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黒龍の少女  作者: 羽つき蜥蜴
十一章 新風
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二百七十五話 冬の風


修羅場。



唐突にそんな言葉が頭の中に浮かんだ。

意味はよくわからないけれど、あまり良い意味ではなさそうだ。

この単語の意味を推測するに、今の状況を指す言葉であろう事。そしてそれは危険を表しているのだろうとも何となく思う。



目の前の女の子。リナちゃん。

それと私の姉のフユ。その二人が喧嘩をしている。喧嘩とは言ったけれど、どちらかと言えばリナちゃんが、一方的にフユに文句を言っている。


そんな危なそうな危険地帯に首を突っ込む事は出来ないので、危険の原因である当の私は、空になったコップを口元に運ぶ。飲み物は入ってないけれど、ついその一連の動作を繰り返し続けていた。

目があったら火の粉が此方に舞い戻る気がして目を逸らしていたが、状況把握の為に時折視線を送っていた。けれどふと、リナちゃんと目が合ってしまった。


しまった、と思った時にはもう遅い。

そして予想は正しくて。


「そもそもお姉ちゃん!?」


剣の先っぽよりも鋭い視線が此方へ向いてしまった。


「何で連絡してくれないの!」

「えっと、いそがしくて」

「お母さんから聞いたよ!冒険者は危険な仕事だって。昨日来てたお客さんが明日には来なくなることもあるって」


その表情は怒りか悲しみか。間違いなく心配してくれていたのだろう。目には涙が浮かんでいる。


そもそもの話。どんな理由があろうと手紙なり何なりと手段はあった。

まあその、どんな理由ってのが記憶だったりとか、仕事だったりとかだけど。

いや、うん。忘れてはなかったんだけど、でも記憶がございませんでしたし、それもあってか微妙に会いにくいとかがある様な、無い様な。

うん。口には出さないよ。言ったらもっと怒られちゃう。


「ずっと、待ってたんだから」


ゔっ、そりゃまあ、悪いのは私だし。

約束してたからね。また戻って来るって。それなのにこんなに遅くなって、怒られるのも当然だ。


「仮面を着けていたのはなんで」

「‥‥‥怒られると思って」

「怒ってないもん!」


リナちゃんの怒りにより机が悲鳴をあげる。

ドンッと大きな音がまさにそう聞こえる様だ。



どうしたら機嫌を直してくれるだろうか。私は助けを求めて姉へと視線を送った。

するとフユは何かを手に持って口を動かしている。その時に目が合って、苦笑いしているので助けは期待出来なさそう。


私たちの所為でお店の雰囲気は最悪。

さらに言えばこのお店の看板娘さんに怒られているので、余計に周りの風当たりが強い様な気もする。


「まあまあ。リナは少し落ち着きなよ」


そんな声と共にこのお店の女将さんこと、イミナさんが助けに来てくれた。

かつて私が最もお世話になった人の一人だ。住む場所と食事を提供してくれて、色々と厄介事を抱えていた私に、理解を示してくれた大恩ある人。


「でも、ずっと私は待ってたんだよ!お母さんだってそうじゃないの!?」

「それはそうさね。でも、怒っちゃダメ。困ってるからね。お姉ちゃん達が」



母と娘。そんな雰囲気を感じ取る。

一年前のリナちゃんは、女将さんと少し距離がある感じで、お母さんと呼ぶにも少し抵抗があったけれど、今ではそんな事は無くなっているみたいだった。

私の知らない間に家族の絆が太く、強くなったのだろうと見て取れる。リナちゃんが幸せそうに見えて、それが少し嬉しく感じた。

怒られている最中なので慌てて笑顔を隠したけど、思わず笑いそうになってしまった。


女将さんはリナちゃんを撫でてからお仕事に戻って行った。去り際に私たちに微笑んでいた。

その表情は、とても優しさに満ちた笑顔だった。きっと、今までずっと心配してくれていたのだろうという事が理解出来る程度には。



「イヴ。そろそろ帰らないと」

「え、?」

「アイちゃんが早く帰れって」



フユの口調的に、アイちゃんは怒ってるかもしれない。

何も言わずに出て来たから、そこは仕方ない。私には帰るべき場所がある。帰るべき場所が出来てしまった。

もしも、どちらか一方しか選べないなら、きっと私の居場所は竜聖国にしか無い。家族も、立場も、全てが竜聖国にあって、守らないといけない。

だからもう、帰らないといけないんだ。お仕事だってある。大切な家族が待ってる。



「ごめん。リナちゃん。もう、帰らないと」

「お姉ちゃん?」



一緒に暮らせなくなった。帰ってくるって約束したなら、戻ったら一緒に暮らせるって思う。誰だってそう思うだろう。

事実。私だってその予定だった。けれど、そう言う訳にもいかなくなってしまった。

でも、また来よう。その時はきっと今よりも怒られるだろうけど、二度と会えなくなる訳じゃないんだ。



「ごめんね。リナちゃん。でも、また」

「お姉ちゃんなんて大っ嫌い!」



心の底から絞り出した感情。

それは私の言葉の続きを遮って声の音を止める。

嫌われて当然だ。約束を破ってしまったのだから。



「‥‥‥ごめん」



その一言だけ残して、仮面を慌てて装着する。外套を不恰好に羽織ってお店を出る。フユを置いてけぼりにしながら。


そして残された乙女は、少女の代わりに少し多めのお金を机の上に置いて


「あー、うん。お金置いとくね。お釣りは要らないや。お騒がせしました」

「ふん」

「別に何でもいいけど。リナちゃん。言葉はよく考えて使いなよ。取り消せなくなるかもだから。ま、私も人の事言えないけどね」



そう一言。言い残したら少しの間を置いて乙女もお店を出て行く。

後に残るは静けさ。普段のこのお店にはあり得ない程の静寂が後を引いて姉妹は去って行った。





暗い場所を求めて路地の裏の方へ足取りは向かう。手頃な日陰に腰を下ろして足を抱き込む。


「フユを、待たないと」


声が震える。

寒い。暗い。

この場所を選んだのは自分。悪いのは自分だ。リナちゃんに嫌われたのも自分の所為。


人気のない場所でフユを待つ。待つならもっと目立つ場所が良い。けど、もう足が動かない。動きたくない。フユ。

心細さに支配されて、一人の姉の名を浮かべる。それは助けを求める声の様でもあった。



「はい。お待たせ。イヴ」


呼んだら出てきた。

本当にタイミングが良い。けど、それが今とても嬉しい。


「帰る?」


同意の首を縦に振る。仮面越しにフユを見つめれば、優しく微笑んでいた。

目と胸が熱い。フユに触れられている箇所も。太腿と背中が。

冬の風は寒い。けど、フユは温かい。そう思いながら竜聖国へと空へ。風に逆らいながら。私達は帰路に着くのだった。





「アイちゃん、怒ってるかな」

「かもね。まあでも、私も一緒に怒られてあげるから」

今章はもう一話。


そして次の章は戦争絡みと、アイちゃん主役です。

この時勢的にどうなのかと思い悩んでいますが、フィクションなのでと免罪符を。


まあまあ賛否出そうな気がしてなりません。賛があるかは疑問ですが。

それよりも、「遅い!」と怒られそうですね。

ごめんなさい。何でも‥‥‥は出来ません。

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