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#4 オタクは褒められることに慣れていない




 翌朝、リーはアルサラム大学へ向かった。アーシェも一緒に連れていくつもりだったのだが、リーが目を覚ますころには彼の姿は消えていた。気配には聡いつもりだったので、リーはちょっぴりショックを受ける。

 ハーディが降りてきて言った。


『月が沈む前だったぜ、出てったの。タフだな、あいつ』

「見てたの?」

『ああ、おまえが床で寝てるの見てびびってたぞ』

「…。精霊って寝ないの?」

『人間的な意味では“ない”な』


 会話の流れとリーの問いの意味を照合するような間をおいて、ハーディが答えた。ふと疑問が生じ、リーは口にする。

「わたしがランプをこするまでどのくらい間があったの?」

『わかんねえ。前のヤツは三つ目に行く前に死んじまったんだけどよ、そこからランプに戻ったと思ったらすぐおまえに呼ばれた感じかな、体感としては』

「そっか。よかったね」

『“よかった”?』


 ハーディが聞き返した。リーはうなずく。

「だって、一年や二年ならわたしも我慢できるけど、もし千年とか二千年とかだったらさびしいだろうなって思って」

『…ばかじゃねーの。精霊だぞ、俺は』


 ハイロッシュ邸から大学まではけして近いとは言えないが、歩き回る機会の多いリーにはまったく苦にならない。このあたりは先祖代々城でつとめる者が多いことから道脇には樹も植えられているし、城のある通りまで日よけの屋根も設置されている。ただし、徒歩で通う者はほとんどないし、ときどき落ちている動物の糞尿には気をつけなければならないが。

 少し黙って、リーは言葉を探した。


「わたしがハーディしか精霊を知らないからかな、精霊って思ったより人間っぽいんだ」

『それは遠回しに俺様に神々しさがないって言ってんのか?』

「ある意味そうかもしれないけど、ときどき、生きてる人間と話をしているみたいな感じがするから」


 リーはハーディの頭からつま先へと視線を往復させる。リーの知るそれらとハーディとの最も大きく異なる点は、キャラクター性のある服装を与えられていることだ。

 比較的人間のそばに存在し、術などを使って人間に扮することはあっても、物語において精霊と人間は服装や姿が明確に区別されている。あるいは読者や見る者が一見してそうとわかるよう記号的に描かれているだけなのかもしれないが、それ以上に、ハーディのリアクションや言葉の選び方には彼の人格形成の過程や背景のようなものが垣間見えるのだ。まるで実在人物のモデルでもいるかのように。

 リーは淡々と続ける。


「ヴァスラの書では、モンザ・ケビーラの精霊は花の姿で書かれてる。花弁が大きければ大きいほど強力な魔力をもっていて、彼らは王族に仕え、その身の回りの世話をしていた。たぶん、数が少なかったんだろうね」

『花?』

「たぶんデフォルメだと思う。そういう特徴のある人たちだったんじゃないかな」

『一応断っておくが、俺は違うからな』


 言いながら、ハーディがシャツの腹部をめくった。細身に見えて、意外にもしっかりとした体つきをしている。なめらかそうな肌にはリーの想像したような花の紋様はなかった。リーが納得したのを見、ハーディが裾を戻す。

『そういや昨日、寝る前にイムラーンがどうのって言ってたな。もしかして俺じゃなくてあの小僧の方か?』

 覚えていてくれたのか。うれしくなって、リーは笑顔になってしまう。

「イムラーンは、ヴァスラの書に登場する“(かぎ)()り人”のことだよ。曰く、モンザ・ケビーラの王家にとってとても重要なものを守る役割があって、彼らの肌には心臓に重なるようにしてとても美しい花の紋様があった。だからヴァスラの書の“(はな)精霊(せいれい)”はイムラーンのことなんじゃないかって説もある」


 まもなくアルサラム大学の建物と門の前にたつ守衛が見えてくる。アルサラム大学は王立なので、王城の敷地内にあるのだ。

『心臓に重なるように花の紋様、ねえ。あれはあれでまた特殊だと思うが、まあ、そうそうある話じゃねーわな』

 つまり? とハーディが心得たように問うた。リーはにこりと笑う。

「モンザ・ケビーラは実在するっていうことになるね!」

 門に向かってスタートを切った。




       *




 が、ゼノンの研究室に入ってみても、そこにゼノンはいなかった。ゼノンの助手もつとめている女性研究員によれば、今日はまだ見ていないということだ。

 研究員が首をかしげる。


「ほら、あなたが来るのわかってるし、講義がなくても研究室に通う方でしょう? 用事があれば事前に書き残していくか、誰かに行先を言っていくのにね」


 実はね、と研究員が声をひそめた。

「朝、資料室と教授の机がぐちゃぐちゃに荒らされてたのよ。まるで何かを探すみたいに」

 しかも、考古学部の研究室だけ。

 研究員が言う。


「アルサラム大学は知を求め、知を尊ぶ者たちの学びの場。学内にある文献がどれだけ貴重で、その一行、その一冊を記すのにどれほど先人たちが時間と歩数を費やしたのか、膨大な思考が重ねられてきたのか想い、敬意を示さない学生はいない。どんなにレポートの締め切りに追われていても、あんなふうに扱うはずがない」

 そう思って彼女は警備室に報告し、夜間に不審な人物がなかったかをたずねた。外部からの出入りは彼らが管理しているからだ。だが、返答は否だった。

 ハーディが腕を組む。


『宿直の連中寝てたんじゃねーのか?』

「そうね」


 彼女にハーディは見えないのでリーがハーディの指摘をつたえる。研究員がため息まじりに肩をすくめた。

「わざわざ国王のおひざ元で悪さを働く人はいないし、警備の必要があるのかって彼らが食堂でこぼしているのは聞くわね」

 ともかく、と研究員がきりかえるように手を軽く打った。

「心配なのは教授ね。またこの前みたいに家の中で倒れてないといいけど。ほら、Y地区〇八遺跡にいったときの、」


 ああ、とリーは相槌をうつ。学生の授業用の、すでに調査しつくされた遺跡だったのだが、未発見の罠があり、ゼノンがひっかかってしまったのだ。針が飛びだしてくるタイプのもので、そのときは何もなかったのだが、翌日になってゼノンが高熱を出した。ゼノンの出勤がないことをおかしく思った研究員が彼の家をたずね、発見とあいなったのだった。ゼノンは一週間ほど病院に入院した。


 話しながら不安になったらしい。研究員が手荷物をとった。

「私、ちょっと教授の様子見てくる。リー、悪いけど資料室を直しておいてくれないかしら。あとでやろうと思って、落ちてたものを空いてるところにつっこんだだけなの。机はたぶん教授が自分でやるからいいわよ」

「はい」

『なんだァ? 彼女、センセイに惚れてんのか?』


 あわただしく出ていった研究員の背中を見送って、ハーディがにやにやと笑った。それについての答えを持っていなかったので、リーは彼女に言いつけられた仕事にとりかかる。

 資料室に入っている書籍やファイルは学生が閲覧しやすいように内容に応じてタグで部類されているのだが、“空いてるところにつっこんだ”との言葉通りだった。犯人は手あたり次第文献を広げては床に落としていったのだろう。


 知りたいことがあるなら堂々と昼間に来ればいいのに、とリーは思う。研究室にある文献が図書館に収蔵されているそれらよりも専門性が高く貴重である等の理由から出入りが管理されているだけで、独占しているわけではない。ただでさえ考古学を志す者は少ないのだ、ゼノンは喜んで案内しただろう。


(何を知りたかったんだろう)


 作業的に動かしていた手を一度止め、リーはこれまで直してきた文献の内容を記憶から拾い集める。ふと、ハーディが退屈そうにあくびをくりかえしているのに気づいた。

「そういえばハーディ、ずっとランプから出てるけど平気?」

『平気って何が』

「えっと、苦しくなったり疲れたりしない?」

『しないな。たしかにランプから一定距離以上離れることはできねーが、あくまでランプは入れ物って位置づけらしい。現に崖から落とされようがハンマーで叩かれようが俺自身は何も感じねーからな』

「そっか」


 こまったな、とリーは思う。会話が終わってしまった。

 こういうときはどんな話を振ったら相手を退屈させず、会話に参加させることができるのだろう。リーは自分にできそうな話題を頭の中にピックアップしていくが、どうあがいても考古学関連しか出てこない。


「あの、」


 いつもなら面倒になって考えることもやめてしまうか相手に任せてしまうのだが、ハーディはリーの、それも寝ぼけながらこぼしたイムラーンの話を覚えていてくれた。だからもう少し頑張ってみようと思ったのだ。問う。

「ハーディって今までどんな願いを叶えてきたの?」

『ん?』


 ハーディが窓際から振り返った。突然どうした、と真顔で問われ、リーは困ってしまう。だってまさか「ハーディを退屈させないための話題がほかに浮かばなかったから」なんて言えない。

 まあいいか、とハーディが宙に座り直した。


『つっても、実際こうやってランプから出たのはまだ二度目でよ。あんまり参考にならないかもしれねーぞ』

「二度目」

『そうなんだよ。おまえも最初に言ってたが、なんかしらの制限があるんだろうな。一人目もやっぱり欲のねーやつでよ、ああ、でも一つ目のときに古代ナントカ王朝のナントカって美姫と結婚したいとか言ったかな。即却下したけど』

「死んじゃうとだめなの?」

『だめっつーか、そもそも魔法を使う対象が”無い”んだからどうしようもねえだろ。しょうがねーから夢で妥協してもらった。そしたら“どうせならハーレムがいい”ってリストに起こしてきやがってよ、…』

「おもしろい人だね」

『ああ、ラザラスっつーんだけどな。なかなかおもしろいやつだったぜ』

 笑って、ハーディがリーに近づいた。指を伸ばし、気安いしぐさでリーの額をつつくようにする。


『ばかだな、おまえ』

「え?」

『気遣ったんだろ、俺に』


 手が止まってる。指摘されて、リーは「あっ」と声をあげた。会話することで頭がいっぱいになって、すっかり忘れていた。

『なんだよ、おまえ。かわいいとこあるじゃん』

 子どもの善行を褒めるような調子で笑顔を見せられ、リーは用もないのにブーツのつま先でふくらはぎを掻いてしまう。居心地が悪い? くすぐったい? よくわからない気持ちがじわじわとリーの胸の内をあたたかくしていく。

 リーは手に持っていたファイルを意味もなく開いたり閉じたりしてしまった。なんだろうこれ、落ち着かない。


「ラ、“ランプもの”に関する考察で興味深いのがあって!」


 ファイルで顔を隠すようにして、リーは続ける。

「もともと人類はランプの精霊を使役していたという説があって! 彼が着目したのは“ランプもの”に共通している“三”という数字で!」

 なんかはじまったぞ、という顔でハーディがリーを見た。何かを言いかけるが、リーはこれ以上処理に困ることを言われてはたまらないと、ますます顔を隠す。


「先人たちがさまざまな物語で表し戒めてきたように、人間は欲が深い生き物なのに、なぜ“三”なのか。せっかくなんでも願いを叶えてくれるなら五つでも六つでも、あるいは無制限だっていいのに、わざわざ“三”にこだわる理由は何かって考えてて、」


 彼は、自分たちは何らかの理由で一度記憶を失っていると考える学者だった。曰く、「ランプから精霊が出てくる」ことが当たり前の現象だったので、記憶を初期化されてなお魂の記憶にこびりついていた。ゆえに、「ランプから精霊が発生し魔法を使う」という発想じたいは失わなかった、というわけである。

 彼の主張はこうだ。モンザ・ケビーラで使役されていたランプの精霊は、三つしか魔法を使うことができなかった。だから“ランプもの”の精霊が魔法を使う回数も“三”なのだ、と。


『ほう、』

 ハーディが感心したようにあごをなでる。リーは少しだけ気持ちが落ち着くのを感じた。

 作業を再開する。

「だから“魔法のランプ”はモンザ・ケビーラの財産だって言われてて、同じように考えられているのがビガンの大灯台。最初にハーディと会った場所だけど」


 マハラ・ヴィーラ建国以前から存在しており、少なくとも三千年以上は経過していると考えられながら、いっさい経年劣化や傷みをもたず、国内に現存する遺跡のどの建築様式および技術とも異なっていることがひとつ。使用されている石材さえ特定できておらず、少なくとも現代の技術では再現不可能といわれている。

 考古建築学という学問なのだが、そこからモンザ・ケビーラが実在する、あるいはしていたと主張したのがトリアス・ゼノンだった。当時十六歳。その論文で彼は一躍脚光を浴び、現在に至る。


「あ、」


 別の段につっこまれていたファイルをタグの場所にさしたときだった。突然リーの頭の中で何かがカチッとはまった。

『どうした』

 水に浮くようにぷかぷかと宙にただよっていたハーディがリーの声に反応するようにこちらを見る。さしかけのファイルを手に持ったまま、うん、とリーはうなずいた。


「モンザ・ケビーラ」

『あん?』

「全然違うのもあるけど…“この人”、ゼノン教授のモンザ・ケビーラの記事を探してる」

『なんだって?』


 ハーディの目がリーの手の中にあるファイルを見た。




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