二百七十四話 唯一の理解者
結局のところ。なし崩し的に装備一式を受け取った。味方の筈のフユにも裏切られて、断り切る事が出来なかった。
装備を返すとなった場合、じゃあ私は何を着るのってなる訳だし。流石に裸は駄目だよ。不審者から変質者にランクアップしちゃう。
でも、まあ。
当初の目的は達成した。仮面を借りる事に成功したから、翠木亭には心置きなく行く事が出来る。
変装は完璧。リナちゃん達が元気にしてるかを確認出来たら、お家に帰ろう。
それでもしも勇気が湧いたなら、仮面を外して皆んなと積もり積もったお話しをしよう。
「んじゃ、店長さんまたね」
「ああ。お嬢さんも。ルビー君もまたね」
今後の計画を練ってたらお別れの時間が来た。勿論。今生の別れではないが、心残りは少なくしておきたい。具体的にはお礼を言うべきだ。
「あ、リドさんありがとう。これ、あと、色々。その、全部」
我ながら不器用で、もっともっと言いたい事が沢山ある。
そもそも、こんなにも良い装備を貸してくれたのにお礼の言葉は不十分。
それでもリドさんは、私の頭に手を置いて撫でてくれる。本当に私の周りは良い人ばかりで申し訳なく思う。
「また来てね。ルビー君」
「うん。絶対」
こうしてお店を後にする。
お店を出てから仮面を装着した。
そしてこれから向かうのはかつてのお家。距離は然程でもない。
「着いたね」
「うん」
お昼時の翠木亭。それは数多くのお客さんで賑わっていた。
これから街の外に探索に出る者。
朝早くに仕事を終えて帰還がてらの食事を取る者。
それらがお酒を飲んだり、戦果を謳ったりとそれぞれ。通り道も、人一人分の隙間を残して、席の殆どが埋まっている。
昔と変わらない独特の熱気がそこにはあった。
「いらっしゃいませ!」
突然話しかけられて、私は咄嗟にフユの背後に隠れた。まさかお店に入って真っ先に会話をする相手がラスボスだとは思わない。
元気そうなリナちゃんの姿がそこにはあった。
「2人だけど良い?」
「はい!空いてる席へどうぞ」
「どーも」
フユを盾にしてリナちゃんからの視線を避けて、壁沿いの2人席に座って様子を伺う。
すると、リナちゃんから視線を感じる。
目を合わせない様にしているけれど、多分バレてない‥‥‥よね?
仮面越しだから目を合わせても大丈夫だろうけど、何か凄く見られてる。
「メッチャ見られてるね」
「見られてる。バレたかな」
「んー?9割かな」
「何が?」
「ほぼバレてるね。おかしいな、仮面も変装もしてるのに。あ、そう言う事?」
「何?フユ。何か分かったの?」
意味ありげに一人で納得するフユ。
何?何なの?教えてフユ。
「ご注文はお決まりですか?」
何とかしてバレない様にしようと努めていると刺客がやってきた。注文の伺いに来たリナちゃんの睨みが明らかにこっちに向いている。
これは、声出したらマズイ。
「このAセット?てのをお願い」
「はい。そちらの方は?」
来た。やばいよどうしよ。声出したら気付かれちゃうよ。
「イヴもおんなじので良い?」
フユが助け舟を出してくれた。
私は首を縦に何度も振って肯定を伝える。
「わかりました。では少しお待ちください」
何とか耐え切った。
危なかった。
「いやー、めちゃ疑われてるねぇ」
むぅ、何か楽しそう。
私は必死なのに。
胃が破裂しちゃうよ。
「あはは。ごめんて。それより食べる時は仮面外さないといけないけど、どうするの?」
あ‥‥‥どうしよ。
そうだよね。言われてみたら確かに。
終わった。
「お待たせしました」
はい。早い。
早過ぎだよ。考える間もないよ。
うぅ、美味しそう。
目の前には美味しそうなご飯が広がっている。しかし食べるためには仮面を外さないといけない。
「外さないんですか?その仮面」
私の抵抗虚しく、その時は近付いて、もう真横にいる。
リナちゃんは、今か今かと私が仮面を外すのを待っている。もう、バレてたんだろうね。
私は観念して仮面に手をかける。
「お姉ちゃん!」
やっぱり。といった表情のリナちゃん。
ちょっぴり怒ってる。
「あ、おひさしぶり、です」
「久しぶりじゃない!何で全然帰ってこなかったの!?私、お姉ちゃんが、うぅ」
「その、色々あって」
怒ってるやら、泣いているやら。
やっぱり心配かけたよね。約束も大分遅くなったし。
どうやって宥めようかと思ったところに、女将さんことイミナさんがやってきた。
「取り敢えず冷めるから食べちゃいな。リナは少し落ち着くまで裏行こうか」
「でも‥‥‥わかった。お母さん」
絶妙に気不味い空気の中、食事した。
ほぼ私の所為なので文句は言えない。寧ろ言われてもおかしくない。
噂をされてる様な気がしてしまう。
「美味しいこれ。見たことない草だけど。この謎肉もイケるね」
こんな状態でも一切気にせず食事を取るフユ。その太い神経はどうやったら身につくのか。ちょっとだけ羨ましいと思う。
何とか食事を終えたところで、椅子を持ったリナちゃんが、私たちのテーブルに来た。
そして始まるのは尋問たいむ。
「どうして顔を隠してたの!」
「だ、だって。リナちゃんが怒ってるかもだし」
「怒ってないよ!」
そう言ってテーブルを叩くリナちゃん。
怒ってるよね。
「このひと誰!?」
「んお、私?」
怒りの矛先は、私から、フユへ。
フユも急に睨まれるとは思ってなかっただろうから少し動揺してる。
そしてまた、こっちに帰ってきた。これが修羅場と言うのだろうか?
「あ、私の姉」
「そうそう。イヴの姉。フユって呼んでね」
「い‥‥‥ゔ?」
「私の本名。イヴって言うの」
「嘘!お姉ちゃんの名前はクロだもん!」
ど、どうしよう。嘘は吐いてないんだけど信じてくれない。
「お姉ちゃんどろぼう」
フユとリナちゃんが物凄く険悪に。
何故かフユは笑ってる。それが余計にリナちゃんの怒りに触れてる。
元はと言えば、私がすぐに帰って来ていたらこんな事にはならなかったので全部私が悪いのだ。
こうして。
フユVSリナちゃん戦争が勃発したのであった。
どのタイミングで帰っていても結果は大して変わらないでしょう。
フユを連れている時点で。
もし、フユに読心が無ければ、売り言葉に買い言葉で大変な事になっていたかもしれません。流石のフユでも泥棒呼ばわりは怒るので。
因みに、アイちゃんを連れて来ていたら、正論を遠慮なくぶつけるので、もっとやべえ事になってました。
最善は少女単体ですね。修羅場は避けられませんが。