表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
怨みつらみの愉快日録  作者: 夏風邪
第一章
21/103

21 . 深夜二時の来訪者



「というわけで、今日ちゃっちゃと祓っちゃいましょう。久瀬さんだってそろそろゆっくり寝たいでしょ?」


「まあ、そうだね」


 久瀬はあまり顔に出してはいないが、おそらくここ連日の霊によるピンポン被害によって相当疲れているはずだ。

 とっとと不安要素を取り除いて平和な日常に戻りたいというのが心からの本音だろう。


「でもよーチカ。まだ夜の九時だぜ。その霊が来るっつうのは深夜なんだろ?」


「そうなんだよなあ。あと五時間……暇だね」


「とりあえずこの家は自由に寛いでくれて構わないよ。珈琲紅茶のお代わりはいるかな?」


「あ、お願いします」


「あ、俺も」


 再びキッチンに消えた久瀬の背中をぼーっと眺めながらソファの背もたれに深く体を預ける。


 睡眠でもとって待っていればあっという間に時間は過ぎるのだろうけれど、生憎今はそんな気分ではない。

 そもそも小学生が布団に入るような時間に眠気はやって来ない。


 こういう時ばかりはいつでも何時間でも寝られる猫が羨ましく感じる。

 その猫並みに丸くなって千景の膝に収まる銀は果たして寝ているのか起きているのか。


 何も考えずにただふわふわの毛並みを一心に撫でていれば、いつの間にか琥珀色の瞳はこちらを向いていて、撫でる手に頬を擦り寄せてきた。


「おまっ…かわいすぎかよ……」


 間違いなく確信犯の銀を、それでも衝動的に抱き上げて、ギュッと両手で抱き締める。

 霊体なのになぜか温もりを感じるという七不思議をとうの昔に捨ててきた千景は、真っ白い毛にスリスリと頬を寄せて何度も何度も毛並みを撫でる。


「ふふ、初めて君が普通の女の子に見えたよ」


 笑みを含んだ声に顔を上げれば、面白いものでも見たというように微笑を浮かべる久瀬と目があった。


 直前までの自分の奇行を思い返して何とも言えない気まずさを感じた千景は、心地よい毛玉は抱いたまま、そろりと目を逸らす。


「私、動物好きなんで…ハハ……」


「お前、たまにすっげえ一心不乱にそいつらのこと可愛がるよな」


「あんたもペットを飼えばわかるよ」


 彼らをペットと表現することが果たして正解かはわからないが、少なくとも動物姿でいる間はそう認識できなくはない。



 長いと思っていた時間も複数人で過ごせば案外早いもので。

 テレビを見たり、どうでもいい雑談に華を咲かせているうちに、気づけば日付が変わりあっという間に一時を回っていた。


 まだまだ活動時間内の三人に眠気が襲う様子もなく、それぞれ思い思いに暇を潰している。


 問題の二時まであと一時間を切ったあたりから久瀬に緊張が走るようになってきた。度々時刻を気にしては、数分しか進んでいないことを確かめていた。


 その様子を見兼ねた千景が気分転換も兼ねて身を清めることを勧め、現在久瀬は入浴中だ。



 部屋主のいないリビングにはテレビから流れる深夜番組の音声だけが流れている。


 志摩は携帯を弄り、千景はぼーっと天井を見上げているだけで誰もテレビには注目していない。完全に電気代の無駄だ。


「祓う前って風呂とか入ったほうがいいのか? 俺今までやったことねえけど」


「今回は特別。たぶんその女の霊って結構強いし、呪いを受けた本人の久瀬さんはしっかり身を清めといたほうが安全ってだけだよ」


「何で霊が強いってわかんだよ」


「さっき久瀬さん言ってたじゃん。きっかり10分で霊は立ち去るって。それって毎夜呪いの効果は10分しか保たないってこと。久瀬さんに呪いをかけた術師はそれなりに強いはずなんだけど、それでも短時間しか霊を縛れないってことは、その霊が結構強いってことじゃない」


「なるほどな。ところで引き寄せ体質の俺って二次被害受けたりしねえよな?」


「さあね。全身に塩水でもまいとけば大丈夫でしょ」


「適当かよ。つかそれって水に溶かなきゃダメ? 塩じゃダメ?」


「変なとこでツッコンでくんじゃないよ。まあ、そもそも私がいる時点で向こうに勝ち目なんてないしほんと御愁傷様って感じ」


「なんか霊に同情してくんぜ…」


 暇を持て余すようにお互い気ままに言葉を投げ合っていれば、いずれ久瀬がリビングに戻って来た。


 美男子の湯上がり姿に思わずクラッときそうになった千景であったが、今は鼻血なんぞ垂らしている場合ではないと表情筋に力を入れる。


 チラリと一度、インターホンのモニターに視線を移した。


 軽快なチャイム音が鳴ったのはそれから数分後のことだった。







 ───ピンポーン。



 午前二時。

 時計の長針が真上を指した瞬間に、静寂が宿る広いリビングに無機質な機械音が響いた。


 それがより大きな音に聞こえたのは誰もが寝静まる深夜だからか。

 それとも、誰も言葉を発さず息を飲んで玄関の方を見ているからか。


 限りなくゼロに近いがもしかしたらただの来客という可能性もある。

 一応モニターを確認してみたが、そこに人の姿はない。


 それでも確かに玄関先に”いる”気配。


「来たか」


 しばらくしてガタガタッ、と激しくドアハンドルを揺らして扉を開けようとする音が聞こえてくる。


 同じ霊同士、すでに色々なことを感じ取っているであろう二匹は千景にぴったりくっついて玄関先を窺っている様子。


 そこには警戒心も慌てた様子も見られないので、今回の霊が手に負えないような相手ではないことが分かる。

 この二匹が慌てたところをあまり見たことはないが。



 ひとまず今特筆すべき問題といえば、ただひとつ。


「……あの、服が皺になるんで一旦離してもらってもいっすかね」


 ポケットに手を突っ込んだ千景の両腕を片方ずつ掴む大きな手。

 ドアが揺れ始めたあたりからそれぞれギュッと強く握り締められ、皺が云々というよりはとりあえず痛いので離してほしい。切実に。


 しかし千景の不満にはどちらも反応を返さず、依然としてけたたましくドアが揺れる玄関の方を凝視して動かない。


 得体の知れない存在にじわじわ迫り上がる恐怖から、体に力が入るのはよく分かる。

 だが掴んでいるものが、二人よりも華奢な女の腕だということを忘れてもらっては困る。


「ねえ」


 千景は軽く腕を揺すって二人の意識をこちらに向けさせ、呆れたように溜息を吐く。


「痛いから離せっつってんだけど」


 普段より幾分か低くなり、敬語も取り払われた千景の声。

 今度は聞き逃さなかったらしい二人は、パッ、と緊張で硬直した手を離す。


「……悪ィ」


「……ごめんね」


 やっと解放された腕を摩りながら志摩と久瀬を横目に睨む。

 

「二人ともこういうのは初めてじゃないでしょ。とくに久瀬さん、あんたここ毎日同じ経験してますよね?」


「…いや、いつもはもう少し大人しいんだよ。それに、いざ正面から自分を襲いに来た霊と向き合おうとすると怖くて……」


 苦笑する久瀬が普段どのように霊と共存しているのかを千景は知らない。

 だからこの男の場合は「慣れていない」の一言で納得できる。


 だが、引き寄せ体質の志摩の場合はこういう霊的事象は日常茶飯事だろうに。


「確かに俺は慣れてっけどよ。こういうホラーは普通に怖えわ」


「あっそ」


 志摩は弁明とも取れる弱みの暴露でそう訴えてくる。

 つまり、慣れてはいるけど怖いものは怖い、だから仕方ない、とのことだ。



 霊的存在を相手取る場合、術師という特殊な立場である千景は、男に対して「体を張ってほしい」だとか「強くあってほしい」なんていうかっこよさはまったく期待していない。

 なんなら「お前らのことは私が守ってやるから大人しくしてな」くらいの気概でいつも霊と対峙している。


 だからというかなんというか、そもそも「女は守られる存在」という昔ながらのステレオタイプ的思考は一切持ち合わせていなかった。


 つまり、千景がこの場で、男二人に何を訴えたいかというと。


「どんだけ怖がってくれても構わないんで、とりあえず人の腕を全力で掴むのだけはやめてもらえますかね。普通に痛いし折れるんで」


「「すみませんでした」」


 声を揃えて謝罪する二人に一瞥くれた後、一度玄関先の様子を見に行こうかとリビングの扉に手をかける。


 しかしそれよりも先に、カチャリ、と不穏な音が玄関先から聞こえてきた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ