出会いと別れ
夜が明けて、僕は始めて居間へと向かった。
今まで、ご飯を部屋に持ってきてもらってばかりいたので、居間に訪れるのはこれが始めてである。障子越しに隊員の話し声が聞こえてきて、思わず二の足を踏んでしまう。
だが、中から春之助の声が聞こえたことで、決心がつき、障子を開けることができた。
おそるおそる部屋に入ると隊員が5~6名ほど座っており、そこには隊長や春之助の姿もあった。
「おっ、君、春之助と一緒に守護隊に入隊した子だよね?遂にお出ましか~~」
なれなれしく話しかけてくる女性に目をやると、それはあの日、大鎌を持って、燈を殺した赤い髪をした人物であった。思いがけない再会に心臓がバクバクとなる。
「えっ、あの、、、その、、、」
何とか返答しようと試みるも、どうしてもあの時の映像がフラッシュバックしてしまって、うまく話せない。
そうすると、大人しめの青髪の女の子が口を開く。
「あの、愛李さんと顔を合わすのはまだ止した方がよかったんじゃ、、、」
「あっ、そっか、そうだよね。いきなり強く接しちゃってごめんね」
愛李と呼ばれた赤髪の女性は先ほどとは一変、神妙な面持ちでそう謝る。
僕は直立したまま何も反応できないでいた。
「斑、とりあえず今は何も考えなくていいから、とりあえずここに座れ」
九十九隊長はそんな僕を見かねて、自分の隣に座るように指示してくれた。
「それと、愛李。あれだけ対面するときは気をつけろって言ったろうが」
「ごめんなさい、、、」
隊長は静かに怒り、愛李さんは小声で謝りながら、頭を少し下げる。
「じゃあ、改めて挨拶といこうか。斑はちょっと今、気持ちの整理がつかないかもしれないから、俺から説明するぞ?」
そう言って隊長は僕を気遣ってくれたが、ここでまた逃げるような事をしては、いつまでも前に進めないと悟り、脳を駆け回る情報を一旦ストップさせて、口を開いた。
「いえ、大丈夫です。ここは、あの、自分で説明させてください」
皆の視線が僕に集まる。春之助は何も言わないが、きっと応援してくれている。
「はじめまして、白糸斑と言います。数日前に隊長を始めとした五番隊の皆さんに命を救っていただき、こうして自分もこの隊に所属することになりました。今まで、部屋にこもりきりでしたが、ようやく気持ちに線を引くことができました。これからよろしくお願いします」
声は少し震えていたかもしれない。
ただ、皆が真剣な顔をして聞いてくれたから、なんとかその思いに応えたかった。
話し終わると、左の方から手が伸びてきて、頭にポンっと載せられる。
「頑張ったな」
隊長は僕の頭に手を載せたまま、そう囁いた。
「じゃあ、ここからは五番隊の紹介といこうか。まずは、そこの赤い髪したうるさそうな女が宿屋愛李。その横の青い髪のおとなしそうな女が鈴村エリカ。あとはお前もよく知っている凪と、空と海。あのちびっこ二人はまだ寝てるから、今凪が起こしに行っている。あと、遠征中の真田カナタってやつもいる」
はい、説明終了、といった感じでふぅと息を吐く。
紹介された愛李さん、エリカさんはそれぞれよろしくとの旨を伝えてくれた。
「隊長、なんで俺を紹介してくれないんすか??」
「お前は、斑と古くからの付き合いなんだから、紹介するまでもねーだろうが。それに今日からうちの五番隊ですらないんだから」
どんな説明をしてくれるのだろうとワクワクしながら待機していた春之助だったが、既に五番隊の一員ではないため、スルーされていた。
そりゃないっすよ~といつもの春之助が見れたことで、僕は自然な笑みをこぼしていた。
「あ!斑兄ちゃんだ!」
「あ!ほんとだ!珍しい!」
凪さんに連れられてきた空と海も揃い、部屋はますますにぎやかになった。
部屋に戻ってきた凪さんは、僕の横の席に座って、耳元で、がんばったわね、と囁いてくれた。
空と海は起きたばかりだというのにご飯を食べる速度が異様に早い。
「「ママ、おかわり!」」
双子が声を揃えて凪さんに伝えると、凪さんは、はいはい、と言って台所にお米をよそいに行った。
いつもの光景だという。
たしかに、昨日僕の部屋で一緒にご飯食べたときは、お代わりしなくていいようにてんこ盛りにしていたな、なんてことを思ったりした。
皆で楽しく朝ごはんを食べていると急に春之助が騒ぎ始めた。
「あれっ!俺の卵焼きがない!」
どうせ自分で食べたんじゃないのか、と訝しげな視線を向けると、
「あれっ!次は肉もなくなった!楽しみにとっておいたのに!!」
楽しみに~とかの部分は心底どうでもいいが、いくら春之助といっても、こんなに短時間でアホ行動を連発するはずがない。
そう思っていると、
「お前が食べるのが遅いから手伝ってやってるんじゃねえか、愚図」
と、春之助の後ろには細身の少し小柄な男性が座っていた。
「ええ!急になんだこいつ!」
春之助は自分の背後の人物に食ってかかる。
「こいつとはなんだ、この愚図が。さっさと食って、さっさと四番隊にいくぞ」
彼は、なんと四番隊の隊員のようであった。
「おいおい、アイク。予定の時間より少し早いんじゃないか?あと、つまみ食いも関心しないね」
隊長はのんびりした様子でその男に声をかける。
「こっちははるばるこんな遠くまでやってきてんだ。仕度くらい済ませておくのがせめてもの誠意ってもんだろうが」
「まぁ、お前の言い分も分からなくもないが、彼は入隊したばかりなんだ。ちょっとは大目にみてやってくれよ」
「けっ、隊長がぬるいと隊員もぬりぃな」
来て早々暴言を吐き散らかすアイク。
そこに台所から戻ってきた凪さんが喝を入れる。
「ちょっと、アイクちゃ~ん。隊長に向かってその口の利き方はないんじゃない??」
にこにことしながらそう告げる凪さんであったが、心は一切笑っていない様子だ。
「げっ、凪さん。。。」
アイクさんはぼそっと凪さんの名前を呟いたかと思えば、襟をただして、途端に静かになるのであった。
「紹介が遅れたな。こいつは四番隊の風上アイク。若くして四番隊の副隊長を務める優秀な子だ。春之助はこいつの下について、いろいろと学んでくれ。口は悪いが、根はいいやつだから、十二分に成長させてもらえると思うぞ。頑張って」
「けっ、一言余計なんだよ。まぁ、そういうことだ。おれが四番隊のエースで副隊長の風上アイクだ。俺の下についたからにはぼろ雑巾のように使い倒してやるから覚悟しておけ」
春之助への今の暴言も、口が悪いだけだと分かると、むしろ面倒見のよいお兄さんのように思えてくる。
「よ、よろしくお願いします、、!」
だが、春之助はそんなアイクさんにビビりっぱなしのようだった。彼は四番隊でうまくやっていけるのだろうか。
春之助は朝食を食べきり(半分近くはアイクさんに食べられていたが)、アイクさんにけたぐられながら、騒々しく五番隊の館を後にするのであった。
最後に一言言葉を交わしたかったが、アイクさんの圧により、春之助と話すことは叶わなかった。
「まったく。もっと素直にしていればかわいいのに」
「まぁ、あいつのあの感じもあれはあれでかわいいじゃないの」
凪さんと隊長はアイクさんが去ったあとに、彼の寸評を行っていた。
「それにしても斑、もう大丈夫なのか?」
ちゃんと会話していなかったが、隊長が真面目な顔をして聞いてきた。
「はい。ふとした時に思い出してしまいますが、歩みを進めなければ、いつまで立っても状況は変わらないので。それに、春之助が頑張っているのに、自分だけ寝てばかりはいられません。燈にも笑われてしまいますし」
「そうか、それならよかった。前にも言ったが、ここにいるみんなも同じような過去を背負ったものたちだ。接し方は人それぞれだが、悪いやつらじゃないから、徐々に仲良くなってくれたら嬉しい」
隊長は特有のニカっとした笑みを作り、そう励ましてくれるのであった。
「それじゃあ、早速今日から訓練しようと思うがどうだ?」
「はい!ぜひよろしくお願いします!」
そして、遂に訓練が始まるのであった。後になって、このとき簡単に了承したことを後悔することになる。