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怨みつらみの愉快日録  作者: 夏風邪
第一章
40/103

40 . 或いは





「おいおい、日が暮れちゃったよー」


 悲しくも日没の庭園をしかとこの目に収める羽目になった。


 西日が周囲を茜色に照らす光景はまさに絶景。

 だが欲を言うなればもっと違うシチュエーションで見たかった。


 そして、やはり月の浮かぶ庭園も美しかった。

 



 未だに事態は何も進展しない。


 術師の数はどんどん増えていくが、なんせ悪霊が野放し状態だ。


 ほとんどの術師が凡人程度のなか、数人質が伴う術師も参戦しはじめている。

 それでも悪霊には及ばない。


 最初は何の動きも見せなかった悪霊も、日が暮れるにつれ少しずつ活発化していき、今では術師と軽い鬼ごっこを繰り広げている。

 術師会の方は捕まえようと必死なのだが、そんな彼らを悪霊は完全に弄んでいる。暇つぶしにもなっていない感じだ。



 術師といえど所詮は人間。


 呪術を扱えることで自分は強者だと思い上がる平凡雑魚も多いが、それは人間やそこらの霊と比べた時の話だ。


 そもそも普通に考えて、格の違う異界の存在相手に、生身の人間がどうこうできるわけがないのだ。


 種族間の力の差はそう簡単には埋まらない。

 そのことを早めに理解しておいたほうが、もっと長生きできるだろうに。



 ということで、事態の進展はないとは言ったが、術師に被害が出ている分、むしろ後退していると言っていい。


 今はまだ数でカバーしているが、このまま悪霊と鬼ごっこを続けていれば、数の底が尽きるのも時間の問題だろう。


「悪霊の興が乗ってるうちに片付けちゃわないと全滅しちゃいますよー」


《いつ暴れ出すかわからしまへんしなぁ》


「むしろ、ここまで遊びに付き合ってくれてたほうが奇跡だよね。まあ、術師会連中が全滅しようが知ったこっちゃないけど」


《そないなったら早う此処から出られるもんなあ》


「代わりにこの世は破滅に近づきそうだけど」


 園内に満遍なく張られた術師会の警戒網を掻い潜りながら、千景は定期的に場所を移動する。

 

 動けば見つかるリスクも高まるが、一点に留まっていてもいずれは見回りに来た術師に見つかる。

 だったら風情ある夜の日本庭園を楽しみながら身を隠すほうが何十倍も得だ。



「んー、やっぱわかんないね」


《なにぃ?》


「なんであの悪霊、最初は大人しかったんだろうってさ? いやまあ今でも十分大人しい方ではあると思うけど」


《たしかになぁ》



 静かな景色に似合わず、園内には大きな音が飛び交う。


 ドォン、と何かがぶつかる音。

 バシャーン、と派手に水飛沫が上がる音。


 それらはこの数時間でよく耳に馴染んでいた。



 一見保たれている均衡。

 けれどもその実、片方が力量を合わせているだけに過ぎない攻防戦まがいのアソビ。


 現状を長引かせることしかできない術師会側の事情は察するが、悪霊に至っては、此処に長く留まっている理由がわからない。


 その気配や撒き散らされた瘴気からして、決して温厚な性格ではない。

 周りを慮る意思など持ち合わせていない。

 むしろ好戦的な災厄と捉えたほうが正しいだろう。


 それなのに、こうも人間側に合わせて時間を潰している理由はなんだ。


 まるで何かを探るような。

 何かを待っているような。


 不気味な思惑が見え隠れしているような気がしてならない。


「やっぱ悪霊の姿は見ておきたいね。なに考えてるか全然わかんないし」


《危険なんちゃいます? ただでさえ今はこないな状態やのに》


「大丈夫。術師会にも見つかりたくはないし、遠目から見るだけにするから」


 普段は嬉々として同意するくせに今日はやけに消極的だ。 

 呪術を使えない千景を危惧すればそれも当然の反応ではあるけれど。



 それよりも気になるのが、いつにもまして静かなもう一匹のほうだ。


 あれ以来、めっきり口を閉ざした朱殷。

 確実に何かを掴んでいる。


 それなのに千景に話さないということは、まだ確信が持てていないのか。

 それとも話す必要もないほど他愛もないことなのか。


 朱殷が口を開くまで黙して待つに徹していたが、それもそろそろやめにする。

 なんせずっと同じ状況下で代わり映えのない数時間を過ごしたのだ。


(……正直言って飽きたし疲れた)


 何か面白味のある追加情報が欲しい。


「ねえ、朱殷」


《…………………或いはの話ではあるが》


「いいよ憶測で」

 

《彼奴、もしかすると──……》

 


 しかし朱殷の話の核を聞く前に。

 千景はその場から全力で駆け出した。


 ひらけた場所を避けながら、とにかく早く距離を取る。

 ほんの十数秒では移動できる範囲も限られるが、遮蔽物や丘陵を利用すれば最低限の逃げにはなる。


 木々の茂みに隠れて今まで以上に気配を消す。

 人間のできる範囲などたかが知れている。それでもやらないよりはマシだ。


「…はあっ、はあ、ギリギリセーフ…かな…」


 どちらかといえば、一目散に逃げざるを得なくなった時点でアウトに近い。

 しかしなんとか鉢合わせすることは避けられたのでセーフとしよう。



 ほどなくして、千景が元いた場所には漆黒の災厄が姿を現した。



 ピリピリと肌を刺すような霊力が空気を震わせる。

 強大な瘴気は瞬く間に伝播し、張り詰めた緊張感は乱れた呼吸を整える隙すらくれない。


 柄にもなく焦りを覚える。


 ここで見つかるわけにはいかない。

 呪術が使えない今、正面からぶつかって勝機があると思い上がるほど自分の力を過信してはいない。


(落ち着け、落ち着け……)


 ドクドクドクドクッ、と脈打つ手首に親指を添える。

 早い血流を意識的に感じ取り、浅く短い呼吸を鎮めていく。



 一目散にあの場を離れたのは、ずっと意識の片隅に置いていた気配が急に近づいてきたからだ。


 奴の行動理由を推測する前に、反射的に体が動いた。


 今ここで”アレ”───悪霊に見つかるのは不利益すぎる。


 そう本能が判断した瞬間に走り出していた。



 茂みから身を乗り出せば相手の姿を視認できる。

 直線距離にして百メートルも離れていないこの距離ではそれも愚行だが。


 ただでさえ人間より格段に気配感知に優れた相手だ。

 こんな近距離で向こうに意識を飛ばせば、確実に気づかれる。


 いや、もしくはもうすでにこちらの気配を掴まれていると思った方がいいか。


(……てか、なんでここにいんだよ。術師会と遊んでろよ)


 奴がここに来たということはつまり、芋づる式に術師も集まってくる。


 避けなければならないのは悪霊と術師会ともに鉢合わせることだ。

 初顔合わせが三つ巴形式とか正直笑えない。


「さてと。どう逃げようか」


《わてが囮になりましょか?》


「思ってもないことを言うもんじゃありません。私が見つかってもお前が見つかっても面倒さは変わんないんですよー」


 悪ノリ100%の提案を即却下し、一難去るのをじっと待つ。


 今回ばかりは有能ペットでも囮の出番はない。

 大人しく感知センサーとしての役割を全うしてもらおう。


「……で、朱殷。続き」


《というと》


「とぼけんなっつの。さっきなんか言いかけてたでしょ」


 しかも結構大事そうなことを。


 あいにく現在進行形で邪魔が入っているが、変なところで区切られては続きが気になって仕方ない。


《……今そんなことを話している場合か》


「いいから。言えって」


 千景はやや声音を低めて、続きを促す。


 朱殷はなにも渋っているわけではない。

 ただ、この危険な現状を客観的に捉えているというだけだ。



 はぁ、と。

 聞こえもしない深い溜め息が朱殷から漏れ出たような気がした。



《大したことではないが》


「うん」


《彼奴───我と同類かもしれん》


「…………………なんですと?」


 

 まだまだ夜は長くなりそうだ。



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