二百九十話 西へ⑥
レングラント王国に滞在し始めて数日。
調査の為に適当な宿を取って、現在は魔法の道具を使って敵の指揮官の会話を盗み聞きしている。
何か使えそうなものはないか、探っている段階だ。それくらいしかやる事がないので、正直暇ではある。
そんな状況だからこそ、同居人ことフユが、退屈そうにベッドの上で寝そべり話しかけてくる。
「ねえ。このベッド硬すぎなんだけど?」
「また、ですか?」
フユはこのベッドに不満があるらしい。この宿を借りた初日から、今日までずっとそんな不満をこぼしている。
お互いに聞き飽きたし、言い飽きている筈だ。
とは言え姉が不満を漏らすなら代替案を用意しなければならない。私の妹よりもずっと我儘で、返事をしなければさらに面倒くさくなるので。
「またっていうけど硬すぎなんだもん」
「だから言ったじゃないですか。最上級にしますかと」
「でも、ふくせいするんでしょ?」
「そうですが。何か?」
「ダメでしょうが!?何、さも当然ですがみたいな顔してんの」
何を言い争ってるかと言えば、私達がこの国に滞在するためには一つ大きな問題があったのだ。
それは流通している貨幣が竜聖国とは違う事だ。
お金は持っているが、それは竜聖国の貨幣のであり、この国のお金は持ち合わせていなかった。当然フユも。
仕方がないので、そこらにいた人にお金を借りた。借りるといっても一瞬。形状と材質を完全に記憶してすぐに返した。
まあ、借りたお金をその場で返した所為なのか、何やら疑われてしまったが、別に悪い事はしていないので構わないが。
そして造った。貸してもらったお金と同じものを。原子の一単位ですら違わぬ完全な複製品を。
バレたらどうするのかという不安があるのかも知れませんね?
しかしこういった時代では、貨幣の製造には品質のムラがあるものです。
出来の良い物と悪い物を比べればかなりの差が出る。私なら正規の製造法よりも良いものを作れる。
何せ全く同じ物なのだから。そういう意味で本来の物よりも質が良い。ただし偽物。私にしかわからない。限りなく本物に近い。
つまりはバレない。
当たり前です。人間如きが見抜ける様な不良品を作るヘマなんてあり得ないので。
「さて、宿でも取りますか。予算は無限大です」
「えっ、お金ないって言ってたのは?」
「ん?ありますよ。ほら」
そう言って掌からこぼれない程度に造る。
つもりだったが掌には3枚程度しか乗らなかった。なのでぼとぼとと地面に落ちていった。ドヤ顔しながら成金むーぶをかましたが、フユはドン引きしている。
「どっから出したの??」
「"出した"ではなく"造った"ですよ?」
「は!?」
「静かに。目立ちますよ?」
私に似て美人であるフユが急に大声を出すものだから、周囲から視線が集まる。
「えっ、でも、お金の偽造って」
「シー。だからあまり大きな声を出さないでください」
唇に人差し指を当てて周囲に目を配る。
少々目立っている。フユのせいだ。
「だめなんじゃないの」
「私には関係ないですよ?」
「いやある。あるよ!?」
「なら使うのはやめます?宿に泊まるお金はないですよ?」
「ぐっ、うっ、でも」
「ならこうしますか。最低限だけ。私達はお金がないので、仕方ない。ですね?」
「しか、た、ない。ぐぬぬ」
言葉に詰まりながらも納得してくれました。
そもそも野宿は嫌だと言い出したのはフユです。別に私は良いんです。そもそも睡眠が不要なので。なのに今更、四の五の言わないで貰いたいですね。
食べ物は持って来ています。なら後は寝る場所です。全部貴女のためですよ?
なのに駄々を捏ねて。それなら寝なければ良いのではないですかね。これで問題解決です。どうしてもお金を使いたくないならですか。
結局ぼろっちい宿屋へ。
最後の最後までお金を使うのを躊躇っていました。
何をそんなに躊躇う必要があるのでしょう?
バレませんよ?私の複製は完璧です。
「なんかカビ臭いし」
結局まだ愚痴を言っている。
しかしそれはもう無視して仕事だ。どうあっても文句を言うし、一応返答はしたのですから。
情報収集をする為に、未だこの町に滞在していると、少し興味深いものが聴こえてきた。どうやらあの指揮官には妻がいる様だ。今その妻と思しき人間と会話をしている。
これはつかえる。
将を射んと欲すればと言うやつですね。
人の心をへし折るならば、最も身近な存在を裏切らせるのが有効です。
‥‥‥大切な人に裏切られたら立ち直れない。
‥‥‥辞めておくか?
‥‥‥いや。今更、良心など。そんな物は必要ない。全て妹に預けてきた。
この将軍の妻を味方に付ける。
となれば早速。
すくり、と立ち上がれば、それに反応する姉。
「ん?どしたのん」
「行きますよ。仕事です」
「おっ?儲かる?お金稼げる?」
残念ながらお金にはならない仕事です。
そもそもお金など不要ですよ。いくらでも造れるのですから。
というか何故そんなに食い付きが?
‥‥‥ああ成る程。
漸く、私とイヴが働いているのを見て関心を持ったのですかね。
まあ、正直働くという行為に何の価値もありません。そういう意味では、フユのニート生活も強ち間違いではないのですが。
「お金は稼げないですよ」
「んん??」
「やらないといけない事です。無報酬の労働です」
「ええー、じゃあ、いいかあ」
こちらに目線を送りながら、さも私の意思を探る様な態度。
行きたくなさそうですね。じゃあ、良いですよ。
まあ女性相手なら護衛がいなくても何とかなる筈です。
来てくれた方が色々助かるのですが、お願いなんてした日には図に乗るのが目に見えていますので。
負けた気がしてしまうので無視で。
「では行ってきます」
「ああー、ちょっとまっ」
一人で行こうとして手を掴まれました。
ギリギリ部屋から出られませんでした。
「付いてくるんですか?」
「行かないとは言ってないじゃん!?」
「いや、行きたくなさそうでしたので」
「ああもう素直じゃない!」
「素直じゃないのは貴女では?」
「ハイハイワタシノマケデスヨ!」
ふむ。まあ私の勝ちですね。
全く付いて来たいのなら最初からそう言えば良いのに。
捻くれ者の姉と手を繋いで透明化。
触れている限りはその恩恵を受けられるので、まあ、助かりますかね。
なくても良いのですが、道中が楽にはります。
今更ですが、龍の力はとても便利です。
知識さえあればあらゆる全てが可能になる。
そんな龍の力を、私の持っていた全てを、妹に託した。
譲渡したことを一切後悔はしていませんが、無くなったら無くなったで不便だとは思うくらいには便利です。
もしも、少しでも私の中に力が残っていたなら、その力を持ってして、人類を片っ端から磨り潰していったでしょう。
イヴがいるからやりませんけど。
そう考えれば今の人類は幸運です。
私と出逢った初めてが人間で、かつ極めて善良な人だったからこそ今も尚、人間どもは暢気に暮らせているのですから。
さあ。準備をしましょう。
愚かな人間が、その愚かさを改められる機会を得られる為に。
倫理観の壊れた天然ことアイちゃん。
ヒトの感覚からはかけ離れてますね。間違っていると感じるかどうかは様々だとは思います。