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#5 第一印象は大事です



 ゼノンの寮は大学からリーの足で15分ほど離れた場所にある。おいやめとけよ、と隣からハーディが言った。

『しっぽりやってたらどうすんだよ。野暮ってもんだぜ、リー』

「イオール・ビアーマ」

『は?』

「ヴァスラの書の項目にある、堕落しきった地上を焼き払った(てん)大火(たいか)。神に選ばれた一部の人間だけがモンザ・ケビーラにあがることを許された。その後、地上の人間が誤るたびに、天は地上を焼いた。人間は一度目のイオール・ビアーマをうけたとき、それまでの記憶と文明の一切をなくしたといわれている」


 寮に向けて走りながら、リーは続ける。

「地上が焼かれた証拠はまだ見つかってないけど、他国との戦争のことを言っているんじゃないかって解釈がある。他国の古い歴史書でも王朝の正当性やいかに王が偉大であるかを表現するために、誇大表現が使われることがあるから。ただ、その解釈をとった場合、『天の大火』と称されるほどの武器を、モンザ・ケビーラは持っていたことになる」

『……』

「ゼノン教授がはじめて論文を書いたとき、政府の人にイオール・ビアーマのことを聞かれてハッとしたんだって。国を挟んでる砂漠が天然の城壁になってるから、建国以来他国に攻め込まれたことはないけど、もしそんなことがあったらひとたまりもないことを、先代国王はわかってた。この国には鉄鋼資源と技術がない。軍隊で使ってる武器もほとんど輸入物」

『…車か』

「そう、これまでは砂漠を越えることができなくても、いつか砂漠の向こうから鉄の装甲をもった黒い津波がきてこの国を呑みこむかもしれないって、先代国王は死に際に言ったらしいよ。だから、いそがなければならないって」


 寮に到着した。寮と言っても過去には王族が使用していた建物なので外観も中身もとても立派だ。ゼノンはここにほか二名の男性教職員と一緒に共同生活をしている。三人でも少ないくらいだ、とゼノンが笑っていた。

 門を通り噴水のわきを抜けて玄関の前に立つ。ノックをしてみるが返事はない。

 ハーディが三枚目を演じる役者のようにかぶりを振った。


『つまり、資料室を荒らした奴がその足でおまえのセンセイとさっきのねーちゃんを襲ったって? 天の大火とかいうとんでもない武器の情報を求めて?』

「かもしれない」

『いくらなんでも考えすぎじゃねえの? 俺が国王サマならそんな重要人物こんな民家同然のとこに放っておかないで城で厳重に警備させるわ。てかセンセイ、過去に襲われるなりさらわれるなりしたことあんのか?』

「ない、…けど、…」


 むう、とリーは眉根を寄せる。ハーディの言うことはもっともだった。モンザ・ケビーラ研究の第一人者として社交界にも広く知られ、何度か王城への招喚はあれど、ゼノンは誘拐されたこともないし暴漢に襲われたこともない。

 ハーディが親身な、やさしい声で言った。

『おまえだって扉あけてセンセイとねーちゃんのそういう場面に遭遇するの嫌だろ? だったら帰ろうぜ、そのうち戻ってくるって』

 間違えるはずのない問題でなぜか不正解を受けたような気持ちで、リーは扉に背を向ける。そのときだった。

「失礼、どちらかな?」


 扉が開いて、中から長身の男が姿を現した。父フリーマンより幾分か年の若そうな、だが、壮年の男だ。白地に紫の刺繍がはいった隊服を着ている。紫のベレー帽をかぶっていないことにくわえて肩章が金ということは、王下騎士団の者なのだろう。

 ひきしまった痩身と後ろへ几帳面になでつけられた亜麻色の髪、それから神経質そうな面立ちがあいまって、冷たい印象を受ける。鉄をはめ込んだような灰色の瞳に見下ろされた瞬間、リーは天敵の気配を察知した野生動物のように身をすくませた。本能的な恐怖だ。それから遺跡で積んだ少なくない戦闘経験がこの男を危険だと直感したのだった。

 リーは心もち緊張しながら口を開いた。


「アルサラム大学の学生です。ゼノン教授に用事があって来ました。あの、教授に何か?」

「…奴隷が一匹こちらの住居へ侵入し、のみならず住人に暴行をはたらいたとの通報をうけ、捕獲にきたんです」

「奴隷?」

「そう、輸送中に隙をつかれてしまいましてね、港市場の人ごみの中に逃げられてしまったのです。子どもとあなどっていたんでしょう、情けない話ですが。そのため、大変貴重な機会を逃してしまった。あなたとお話するための大切な機会をね、リヴェリア嬢」


 うすい唇がそう言って思わせぶりに笑む。

『あ、こいつ!』

 首をかしげたリーの隣、ハーディが男を指さした。ほらあいつ、と両腕を忙しく上下させながら続ける。セドリック・クラーレン。

『あの抜け目ねー感じの手紙のやつだ、言っただろ、こういう輩はだいたい平気な顔で女を食って捨てる冷血漢だから気をつけろって』

 覚えている。王下騎士団の団長。父フリーマンの個人的な知り合いで、ゼノンの論文を読み、モンザ・ケビーラに興味があるという男だ。

 鉄色の眼がやさしげに笑む。


「まさかこのような形でお会いすることになるとは思っていませんでした。セドリック・クラーレンと申します」

「…あなたが、」


 部屋の奥から部下らしい声が手伝いを申し出た。不要であることを返し、再度男――セドリックが視線をリーに戻す。その際彼の目がちらりと、なにかを留めるように脇へそれたのを、リーは見た。ハーディのいる方へと。

 気のせいだろうか。リーは質問を続ける。


「女性が一人こちらに来たはずなんですが、彼女も怪我を?」

「さいわい、軽い怪我ですがね。心配なら話をしますか? ご安心を、奴隷は気を失っています」


 セドリックが案内するようにリーを屋内へ招いた。ひやりとした薄暗い廊下をセドリックについて進みながら、ずいぶん空気が緊張しているとリーは感じる。よほど荒れた捕物だったのだろうか、圧迫感で息が苦しくなるほどだ。

 争い合った痕跡の生々しく残るリビングに、はたして目的の人物たちはいた。ゼノンと、ゼノンの様子を見に出た女性研究員。それから手足をしばられ、警備兵に馬乗りで押さえつけられたアーシェ。

 いずれも髪を乱し、顔には殴られたような痛々しい怪我がある。リーはまず女性研究員に駆け寄った。怪我の具合をたしかめながら、なぜ彼女もゼノンもいまだに床に転がされたままなのかと思う。警備兵および王下騎士団は国民を守り、保護することが仕事だ。家宅侵入をされ暴行を受けたという彼らが、なぜ手当の一つもされず、あまつさえ口を布でふさがれているのか。


「……!」


 女性研究員がリーを拒むようにかぶりを振った。両目に涙を浮かべ、何かをうったえるようにしきりにうなる。続いてゼノンを見ると、ゼノンもまたリーに何ごとかをうったえようとしているようだった。

 リー、とハーディが鋭い声で呼ぶ。


(『逃げろ』?)


 がくんと頭蓋が大きく揺れたのは次の瞬間だった。後ろから殴られたのだという状況理解となぜ、という問いが意識と一緒に落ちていく。

「公に思わぬ手土産ができた。連れて行け」

 最後にリーが聞いたのはセドリックの冷たい声だった。




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