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怨みつらみの愉快日録  作者: 夏風邪
第一章
26/103

26 . 不老不死の泉〈二〉



 前日に急遽変更した予定通り、二日目は森林浴を楽しむこととなった。


 今日は気持ち良いくらいの晴天だ。

 徐々に日差しを強める太陽は木々に遮られ、程よく地上に光を落とす。


 こういう「晴れるといいな」となんとなく思っている日は、大抵晴れる。

 千景が無意識のうちに念を飛ばしているのか、それとも常に行動を共にしている二匹のどちらかが晴れ属性の霊力でも放っているのか。

 千景自身、晴れ派か雨派かと聞かれれば正直どちらでもいい。

 強いて言うなら、しっとり静かな雨の日の方が好きだ。


 だがこうして森林浴と決めた日に晴れてくれるのだから文句はなにもない。


「……森っていいよね。なんかこう、すべてにおいて落ち着く」


「急にどうしたよ」


「気候性地形療法だっけ? 森林浴で精神的安定を得ようとする気持ちがよくわかるよ。癒されるもんね」


「お前心身ともに超健康だから必要なくね」


「お前もな」


 たっぷりと自然の恩恵を浴びる千景は、爽快な山の空気をゆっくり吸い込む。

 吐く息とともに、身の内の毒素が一気に抜けていくような感覚がなんとも言えず気持ち良い。



 しばらくは整備された山道を道なりに進んだ。

 途中、純粋に森林浴を楽しむ老人の一団に遭遇したり、おそらく別の意図で入山したであろう観光客数組に出くわしたりもしたが、千景と志摩もそれなりに観光客として山を楽しんでいた。


 ちょうどいくつ目かの分かれ道に差し掛かったときだっただろうか。

 ただの森林浴客か、それとも(よこしま)な考えを持った人間かを試される時がきた。


「立て看板の案内は右、だけど……」


 明らかにもう一方向、道無き道を踏みならした跡がある。


 もともと人の侵入を阻むほど草木が生い茂っているわけではない。

 けれど枝葉を掻き分け、それなりの人数が通った痕跡は見られる。


 さて、どちらの道を進むべきか。


 そんな二択に悩まされる前にざっと周囲を見渡す。

 人目がないことを確かめ、さも当然とばかりに千景と志摩は道無き道を進んでいった。

 歩き心地が良いとはとても言えないが、決して山に特化しているわけではない靴でも十分に許容範囲内の道である。


「志摩」


「ん?」


「『三山神三魂を守り通して、山精参軍狗賓去る』。はい、復唱」


「三…え、なんて? これなんの呪文……?」


「山の祟りを受けた時に乗り切る呪文。多少は役立つだろうから何かあればこれ唱えといて」


「お、おう」


「それから、この山たぶん結構危ないね。私から離れた時点で引き寄せ体質のあんたは八割がたアウトだから。はは、迷子にならないよう気をつけな」


「笑えねえわっ!! さらっと怖ェこと言うなよな」

 

 自分の身に降りかかるかもしれない災厄がゴロゴロ転がっていることをさらりと告げられ、志摩の恐怖心と警戒心が煽られたようだ。心なしか千景の方へと一歩身を寄せた。


 この状況では人間相手に有効だった純粋な武力はなんの役にも立たず、人ではない外敵から己の身を守ってくれるのは千景しかいない。

 そのことをこれまでの数多の経験からすでに志摩の本能が認識しているのは当然のことだった。

 


 他愛もない会話をポンポン交わしながら適当に山を散策していれば、どこからともなく水の音が響く。

 もしかしたら……、なんて淡い期待を抱いてみたものの、やはり現実はそこまで甘くはなかった。


「おお、川だ」


 もとより実在するかも分からない泉がこんな簡単に見つかるとは微塵も期待していない。だから落胆する気持ちはどこにもない。


「それにしても、随分綺麗な川だよな。底まではっきり見えるしよ」


 志摩は軽やかに河原まで降りていき、穏やかに流れる水に右手を晒した。

 

 そこまでの深さはなさそうだ。

 これぞ山の川といったような青空を反射させた綺麗な川。森林の効果と相まってか、俗にいうマイナスイオンを多分に感じらる。


「天然水のCMとかに使われてそう」


「ふはっ、他に感想ねえのかよ」


「ここの水源押さえれば荒稼ぎできそうとか?」


「あー悪い。お前に訊いた俺が馬鹿だったわ」


 しばしの休憩がてら、ここの河原で一息つく。

 志摩はというと、先ほどから何やら石を漁っていたかと思えばいくつかの平たい石を見繕い、それを川に投げて水切りに興じていた。

 

 石は小気味よく水面を滑り、数回跳ねてちゃぷんと沈む。

 沈んでは投げ、沈んでは投げ、また沈んでは投げる。


 暇つぶし用のスマホゲーム然り。

 落ちそうで落ちないクレーンゲーム然り。

 もう少しで、と思わせる類の遊びは際限なく繰り返してしまうものだ。

 そういった反復を無心でやり続けるのが楽しいという気持ちは実によくわかる。


「そういやこの川、桃でも流れてきそうな感じじゃね」


「おいおいどうしたよ成人男子クン?」


 突拍子も無いことを言う志摩に、思わず乾いた笑いを零してしまった。

 一見不良に見えなくもない金髪男の発言だとは到底思えない。


「……別に深い意味はねえけどよ。桃に限らず、なんか御伽噺とかによく出てきそうな感じだと思ってさ」


「あんたにそんな可愛らしい思考があったなんてほんとびっくりだよ。けどまあ、言いたいことはわからなくもない。あの曲がり具合とか絶妙すぎる」


「だろ」


 上流から下流にかけて緩やに描くカーブ。

 確かに昔読んだ絵本の川の絵にそっくりだ。

 ここが山の中だということもあってか、志摩のようにファンシーな思考に至るのも百歩譲れば頷けた。


「それにしても桃から人が生まれるとか。昔の人はよく考えるよな」


「おま、桃太郎サン舐めてんの?」


「なんで物語の主人公をさん付けで呼んでんだよ」


「あの人は神とも霊的存在とも取れる強い霊力を持った人なんだよ。初めて読んだときから人間じゃないだろうなとは思ってたけど、桃を全力で押し出してくるあの英雄はそれはもう結構すごい人物なんだよ。知らない?」


「その知識を万人が知ってて当然みたいに言ってっけどな、そんな穿った見方で桃太郎を分析してるヤツなんてそうそういねえっつの。普通の読者はな、桃から生まれた人間がすくすく成長して家来をゲットして鬼退治に行くくらいの認識しか持ってねえんだよ」


「なんてもったいない…」


 嘆かわしいとでもいうように、千景はやれやれと首を振った。


「仕方ない。呪術的観点から見た桃太郎を少し解説してやろう」


「え、いや、別に…」


「まず第一に、桃太郎を見て誰もが一度は疑問に思ったことがあるはずなんだ。『あれ、こいつほんとに人間か?』ってさ。桃から生まれた時点でファンタジー要素盛り沢山だけど、あの成長スピードも異常すぎる。到底人とは思えないね」


「そういう設定だと思ってみんなその疑問を乗り越えていくんだよ」


「そうやって設定に落とし込んでも納得できなかった私はね、彼を人間じゃないと仮定すれば一応全てに納得できんだよ。山にはもともと霊が棲むとされているし、川はあの世とこの世を繋ぐ通路のようなもの。山奥から川を伝って流れてきた桃は、あの世、つまり異界から流れてきたものだ。ということは、その中に入っていた桃太郎も異界の存在だと言える。そもそも桃には強い霊力が宿るという考え方があるからね。あ、中国の方にね。だから、桃から生まれて桃を全力で押し出してくる桃太郎は、その霊力を身に纏っているということになる。つまり『桃太郎=人外』の等式が容易に成り立つわけだ」


「そう言われてみればそう思えなくもねえ……か?」


「でしょ」


「でも普通の子供にそんな自然界の役割とか霊力とかの知識はねえから。いや大人でもねえな。そんな考えに至る前に、無邪気で純粋な心が『わあ桃から人が生まれたすごーい』って納得すんだよ。つかお前はいつからそんな思考で生きてんだよ」


「術師舐めんなよ。そういう厨二チックな知識が豊富だからこそ、霊みたいな非科学的存在を相手にしながらも妙にリアリストじみた考えになんだよ」


 術師が非科学的とかそんなこと言うな、とかいうもっともすぎる声は一切受け付けない。



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