八十一話 分け与えるモノ
少女は感情のままに飛び出し、脚を動かし続ける。ただひたすら走り翠木亭へと飛び込む。勢いのままベッドに入り布団に包まる。
その部屋には珍しく1人しかいない。枕を濡らしながら、少女は暗闇の中で思考に耽る。
私はやっぱり迷惑なんだ。私は今まで迷惑をかけ続けて生きてきた。そんな直ぐには変われないって解っていた。でもどこかで期待をしていた。実際には何も変われていない。
私は‥‥‥1人なんだ。
どうしたら良いのだろうか。どうしたらあの立派な女将さんの様になれるのだろうか。宿で働いている時の私は愛されているって思ってた。でもあれはきっと、女将さんのお陰だ。女将さんの力を借りずに冒険者をやっていたらこんな結果だよ。
少しだけ期待した。私にも仲間が出来るんだって。ルルさんのアレは、ルルさんが特別優しいからだよ。私だからじゃ無い、あの人達だから私を拾ってくれようとした。ただ希少なだけだから。回復魔法が使える、それだけの価値。
あれ?なんでだろう涙が止まらない。私はずっとずっと孤独。いつかどこかで親友と別れをして、それから虚しく生きていく。何も出来ないまま。私は何を成す為に生まれたのだろうか。
仮面は邪魔だし、ナイフも鬱陶しい。人に頼ってばかりの私が1番嫌い。もう何もかもが嫌だ。ああ、そうだよ。私は1人で良いんだよ、誰にも頼らない。それなら悩むことも無いはず。そう、これなら何も要らない。
私は‥‥‥1人だ。
黒い奔流が渦巻く中心に、青い光に囲まれた少女が居る。その少女はある事を悩んでいる。これは脳内での独り言である。
ああ、不味い。このままでは不味い。いや、私の事よりも貴女を優先しなければ。まずこの状態は心への負担が大きい。なんとかして励まさなければならない。先程はあれほど晴れていたのに、余計な真似をしてくれた人間をどうするかは取り敢えず一旦置いておくしか無い。
優しいが故に心が傷付き易い。だからこその私であり、どうにかケアをしてあげなければ。でもなんて言ってあげれば良いのだろう?今の貴女には何を言っても効かないだろう。1人じゃ無い。貴女を想う者はあんなにも沢山いるのに。
成す術を見つけられず、足掻く事もできない少女は1人に祈りを捧げる。荒波に全てを預けてその嵐に身を任せる様に。
深い世界に沈んだ少女の元に1人訪れる者がいた。その者は布団の膨らみを見つけて塊に話し掛ける。
「おねえちゃん?いるの?」
そう尋ねてみれば弱々しくも答える。
「なに?」
「泣い、てる?」
「泣いてない。用がないならどっか行って」
「なにか、あった?」
「うるさい!出て行ってよ!」
私は大切な妹にそう言い放ってしまう。ハッと気づいた時には遅く、啜る音が聞こえて慌てて布団を捲る。
「う、ぐす。おねえちゃん、わ、わたしのこ、ときらいになったの?」
「あ、ち違」
「ごめんなさい。おねえちゃん」
謝りながら泣いているリナちゃん。それを見て唇を噛み締めながら慌てて取り消す。
「違うの。その、ごめん。少し辛くて、リナちゃんは悪くないの」
その言葉を聞き大泣きは和らぎ、私を見つめながら言う。
「ほんとう?」
「うん。ごめんなさい」
「よかったぁ」
言葉と共に表情は綻び、笑顔になる。それを見て私はどうしても気になって尋ねてみる。
「リナちゃんは強いね。どうしてそんなに強いの?」
「え?」
それを聞きキョトンとした表情で少し首を傾げ、口を開く。
「ちがうの。おねえちゃんがいるから」
「私?」
「うん!わたしね、つらかったの」
「でもおねえちゃんがたすけてくれた」
「いまのわたしはね?しあわせだよ」
「そっか」
「やさしいおねえちゃんは、わたしのヒーローだもん。せかいいちのおねえちゃんだもん!」
その言葉を聞き自然と涙が流れる。今日は泣き続け、もう枯れたと思っていた。心の痛みは止まり、頭の重い感覚は溶けて消えて行ってしまった。1人じゃない。そう思うと止め処なく溢れる。
そして少女は妹を抱きしめ、わんわんと泣きながら暫しを過ごすのだった。
夕方。夜迄はもう暫くと言った所。青い光の空間で2人の少女が見つめ合っている。そして痺れを切らして姉が話し始める。
《全く、あんな事気にしては駄目ですよ》
『うん、ごめん。急に苦しくて』
《仕方がありません。貴女は今かなり不安定な状態ですから》
『うん。また短くなったんだよね?』
《‥‥‥恐らく》
『ごめん』
《何故謝るのです?》
『だって、アイちゃんが』
《元より覚悟はしています。それに一度奇跡を起こしていますから、それだけでも十分です》
『でも』
《いずれ1人になってしまいます。ですが勘違いしないで下さい。貴女は1人では無いと》
『うん。でも私はどうしたらいいの?』
《感情が不安定なのは仕方ありません。ですが気の持ち様です。例え何があっても前に進もうとする意思を持つ事が何よりも重要なのです。これは父の教えですね》
『でも』
《残り僅かです。貴女が強くなる他ありません。私は最後の時まで貴女に尽くします。辛くても、転んでも、泣いてでもやるしか無い時があります》
『止められないの?』
《今回のこれは不可能です。あの時とは違いますから》
『あの時?』
《私の最初のミスです》
『アイちゃんにミスなんてあるの?』
《私は万能では無いですよ?龍の叡智と残った記憶を駆使しているだけに過ぎませんから。それにそもそも頭の良さは貴女と変わらないはずですよ》
『嘘だよ。アイちゃんには敵わないもん。いつもアイちゃんが言った通りになるし』
《ふふ、まあ、私と同じ知能があるのは間違いありませんよ?だから自分で予想を立てる練習をしましょう。少しずつ慣れていけば良いのですから》
『まあ、頑張ってみる』
2人は約束をする。少女が新しく得た物は決して安い物では無い。だがとても大切な物を買う事となる。まだ小さな欠片だが、いつの日か大きな宝石になる。これはその成長の兆しとなるのだった。
竜聖国と言うタイトルですが、まだまだ全然その要素が見られませんね。目安としてこの章は百話ぐらいで節目にする予定で、長めにするつもりでした。
この章は設定を盛り込んだ章なのでかなり先まで流れは決まっているのですが、この章終わったらどうしようかと悩んでいます。ほのぼの系で登録してるので、出来れば暖かい話にしたいですけどね。
以上、トカゲの独り言でした。