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怨みつらみの愉快日録  作者: 夏風邪
第一章
28/103

28 . 不老不死の泉〈四〉



 ひとり状況が呑み込めていない志摩が首を傾げる。


「え、なに、どういう状況?」


 志摩は視えはするが感知は守備範囲外だ。

 突如前方から放たれた霊力にも気づいてはいないだろう。


 だから千景と銀の会話も、初めから意味が分からなかったはずだ。

 

「あー、前方から強い霊力発見。距離でいうとー……」


《2〜3kmほどやねぇ》


「だそうです。この広い山を思えばかなり近いね。霊力の雰囲気からして、けっこう強い悪霊系かな。だけど…」


「けど?」


「ふふ、もしかするとお探しのモノが見つかるかもしれないよ」


 志摩の手を引き、問答無用で霊力の元へと進んでいく。


「ちょっ、ちょっと待て。それってつまり高確率でヤベェ霊と遭遇するっつうことだよな!?」


「高確率っていうか十中八九そうなるね」


「まてまてまて。ちょっと待って。たとえもし例の泉が見つかる可能性が1あったとしても、残りの99は危険なんだろ。大丈夫なのかよ」


「山でいう”ヤバイ”はね。まじでヤベェよ」


「だったら、」


「ねえ志摩」


 ぽん、と両手で肩を叩き、千景は真顔で見つめ返した。


「チャレンジ精神って知ってる?」


「……あー……ハイハイ。諦めも肝心ってことだな」


 オモシロ半分好奇心半分といった様子の千景を見て、志摩はこれ以上何を言っても無駄なことを悟った。


 この時点で、志摩の身が危険に晒されることが確定した。

 それでも千景がいれば大事になる心配はないと分かっている。だからこそ志摩はこれ以上何も言わなかった。



 足を取られそうなほど深く生い茂る叢や岩場を避けつつ山道を進む。

 目的地に近づくにつれ、少しずつ霊力が明確に感じられるようになった。


「お、あそこだね」


 木々に上手く身を潜め、隙間から覗き見る。

 まだまだ距離は離れているためはっきりとは見えづらいが、遠くの方に、豆粒大の”何か”がいることは視認できた。


「残念ながら例の泉ではないみたいだけど。やっぱ何かいるなぁ……悪霊っぽいの」


「……この嫌な感じの正体ってアイツなのかよ」


「たぶんね。もうちょっと近づいてみるか」


 気づかれないよう慎重に距離を詰める。


 もしアレが結構なレベルの悪霊で、視覚や聴覚を持っていたのだとしたら、すでにこの距離でこちらに気づいているはずだ。

 その素振りが今のところ見られないということは、もう少し様子見で近づいても問題なさそうだ。




 千景の視界に映っているのは一体の霊。


 決して自分の五感を疑っているわけではない。

 疑っているわけではないけれど、拭いきれない違和感が、第六感という形で視覚情報に異を唱えている。


(さて、どうしたものか……。どうにも気配がひとつじゃないような気がすんだよなー…)


 その仮定を裏付けるかのように、今まで首飾り同然だった朱殷が小さく身動いだ。


 

 次第に周囲の状況が明確になっていく。

 悪霊が佇む付近の木のひとつに、人為的な工作が為されているのが見えた。


 一際太くて丈夫そうな枝に巻きつけられたロープ。

 意図して作られた先端の輪っかは風が吹くたび不気味に揺れる。


「……おいおい、あれって…」


「参ったね。どうやら首吊り自殺の現場だったみたいだ」


「うっわ……」


 ロープの輪には何も引っ掛かっていない。

 ただ単にイタズラで取り付けたのか。

 それとも誰かが自殺してからそれなりの月日が経っていて、白骨化した遺体が何らかの形で輪から抜け落ちたのか。


 この状況では考えるまでもなく後者だろう。

 そして、その自殺を図った張本人が、あそこにいる霊だと。



 人が自殺に至る理由としては、生きていくことが辛くなったとか、人生に絶望したとか。

 他にもその人にしか分からない悩みや葛藤がそれぞれあるんだろうけれど、その根底にあるのが負の感情であることは間違いない。


 そういった感情は、死後も怨念として現世に残る場合が多い。

 つまりは悪霊化しやすいのだ。


 負の感情はどうしても負の感情を引き寄せやすくなる。それが山ともなるとさらにタチが悪い。

 術師から見ても山は怪奇現象の宝庫なのだ。

 こういう場所では人の負の感情と山の怪異とが混ざり合い、自殺スポットと呼ばれるような場所を作り出す元凶となってしまうことも珍しいことではない。


「なあチカ。俺の見間違いじゃなかったら、他にもロープが吊り下がってるように見えんだけど……。これ見間違い? 見間違いだよな?」


「……あー………現実だね」


 たらりと、嫌な予感が確信に変わるように冷や汗が背中を伝う。

 

 志摩の言うように、確かに他にも自殺に用いたとみられるロープはいくつか確認できた。

 しかしそれに対して、その場にいる霊は一体だけ。


 ロープを木に引っ掛けたとして、本当に自殺に至ったかどうかは分からない。

 もしかしたらただ準備をしたというだけで、思いとどまった人だっているはずだ。

 ましてや必ずしも自殺者が悪霊になるとは限らないし、その霊がずっとこの場に留まっているとも限らない。


 だから、ここにいる霊が一体だけだったとしてもなんら不思議ではない。



(……おい、おいおいおい。甘ったれたこと考えてんじゃねえよアホか)



 平和ボケしたとしか思えない自分の思考に思わずハッとする。


 もしかしたら、なんて。

 自分に都合の良い方向に物事を考えるのはただの甘えに過ぎない。


 考え得る可能性を余すことなく枚挙して、どんな状況でも最悪の場合を仮定して最善の行動をする。

 それが本来あるべき術師というものだ。



 悪霊と一定の距離を保ちながら、その周囲をゆっくり回る。

 一度(ひとたび)も目を逸らすことなく、木々の間から悪霊の姿を捉える。志摩はその後を同じようについてくる。


 十数歩、もしかしたらもう少し歩数を重ねているかもしれない。

 いくつ目かの木々に差し掛かった時。


 ふと、目に映る光景が変わった。

 より正確に言えば、風景は全く同じなのだが、数が増えた(・・・・・)


「…っ、……!」


「見るな」


 驚きと恐怖が綯い交ぜになった声なき悲鳴をあげる志摩。

 その頭をグッと下げ、強制的に俯かせた。


(いち、に、さん………六体か。多いな)


 今見えているだけでも悪霊が六体。

 そしておそらく見る窓(・・・)を変えれば、その数も変わってくるはずだ。


「ごめん。私が軽率だった」


「えっ」


「走るよ」


 志摩の手を引き、来た道を引き返す。

 

 ザワ、ザワ、と背後からくる音と気配と悪寒は、この状況の危険度を如実に物語っていた。


「『三山神三魂を守り通して、山精参軍狗賓去る』。はい復唱」


「……三山神三魂を守り通して、山精参軍狗賓去る」


「これずっと唱えてて。走りながらでもあんたなら体力は持つでしょ?」


「……おう」


「それと、何があっても顔を上げるな。振り向くな。連れて行かれるから」


「……どこに?」


「本当に聞きたい?」


「結構デス……」


「賢明な判断だね」


 アイコンタクトひとつで志摩につくよう銀に指示を出す。

 万が一はぐれた場合、志摩ひとりではさすがに身の安全は保証できないから。



 俯かせたままの志摩を連れてとにかく走った。


 千景はともかく、志摩は足元しか見えないため一応道を選んで進んではいるが、この男ならば、多少道が悪くても持ち前の運動神経でなんとかしてくれるはずだ。


 背後の嫌な気配はまだ消えない。

 だが千景の代わりに注意を払ってくれている朱殷が何も言わないということは、とりあえずは差し迫るほどの悪状況ではないはずだ。

 

 泣きっ面に蜂の如く、さらに他の厄介な怪異に遭遇しないよう、周囲の警戒は決して怠らない。

 途中、どこかで来た道を外れてしまったらしく見覚えのない道に出てしまったが、先ほど微かに聞こえた水の音を頼りにそこを目指す。

 

 今はとにかく、水辺などの開けた場所に行きたかった。


「…はぁ、はぁ……やっと川に出た…」


「──守り通して、山精参軍狗賓去る。三山神三魂を守り通して………ってもう大丈夫なのかよ」


「追ってくる気配は…、ないし、…ふー……一応撒けたみたい」


 気づけば背後に迫っていた気配は消えていた。

 振り返ってみても長閑(のどか)な森林が広がるだけだ。

 

 逃げ場所として想定していた先ほどの河原とはまた違う水辺だが、だいたいの方角や位置関係から考えて、桃太郎を彷彿とさせるあの川とみて良さそうだ。

 走った距離もそこまで長くはなかったし、ここはあの河原のやや上流くらいか。


「……それにしても、何だったんだよあいつら。なんか急に増えなかったか?」


「増えたね。正確に言えば、そう見えただけだけど」


 そんなことよりも千景には気になることがひとつ。

 まるで化け物でも見るかのように遠慮なく志摩を一瞥した。

 


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