二十九話 来訪者
山で暮らし始めて三ヶ月、もう夏も始まろうかと言った頃である。龍の棲まう森へと入り込む一人の男性がいた。その男は森へ入ると何かを感じたのか表情を曇らせる。そして歩き出しながら独り言を始める。
「認識しようとすると何故か見えない箇所がある」
「確かに意志がある。なのに魂の見えない物がある」
「どういう事だ?この目で見てみるか」
どこかへ向かって歩き出す。森の中だというのに一切迷う様子は見せず突き進む。
少女が家の中で昼ご飯の用意をしていた時である
『ん?何この気配、人?』
《気付きましたか?膨大な魔力を持った存在が近づいてきています》
『気付かれてるかな?』
《恐らく、そしてクロより強い存在です》
『龍化する?』
《多分大丈夫です。歩いて来ているので》
『どうしよう?』
《念の為ナイフだけ抜いておきますか?》
それを聞いて家から飛び出しナイフを抜き身構える。暫し待っていると男が現れ話し始める
「ふむ?人間の少女か?しかし見えないのはどういう事だ?」
「どういう意味?」
つい反応して聞き返してみると
「ああこれは失礼を、私は芸術家であり収集家でもあるのですが人の魂を見ることが出来るのです。」
「へえ?」
「故に何も見えないあなたに少し興味がありまして何かしらの魔法ですかな?」
「魔法を解いたら帰ってくれるの?」
「ん?あーいえ敵対の意思はないのです。ただ少し興味が湧いたからここに来たのです」
『どうしようか?』
《対認識だけ剥がしてみてはどうでしょうか》
『大丈夫?』
《わかりませんが敵対するよりマシです》
そう言われたので不可視の歪衣を解除すると、私を見ていた男は何かに驚いた様な表情で喋り出す。
「な、何という事だ!これこそがまさに芸術。まさか1つの器に2つそれも複雑に絡み合っている」
「もういい?」
「はっ!いえ有難うございます。良きものを見させていただきました、感謝します」
その言葉を聞き不可視の歪衣を発動する。
「そしてあなた様は龍神様でございますね」
「それが何か?」
「いえ、少しお礼をしたいのですが」
そう言って考え込む様な素振りをしてこちらをジッと見つめて来る。そして
「いや。できる事は今は無いですね。ただもしお困りの事があればご助力致しましょう」
そう言って踵を返し帰って行く。その様子に私は呆けながら呟く
「何だか疲れちゃった」
『台風のようでしたね』
二人で呆れながら家に戻るのだった