七十一話 女神?
翠木亭へと帰り、先程の内容を女将さんに説明する。話を聞いている女将さんは目を細め、穏やかに笑っている。私が話し終えると少し間を置いて、女将さんが話し始める。
「そうかい。よく分かったよ。私があの子を保護する為に書類の準備とかもやっておくよ」
「でも、私は何も」
「良いんだよ。お嬢ちゃんはよくやっているよ。それでも納得出来ないなら、受け渡し金だけでも負担するかい?」
「そんな事しか、私は」
「あの子を助けたのは他でも無い、お嬢ちゃんなんだよ」
「でも、迷惑ばっかりで」
「困った人を助けるのは良い事さ。だからって責任感だけで全てを背負い込む事は無いのさ。自分に出来るだけの努力でいい、とアタシは思うんだよ」
「‥‥‥わかりました」
「まあよく働いてくれてるからねえ」
そう言った女将さんは私を撫でてから、スッと立ち上がり昼の用意を始める。それを見て私は手伝う事にする。大きな恩が出来てしまうから、可能な限り少しずつでも返していくつもりで働く。
悩んでいたのが嘘の様に体は動き出す。いつもと変わらぬ様子で。仕事をしていると例の4人組がやって来た。内心、うわあて感じだけど接客に行く
「いらっしゃい」
そう言うとリーダーが反応する
「おお、元気そう?だね」
「なに?」
「様子を見に来たんだよ。久しぶりだね」
「ん」
一応返事をするとブランさんも挨拶してくれる
「よお、嬢ちゃん」
「いらっしゃい、ブランさん」
「あれ!?対応に差がある気がする!?なんで!?仲良かったっけ?」
「別に」
「特には、無いと思うがな」
「うーん?やけに息がピッタリの気がする」
何故か疑われているが、面倒なので
「それよりも食べるの?私も仕事中だから、あまり無駄話をする訳にはいかないの」
「そうか、まあ食べに来たんだ」
「そ、なら適当に座って」
私はそう言って正面に戻る。リーダーさんとブランさんの声が聞こえる。一応小声だったみたいだが
「あんな感じの接客で大丈夫なのか?」
「いや?なんかあれが逆に良いらしいぞ?」
「ええ?」
「まあ、嬢ちゃんは嬢ちゃんだろう。なんと言うか別の冒険者曰く、素っ気ない感じの無表情が良いらしいんだが」
「でも笑顔が一番だと思うな」
「その笑顔がかなりレアで、それを見る為に通う奴も居るらしいしな」
「僕たち運が良かったんだな」
「そうなるな」
私の話題を話しているみたいだが、愛想を振りまいた方が良いのだろうか?元気に笑顔で挨拶をしている自分をイメージする。無理。恥ずかしくて死んでしまいそう。大体アレは可愛らしいリナちゃんだからこそ良いのであって、私には似合わないよ。
いつの間にやらお客さんも減って、辺りを見回すとリナちゃんが大人しく座って待っている。漸く手が空いたので相手をしに行く。
「待ってなくても良いんだよ?」
「いや!おねえちゃんまつの!」
そう言われて女将さんを見ると笑いながら頷いている。どうやら遊んであげないといけないらしい。まあ女将さんが良いと言うのならと思い、お辞儀をしてからリナちゃんと手を繋いで部屋へと戻る。何して遊ぼうかと考えていると
《そう言えば魔石がありましたよね》
『ヘイトタイガーのなら今あるけど?』
《アレを使って魔法で遊びますか?》
『危なくないの?』
《大丈夫ですよ》
『そう?』
疑問に思いながらも引き出しから石ころサイズの魔石を取り出すと、リナちゃんが喜んでいるのか感心した様子で
「なにこれー」
《さて魔力を流してみて下さい》
『爆発とかしない?』
《しませんよ。さあ早く》
そう言われて灰色の魔石に魔力を少しだけ流してみると、キラキラと輝き始める。
幻想的な水色の光が様々な反射を作り、部屋の中に水中の様な鮮やかな景色を彩る。思わず私の口から溢れる
「わあ」
「おねえちゃんすごい!」
驚いているとアイちゃんが
《貴女はこんな事もできるのですよ?まあ攻撃には使えませんが、良いではないですか。優しい貴女には攻撃魔法など必要無いのです》
『私を元気付けようとしてくれたの?』
《ふふ、元気になりましたか?》
『うん、ありがと』
興奮に染まったリナちゃんが私を呼ぶ。
「ねえ!おねえちゃん!」
「ん?なあに?」
「おねえちゃんはめがみさまですか?」
「え?違うよ?」
「こんなにすごいこともできて、わたしをたすけてくれたのに?」
「女神じゃなくて‥‥‥ただのお姉ちゃんだよ」
「うそだ!おねえちゃんはわたしのめがみさまだもん!」
微妙に会話が成立していないけど、元気は出てきた気がする。なんだか凄く尊敬されてるみたい。悪い気はしないけどね。そもそも私は龍だから寧ろ女神様の敵ですけど。それよりもこの事は2人だけの秘密にしないとね。そう思いリナちゃんと約束をする。
「秘密だよ?リナちゃんとだけの内緒の魔法だからね」
「うん!」
「うん、約束」
そう言って小指を出す。どう言う意味か分からないリナちゃんは首を傾げて不思議そうな表情で見つめて来る。
「小指と小指を結んで約束するの。2人だけのおまじないだよ」
「そうなの!?わかった!」
2人は小指を繋いで約束をする。幻想的な空間に包まれお互いが無言になる。暫し、時が止まったかの様な錯覚に陥る姉妹。まるでその光は少女の魂の美しさを体現するかの様な暖かさである。それは見紛う事無き女神の力だった。
ここ数話はかなり暗めの話になってしまいました。シリアスがあまり続くと辛いので、優しい話重視で暫く描こうかと思います。
成功体験は頭に残り難いですが、失敗は中々頭の中から消えてくれませんよね。少女は苦悩し続けるのですが、それも成長する為の道のりだと思いますので、優しい気持ちで見守ってやってくれると嬉しいです。