらしい。


「ああ、そうですね。ちゃんともう一人いたのですが……さて、どこへ行ってしまったのでしょうか」


 珍しく苦笑いを浮かべる西園寺。

 反対に、篠北は楽しそうに口角を上げる。


「園内に入るとこまではいたけどな。ふと目を離したらいなくなってたぜ」


「仕事は真面目にこなすタイプだと思っていましたが」


「真面目、ね。アイツはなかなかに自由な野郎だと思うけどな」


 どうやらちゃんといたらしいもう一人。

 けれども気づいたらいなくなっていたというその人物。


 この非常事態に、いつもと変わらずのらりくらりとしたこの二人もなかなかのものだが、命令に背いてふらりとどこかへ消えたらしいその人物もなかなかだ。


 普通の術師であれば、術師会上層部の命令に背くなど、恐くてできはしない。

 

(……そんな奴、術師会にいたか……)


 そこでふと、考え直す。

 佐伯が知る上級術師の中に、誰一人として”普通”と呼べる人物がいないことを。


(考えるだけ無駄だな……)


 賢明で最も適切な判断を下した佐伯は、ひとまず頭をクリアにして部下に指示を出す。


 篠北の呪力が戻るまでの間、何としても悪霊をこの場に留めておかなければならない。

 あわよくば”得体の知れない第三者”の正体まで掴んでおきたいところ。


 山積みの問題をひとつずつ対処するために、佐伯はさらに考えを巡らすのだった。





 そんな頑張る中年の姿を傍目に捉えながら、西園寺は結界の張られた夜空を見上げる。


 広くも狭い箱庭と化したこの空間で、自らの感知に唯一引っかからない(・・・・・・・)二人の人間に想いを馳せながら。


 人知れずうっそりと弧を描く口元を隠した彼は、相も変わらずニコリと微笑んだ。


「隠せてねえよ。似非善人が」


「おやおや、ひどい言い草ですね」


 悪人面で冷やかしてくる男から視線を外した西園寺は、わざとらしくも憂いた溜め息を吐いた。


「さて、本当に彼はどこへ行ってしまったのでしょうかね」


 至極楽しそうな彼らの袖口から覗くのは、薄紫の数珠───。




 * * *



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