九十四話 竜聖国
この都市で最も大きな建物で会話をしている者達が居た。服装から見てこの世界の中でもかなり高貴な雰囲気の少女と大人が言い合っている。この部屋は執務室であろうか。扉の前には執事の様な者が立っており、その顔には幾重にも皺が寄っている。
「ですから、待つべきです」
「何を言っている。自分達で何とかしろと仰ったのであろう?」
「ですが!お父様!」
「この場では陛下と呼べと言っている筈だ。そしてかのお方がそう仰るのであれば、是非もなし」
「陛下、だとしてもそれは」
「何と言おうと変わらぬ」
執事の様な老人が王へと意見を言う。
「陛下、殿下はこの国を憂いているのです。何故黒龍様を頼らないのですか?」
「昔から頼らぬ様に教えられたからだ。そして其方も居たであろう?ラーナは生まれて間も無いが、あの頃の事を」
「この国の危機なのですよ!」
「勘違いをするな!かの黒龍様にとって我等はどうでも良い。あの方が居てくれるだけでもこの国は幸せなのだ」
「民が大切では無いのですか!?」
「そのような訳が無いであろう。だがあの方が戻らないのには理由がある筈だ。それに情けないと思わぬか!国の安寧を黒龍様に委ね続けるのは」
王様がそう言えば言い淀む少女。
「そ、それは」
「其方が受け継いだその竜操の杖は、かのお方から頂いた物だ。それだけでも十分だと思わぬか?」
「そうだったのですか!?あれは国宝で一族の宝だと聞いていました」
「元々あの方は頼るなと常々言っていた。私たちの手でなんとかするしか無いのだ」
「戦争は終わったのに報告が無いのは不思議な事だと思いますが」
「帝国には貸しが出来たから取り敢えずはこの戦争をどうするかだ」
父娘は言い争っている。そこに1人の甲冑を装備した青年がやって来て口論は終了する。歯噛みをしながら少女は下がる。
少女の居なくなった部屋では戦争について話し合い始める。やれ西方がどうだの竜巫女がなんとか、先程とは違い純粋な話し合いである。
感情的になっている少女は早足で1人愚痴をごちる。
「お父様の馬鹿。折角黒龍様に繋がったのに褒めてもくれませんし。お父様は国民の事を考えていないんです!女だからって子供だからって話も聞いてくれません」
この国の最高権力者に相当な暴言を言い放つ少女。この娘が王女で無ければ即刻投獄されるだろう。少女の我儘を止められる程勇気のある者は居ないと思われた。しかしその場に少女に話し掛ける女性が居た。
「あらあら、ラーナちゃんはどうしたのかしら?」
「あ!おかあさ‥‥ま」
「あら?間がありましたわね?」
「申し訳ありません。お母様」
「ふふ、良いのよ?ラーナちゃんはいつもよく頑張っているわ。それよりもまた怒られたのですか?」
「違います。また、話を聞いてくれなくて」
「まあ!よく言っておいた方がいいかしらね?それはそれとして、あまりお父様の事を馬鹿と言ってはいけませんよ?」
「き、聞いていたのですか?」
「ええ、いくら愛娘だとしても王を侮辱するのは駄目ですよ」
少女の母がそう言えば、少女はシュンと落ち込んでしまう。
「申し訳ありません」
「それよりも何故怒っているのですか?」
そう問われた少女は先程の議論や愚痴を包み隠さず話し始める。強情な少女を簡単に溶かす聖女の様な母親。話せば最初は口が重く片言だったのが、話の終わり頃には流暢に文句を言っている。
「成る程。黒龍様とお話をしたのですか」
「そう言えばお母様は黒龍様と会った事があるんですよね?」
「ええ、当然です」
「どんな方なのですか?やはり大っきいのですか?」
不思議な質問をした少女に笑いながら答える母親。
「ふふ、どんな想像をしているのですか」
「え!?では小さいのですか??」
「見た目はそうねえ?人に見えるわね」
「え??人、ですか?」
「とても格好良い御仁でしたわね。あの人が居なければ一目惚れする程でしたわね」
「気になりますね」
「目が綺麗な赤い瞳でとても蠱惑的でした。正に神々しいと言った感じです」
段々と女性はヒートアップしていき、若干うんざりとしている少女。そもそも先代の竜巫女からも延々と語られ続けたのである。何度も聞いたことのある話題が繰り返され続ける。とは言え怒りは消え去り、代わりに面倒だと言う感情が強くなる。興味は芽生え、より一層黒龍へと想いを寄せる少女であった。
一行はつい今しがた竜聖国の首都である、ドラゴンリードへと到着した。この国に入る前に少女は勉強をした。それは他国との違い、竜の扱いについてなどや文化などを。文化については特に他国との差はそれ程多くは無い。
ただ建国の際に、黒龍の加護でこの国は生まれたと言う事。他国は神を信仰しているが、竜聖国は黒龍を神の様に扱っている。その次に国王と竜巫女が権力者として君臨している。
他に竜に対してそれ程重きは置かず、時折上空を通過するらしいが、この街が襲われる事は無い。これは竜巫女と黒龍の加護と言われている。
そして竜聖国で優れている箇所は軍事力と技術力と言われていて、それのお陰で他国に宣戦される事が多々ある。竜を操れると言われており、その点も魅力に映るらしい。神の敵国として聖戦と名乗り、国境では争いが絶えない。
逆に弱点は人材である。他国から人はあまり来ず、友好国だけとしか交易が無いため人の流動が少ない。戦火は収まらず人は減少傾向にある。そもそも人類の殆どが神を信仰しているので中々国家運営は厳しい。
とまあこれが調べた結果であり、素人目に見ても中々宜しく無い。竜巫女の情報は一切調べる事が出来なかったが、少女は急ぎ対策を考えるのだった。