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#7 会話が成立する幻聴はもはや現実




 リーたちの潜んだ部屋は古い椅子やカーテンを一時的に保管する部屋のようだった。数が溜まったところで業者におろされ、中古品として市場に並ぶのだ。

 地下の兵士たちはまだ気を失っているのか、廊下が騒がしくなる気配はまだない。ゼノンたちもうまくやっているのだろう。もうしばらくはここでハーディを待つことができそうだとリーは考えた。欲を言うならゼノンが言った通り、警備のより手薄になる深夜までひそみ、闇に乗じて逃げたいところだが。

 思考するリーの後ろでアーシェがぼそりと言う。


「なんや、さっきから幻聴が聞こえるねん…」

「幻聴?」


 なにやら深刻そうな様子だ。思わずリーが聞き返すと、アーシェが深々とうなずく。

「実はな、幻聴だけやなくて幻影も見えるんや。褐色の肌したガラ悪いにーちゃんの幻影が…。きっとこのけったいなアザのせいに違いひん」

 リーは驚いた。街でもリーの家でも、どれだけいたずらをしたり言葉をかけても誰も見ることの出来なかったハーディが、彼には見えるという。念のためアーシェにくわしい特徴を聞きだしてみると、完全に一致していた。

 リーはハーディがランプの精霊であることを説明した。今度はアーシェが驚く。


「えっあれっておとぎ話やなかったん?」


 リーがうなずくと、アーシェが「そうかあ」とひとりごちた。じゃらり、と手首の分銅と鎖がこすれあう。

「ランプの精霊がおるんなら、オレもまんざらおかしくないかもしれへんなあ」

「…アザって、その奴隷紋じゃなくて?」

「服、着替えさせてくれたやん。そしたら見たんと違う? ガキの頃からや、熱が出るとアレが出るねん。オレがいたとこの主人はそれが気に入っててな」


 その節はおおきにな、とアーシェが笑顔を見せる。

「ずっと不思議やってんけど、ある日、花紋(コレ)の噂聞いたっちゅー連中が城からやってきてな、オレを主人の家から連れ出したんや。主人はオレのことをあちこちで自慢しとったからな。連中、『イムラーン』を探しとるみたいやったで」

「…その連れ出した人たちって、ゼノン教授の家にいた人たち?」

「ああ、なんでもオレはとある王族の隠し子で王位継承権がある。知らなかったこととはいえ、王家の尊い血に奴隷の紋を刻んだことは重大な罪であるとかなんとか…」


 アーシェが自嘲するように唇の片端を引き上げた。

「主人も人がええからな、めっちゃびびっとたわ。王家のナントカのわりに殴る蹴る好き勝手されるし、隙をついて逃げ出したっちゅーわけや」

 リーは考え込む。

「イムラーンを探してた…」


 ヴァスラの書に登場する花の精霊がイムラーンかもしれないという仮説はあったが、あくまでも仮説の範囲を出なかった。学者たちの考える彼らはあくまでもモンザ・ケビーラの住人であり、すでに滅びた、書物の中の登場人物だったからだ。リーだってアーシェに会うまでその血が現存しているなんて想像もしていなかった。

 だが、セドリックはアーシェにたどりついた。まるで初めから「いる」ことを知っていたかのように。

 いったい彼は何者なのだろう。ますます考え込んだリーの前、偵察にでていたハーディが戻ってくる。


「ヒエッ」


 ぬっと壁から透けて現れたハーディにアーシェが悲鳴をあげた。ハーディが気づき、たちまち悪い顔になる。

『なんだこいつ、俺が見えるのか?』

「そうみたい。…あの花の紋様と関係があるのかなって話してたんだけど。ほら、ハーディもざわざわするって言ってたから」

『かもな。つか、俺ずっとこいつと一緒にいただろうが。そういう新鮮な反応は最初のときにしろよ、わかってねえな』

「やかましいわ。ただでさえ花紋(コレ)のせいでロクな目に遭ってへんのやで、現実を受け入れたら二度と戻れへん気がするやんか!」

 アーシェがテーブルのかげに隠れながら言った。どうするよ、とハーディが話を戻す。


『ランプと荷物はおまえの言う通り、親父さんの執務室にあった。見張りは特にないようだったが、』

「わかった」

「ちょっと待ってや」


 腰を上げたリーを、アーシェがテーブルから出てきて止めた。暗い室内でアーシェの紫色のひとみが苦しげな色合いをつくる。

「もとはといえばこんなことになったんはオレのせいや。アルサラム大学やったか、寝とった様子やったけど、たぶんそこで通報されたんやろ。けど、先生にもう一度会って聞きたいことがあんのや。せやから、一緒には」

 行けないのだという彼の言葉とハーディの声が重なった。


『もしかしてセンセイの研究室で本荒らしたのおまえか?』

「聞きたいことって、イムラーンのこと?」


 遅れてリーが問う。困惑したようにぱちぱちとしばたたき、アーシェがうなずいた。先生には謝ったけど、と前置いて、消えそうな声で詫びる。

「オレは親の顔も名前も知らへん。父親がこの紋様を不気味がって、僧院に赤ん坊だったオレを預けたそうや。不吉や、悪魔つきやってな」

「……」

「べつにそれはええねん。オレらを育ててくれはった尼さんたちはみんな気のええ人らやったし、あそこがオレの家やと思っとる。せやけど気になるやん。オレがその『イムラーン』なら、そのせいで捨てられて、今こんな目に遭うとるんやろ」


 けどよ、とハーディが口をはさんだ。

『現実的に考えておまえが一人で逃げられるとは思うか、小僧。ただでさえ土地鑑もねーのに同じことの繰り返しだと思うぜ。だったらこの場はリーに協力して恩の一つも売っておくのがベストだと思うがな。リーの専攻はモンザ・ケビーラ、おまけにおまえの探してるゼノンはこいつのセンセイだ。悪くねーだろ?』

「……」

『ギブアンドテイクってやつだ。てか一応女に世話になったんだからつきあってやっても罰は当たらないんじゃねーの?』


 足手まといになるかもしれねーけど。

 くくっと人相悪く笑うハーディに、しかし、アーシェは思わぬことを聞いたかのようにぱちりとしばたたいている。

「…女?」

『やっぱ気づいてなかったな。そう、こんなナリだが、リーは女だぜ』

 ハーディがリーを指さして言った。




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