四十四話 働くこと
まずは女将さんから仕事の内容を教えて貰っている。私の仕事は取り敢えず注文を聞きにいく事と、お客さんが来たらいらっしゃいませと挨拶をする事らしい。どうにも緊張のせいなのか声は殆ど出ていないのだが、その事には気づいていない。
既に居るお客さんの注文を聞きにいくとなぜか驚かれたので私もそれに驚く。
「おお!?なんだ?新人かい?」
「は、はい。ご、ご注文をおききします」
注文を聞いたら女将さんの夫らしいマスターさんにお願いに行く。
注文の内容は簡単で三種類のセットが日替わりでその中から選んでもらう。もしくは、単品で頼むかなのであまり商品名は覚えなくても問題は無いのでとても助かる。
色々なお客さんに応対していると、注文を聞きに行った時に何故かお客さんに褒められる。それになんだか視線を感じる様な気もする。冒険者さん達の所に注文を受けに行った時も
「初めてかい?」
「は、はいよろしくお願いします。注文をどうぞ」
「よく頑張ってるね。Aセットを4つお願いするよ」
「ありがとうございます。どうぞごゆっくり」
つい嬉しくて頬が緩む。少女自身は気付いていないが、周りのお客さんはそれを眺めて笑っている。
忙しなく働いているとチラリと見えたのだが、時折食事を終えたお客さんが女将さんと話しているのを視界に入れる。
なんだかこちらをみて話している様な気もするがテーブルの片付けなどもあったり、新たにお客さんが来たりととにかく忙しい。内容は理解する暇はないが、女将さん達の会話が耳に入ってくる
「女将さんの娘かい?」
「いや?今日だけの雇いだったんだけどね」
「凄く働き者だね。それにとても可愛らしいから良い看板娘になると思うんだけど、今後は雇わないの?」
「なんだい?雇って欲しいのかい?」
「いやーあの子を見てると癒されるね」
「そうだね。私も単なる思いつきだったんだけど、まあおかげさまでとても助かってるよ。初日でこれだからね。あの子に今後もお願いしてみようかね?」
「是非頼む」
「全くこれだから」
「いやまあ料理も美味しかったよ。じゃあご馳走さま」
また見えた時には難しい顔をした女将さんがこちらを見ている気がする。冒険者さんはいつの間にやら居なかったのだが、見られていると思うと頑張らなくちゃと益々やる気が出て来る。そして客足も収まり始め、粗方片付けが終わった頃合いに女将さんから晩御飯が提供される。お客さんがいたのもありそれを持って裏に行こうかと思い、料理を持ったら
「ん?あぁここで食べるといいよ」
「良いんですか?私店員ですよ?」
「ああここで食べな」
女将さんが笑顔でそう言う。そう言われたならばと思い食べ始める。あまりに美味しくて食べる事に集中してしまう。なんだか皆んなに見られてる気がする。
とは言え料理を食べるのに忙しくてまったく気付いていなかったが、ある程度食べると女将さんが話しかけて来る
「美味しいかい?今日はありがとう。よく働いてくれた。楽しかったかい?」
「はい!とても美味しいです。働くのは不安でしたが」
そう言いながら少しずつ声が小さくなっていく。
「とても、その楽しかったです」
その様子を見て女将さんが口を開けては閉じてを繰り返している。しかし私は視線が下を向いていてそれには気づかない。
口に出して気付いたのだけどそう、楽しかった。とても。それにご飯も美味しい。でも私はまた明日には山へと戻る。寂しくなんてない。大切な親友と共に生きているのだから。私はどうせ、いや違う、私が選んだのだから。
そう心の中で思っていると女将さんが寂しげに
「そうかい。こちらこそ助かったよ」
「はい。ありがとうございました」
「うん。ご飯食べたら今日はもう終わり。後はゆっくりして行ってね」
食事を終えてから片付けも中途半端ではあったが、借りた部屋へと行き迷うことなくベッドで横になる。そして今日のことを考えていると制服のまま、疲れもあって気付いたら寝てしまうのだった