七十六話 隠れ蓑
日が沈んだままの早朝。人通りは殆ど無い。暗い影の中、人目につかぬ様コソコソと歩く少女。その姿は完全に変質者である。目的地に辿り着いたのかキョロキョロと辺りを見回してからお店の中に入っていった。
念の為誰にも見つからない様に店内に入った少女は安堵の息を漏らす。予定より少し遅れているがまあ問題はない。奥から店主さんが出てきて話し掛けてくる。
「今日で最後か」
「うん、まあ素材は持ち込むよ。約束だから」
「ペンダント着けてくれてるんだな」
「うん、基本常に着けてるよ。変装してても隠すけど着けるようにする」
「よく似合っているよ」
「リドさんが作ってくれた物だもの。誰が着けても似合うと思う」
「いやいや」
「いえいえ」
「ハッハッハ。ま、いつでも来てくれよ」
「うん。今までありがとう」
「そうだ、どうせ暫く暇なんだろう?お菓子でも持ってくるよ」
「うん」
言われた通り昼前まで暇なのでお菓子をいただく事にする。
気付いたら時間が経っていて、結構食べた筈だが何故か無くならない。よく見てみると補充されている。そしてさらに今気づいたのだがお菓子をリドさんに差し出されていて、それを頬張っていたらしい。今更気付いたのがとても恥ずかしい。周りの人には笑われてるし。今絶対に顔が真っ赤だよ。他のお客さんにも差し出されるし、今の私は完全に餌付けされてるペットだよ。まあお陰様で予定の時間は来たので奥へと急いで入る。あのままだと恥ずかし過ぎるから。
着替えて裏口から外へと向かう。お馴染みのルビーになってから翠木亭へと向かう。何故変装したかと言うと私が今後、翠木亭に泊まる為だ。もう泊まっているだろう?と思った?この姿で登録をするのだ。そうすれば冒険者として宿からギルドに向かう事が出来る。それだと根本的には解決出来ていない?いいえ、女将さんが部屋と部屋の間の壁を抜いてくれました。そして今私が泊まっている隣に借りる事になります。変装専用の部屋という訳だ。つまりルビーとして出入りしていれば、気付かれる事はないのだ!まーた借りを作ったなって?ハイ、スイマセン。だって女将さんが笑顔で部屋の壁取るからなんて言って本当にやっちゃったんだもん。しかも三日で。
《誰に説明してるのです?》
『なんでもない』
《そうですか?それよりも壁を取っ払うのは予想の中でも最善ですね》
『予想してたの!?』
《やってくれたら一番良いなあと思ってました》
『ええ?なんだかそれだとやらせたみたいで悪いよ』
《まあ、頼めばやってくれると思いましたが、貴女が頼み辛いと思ったので黙ってました》
『アイちゃん卑怯だね』
《何を言っているのです?やらせたのは貴女です。私は実行しておらず、貴女が動いた結果なのですから》
『うぐっ!』
《断る事も出来たのですから、私のせいにするのはどちらが卑怯なのでしょうね》
『うぐぐ』
言い合って(言い負かされて)いると無事翠木亭に辿り着き、打ち合わせ通りに女将さんの所に行く。勿論ツーカーなので即決で、一応女将さんが悩んだフリをして予定通りの部屋に決定される。リド防具店に置いてあった小物なども持ち込んで、遂に私は帰って来た。全てを持って。
部屋へと帰ればリナちゃんが待っていた。言っていた予定より遅くなって少しご機嫌ナナメの様子だ。これは早く遊んであげなくては。
そしてすぐ疲れて寝ちゃうリナちゃん。どうやら魔力は練習のお陰でほんの少しずつ伸びているみたい。こういう時数字化されてるのは分かりやすくて良いよね。膝枕で撫でながらそう考える。そう言えば今思い出したけど私の魔力がなんだかとんでもない量になっちゃったよね。あの時はサラッと流したけど1000以上増えてたし。今なら黒龍化しても結構長いこと維持できるよね。まあしないけど。アイちゃんになにが起こるか分からないから。
色々考えていると、ある程度時間が経ってリナちゃんが目を覚ます。寝て起きてから私の顔が目の前にあるのが好きみたいで、すごく安心するらしい。私の顔を見てお腹に顔を埋める。なんだか嗅がれてる。そう言えば昨日お風呂入ってない。不味いと思い冷や汗を垂らす。そしてリナちゃんから
「おねえちゃんきのうおふろはいってないよね?」
「う、うん」
「おひさまのかおりがする」
「え!?臭いかな?」
「ううん。いつもいいにおいで、なんでだろうっておもうの」
「あーまあ、うん。お風呂入りに行く?」
「ほんと!?いく!」
リナちゃんは飛び起きて、すぐさまお出かけの用意をする。
そして今現在あの銭湯のお風呂の中である。2人仲良く湯船に浸かり、頭にタオルを乗せている。リナちゃんには熱いだろうが私には丁度いい。と言うか私は真水でも入っても問題無さそうな気がする。丁度いいと言うのは正直適当だ。リナちゃんがせがむから身体を洗ってあげた。その時にあざや擦り傷とかを分からないように、撫でながら魔力を込めて治してあげた。折角女の子なのだから目立たない所も、隅々まで治療してあげたのだった。
身体を洗ってもらっている少女の妹。姉は何も言わないが身体からは痛みが消えて、心地よい感触がしているので実際は気が付いてはいる。だがこれは姉の優しさだろうと思いそのまま無言で洗ってもらうのだった。