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#3  ランプの精は意外と人間くさい




「あきれた。どうしてあたしが先に戻っているはずのあなたを迎えているのかしらね」

 表玄関はすでに着飾った客人たちでごったがえしていたので裏口を使ったのだが、腰に両手をあてたタトラが待ち構えていた。で、とリーの後ろにいる人物についてたずねる。


「そちらは?」

「友達。…“アナ”だよ。うちの近くで具合を悪くしているのを見つけたから、休む? ってわたしが誘った」


 言いながら、リーはアーシェを自分に寄せた。とっさに偽名を使ったのは、彼が警備兵に追われていたことを思い出したからだ。こちらまで聞きこみにくることはないかもしれないが、今夜の招待客のなかには警備兵を統べる騎士団長セドリックの名がある。何かの拍子に姉からセドリックへ情報が漏れるのはふせいでおきたい。


「アナ」


 タトラがため息をついた。

「信じられないかもしれないけど、この子がこの家に“友人”を連れてくるのは初めてのことなの。この子ったら昔からずっとこの調子だから、なかなかお友達ができなくて…。お母様もお姉さまも心を痛めていたのよ」

 ちらりとリーを見、タトラが口早に続ける。

「もちろん歓迎するわ、うちでよければゆっくり休んでいってちょうだい。ただ、今夜は大事なお客様がたくさん見えているの。失礼だけど、お顔を拝見しても?」


 タトラが“アナ”に近づくようにかがんだ。

 姉の要求はゲストを招く側のホストとして当然のことだ。予定外の人物を入れたことでトラブルにつながるようなことがあれば家の名に傷がつく。

 打ち合わせ通り、リーはアーシェに合図をした。アーシェが具合が悪くしているのは本当のことなので、アーシェが動きやすいように手伝ってやる。曰く、彼は王都まで半日近く歩きづめで、その間ずっと飲まず食わずだったというのだ。

 リーは補足をした。


「その、…“アナ”は子どもの頃に火事で顔にやけどをしていて、それを隠すためにこうしてるんだよ」

「…そう。無理を言ってごめんなさいね」

 アーシェがストールを戻し終えるのを待って、タトラが顔をあげる。アーシェの両手を包むように握り、離した。使用人を呼び、食事の用意とリーを手伝うよう言う。


『いい女だな、おまえのねーちゃん』


 ハーディが口笛を吹いた。

『なるほど、このための細工か。てっきり仮装パーティにでも参加するのかと思ったぜ』

 途中寄った店のことだ。化粧全般を扱う店で、リーの注文にずいぶん驚いたようすだった。「こんなにキレイな顔なのにいいのぉ?」と戸惑っていたが、その腕については現在の通りだ。


「あの、お嬢様、まもなくセドリック様がお見えになるかと」


 アーシェを部屋に案内し終えた使用人の一人がリーに耳打ちをする。別の使用人が清潔な布とぬるま湯のはいった桶を運び入れ、それからアーシェのための粥を持ってきてくれた。礼を言い、リーは着替えを理由に彼らを追いだす。

「ここはわたしの部屋だから、誰も勝手に入ってこないよ」


 食事はできそうかとたずねると、アーシェがうなずいた。ゆっくり食べ始めるのを待って、リーは彼の背中を濡らした布でふいていく。奴隷紋を隠すために購入した服はうっすらと血がにじんでいた。体が熱い。アーシェに断り、リーはシャツを脱がす。

 傷の手当てを終えるころ、アーシェの食事が終わった。彼をベッドに寝かせ、リーも自身の準備を開始する。使用人たちは手伝いたがるのだが、打ち身や擦り傷のひとつひとつにため息をつくので、うんざりしてしまうのだ。肌を露出する服を着ないで済むのはありがたいけれど、これもリーがこういった場を嫌う理由のひとつだった。


 ごめんな、とアーシェがうわごとのようにつぶやいた。

「ねえちゃんに嘘までつかせて、…ごめんな」

「気にしないでいい。バレたとしても、ちゃんと話せばわかってくれるよ」

『おい、』

 ハーディがリーを呼んだ。こいこいとジェスチャーしてリーを近くに招くと、アーシェの裸の胸を指さす。アーシェのちょうど心臓のあたり、真珠色の花が咲いていた。赤い奴隷紋と調和するような画に、リーはふむ、とうなずく。


「気づいた刺青師が合わせて彫ったんだね」


 衣装棚からサイズの大きな上着を探し出し、リーはアーシェの胸にかけた。よく眠っている。自分がいない間誰が入ってくるともわからないので、顔の化粧はそのままにしておくことにした。

「リー、お客様が見えたわよ」

 扉の外から母の声に呼ばれ、リーは返事をする。ハーディのランプをアーシェの枕もとにおき、リーは部屋を出た。



        *



 結果としてセドリックは晩餐会に現れなかった。使いの者によれば急な仕事が入ったためだという。セドリックからあずかってきたという手紙を使いの者からうけとると、リーはその場でひらいた。

 まず私用のために予定を変更せざるを得なかったことへの丁寧な謝罪。ゼノン経由でリーの論文に目を通したこと、それからぜひモンザ・ケビーラについて話をしてみたいという旨が書かれていた。

 うわ、ピンポイントかよとリーの横から手紙をのぞきこんだハーディが言う。


『同じ男として忠告しておくけどな、』


 などとにわかに語りだした。要約するとセドリックのような男は女のこまし方を知っているからやめておけという内容だった。精霊のくせにまるで人間の青年のようなことを言うとリーは思う。

 タトラや母と一緒にひととおり客人たちと会話をし、こっそり中庭へ逃げた。一度にたくさんの人間と話をしたのでどっと疲れてしまったのだ。案の定リーでもわかるようなおべっかや中身のない話ばかりだったし。


 だからこういう場に出るのは嫌いなのだとリーは内心ふてくされる。夜会や講演会で埋まっていたゼノンのスケジュール帳を思いだして憂鬱になった。いつか自分が大学を卒業して、たとえば考古学部の教授になったら、やっぱりゼノンのようなスケジュールになるのだろうか。


(セドリック・クラーレン氏。どんな人だったんだろう)


 話をしてみたかったなと思う。あれだけ大人数で追っていたのだ、使いの者が言っていた「急な仕事」とはアーシェのことに違いない。だが、少年奴隷一人が、それほど大きな捕物になりえるのだろうか。

(たしかに奴隷の「逃亡」は重罪とされていて、彼の主人は「彼をかわいがっていた」そうだから、その執着ゆえと考えれば多少大がかりでも説明がつくといえばつく)


 よごれてわかりづらかったが、彼の月の光で編んだような髪にはリーも目を奪われた。生気と意思にきらきらしていた紫色のひとみは宝石を思わせたし、くわえてあの端整な顔だちだ。貴族に限らず人間は美しいものをこのむから、「かわいがられていた」というのは本当だったのかもしれない。

 特にリーが気になっているのは彼の胸にあった“熱で浮かぶ紋様”だ。調べてみなければわからないが、もしも実際にそういう刺青技術があるとすれば、彼は二重に所有紋を受けていることになる。


 タトラに断って部屋にもどると、先に戻っていたハーディがアーシェのかたわらにすわって、じっと彼を見つめているようだった。アーシェの化粧を落とすため、リーは新しいぬるま湯に布をひたす。熱が下がったからなのか、光る紋様は消えていた。

 リーの作業を眺めながら、ハーディが自身の額をこぶしでこづく。


『なんか…こいつを見てると、頭の中がざわざわするっつーか……』

「ざわざわ?」

『さっきの光ったやつあっただろ、俺はあれを知ってるような気がするんだよな…』


 コツコツと、ハーディがもどかしそうに二度三度とさらにこめかみを押した。自身の顔もすっきりさせ、リーはさっさとドレスを脱ぐ。おまえさあ、とハーディがうなるように言った。

『さっきも思ったけど、かりにも男の前だぞ。ちったぁ考えろよ』

「考える?」

 部屋着に腕を通しながら、リーは首をかしげる。


『おまえ、年頃の女だろ。棒っきれみたいなガキ体型だったとしても、貴族のお嬢様なんだろ。百歩譲って俺は精霊だからカウント外としても、ねーよ!』

「だってアーシェは寝てるし、」


 そんなことでいちいち恥じらっていたら考古学部なんかにいられない。住居部分が残っている遺跡ならともかく、基本的には前か後ろがオープンになっているのがデフォルトだ。

 そういえば同じことを家族に注意されたと言っていた人がいたなとリーは思いだす。『考古学部の女子あるある』として笑い話にしていたが、その場にいた他学部の学生は「ない」と声をそろえていた。

 ベッドは彼に貸しているので、リーはフィールドワークで使うシュラフを床に敷く。むしろこちらの方が慣れているくらいだ。

 ハーディが身もだえるように頭を抱えた。


『あー、わかりたくもねーのにおまえのねーちゃんの気持ちがすげーわかる……! わかりたくもねーのに!』

「明日、大学へ行ってみよう。ゼノン教授なら何か知ってるかもしれない」

『マイペースかよ。…ハア、もういいわ』


 さっさと寝ちまえ。

 添い寝をするように宙に寝転がりながら、ハーディがひらひらとリーに手を振って見せる。おだやかな眠気に手を引かれながら、リーはつぶやいた。

「ヴァスラの書に“イムラーン”っていう項目があって――」





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