二百七十三話 裁縫ガール③
店長からの贈り物を姉妹が持った状態で、お店のさらに奥へ消えて片時。その間、店長は目に見えて落ち込んでいた。
店長は基本的に明るいイメージがある。
仕事熱心で、丁寧な人で、防具にもその心が現れている。かの様な仕上がり。
だからこそ、商品が気に入らないとケチをつける様な人を見たのは初めてだった。
「何がダメだったんだろうか」
店長は寂しそうに問いかける。
誰にでもなく、恐らくは自分自身へと。
自分は答えられなかった。物の良し悪しを判断する程の知識も経験も無いから。
そんな自分が、強いて思った事と言えば一つ。
それは、女の子っぽくないところ。
外套に仮面に色は黒と赤。なんとなく小さな女の子が気に入るものではないと思う。
なんとなく頭の中であの少女が着てみた姿を思い浮かべる。
‥‥‥アレ?意外と似合う?
そうかアレだ。美少女なら何着ても似合うとかそう言うヤツだ。
でも仮面はちょっと。折角の美少女が顔を隠すのは勿体ない。外套で全身を覆ったら、性別も分からなくなるし。
「ただの刃物程度なら防げる様にしたんだがそれでは足りなかったのかな」
てんちよう?
なぜ女の子にそんな物をプレゼントしてるんですか?
「外套は断熱性を高めて、雨水を弾く様な特殊なコーティングをして、それからナイフを内側に収納出来る様にしたが、それだけではやはり足りなかったのか」
あっ、断熱性と水を弾くのは素直に嬉しい。
ですけど、一旦刃物系からは離れません?
「仮面は通気性を確保する為に目に見えない程小さな孔を沢山手作業で空けたが、やはりもっとオシャレに凝るべきだったか」
う、うーん?何か微妙にズレてるような。
「剣を弾く防御力よりも、ツノをつけたりもっと恐ろしさを感じる表情にしておけば良かった。敵が見たら怯む様な」
敵って何ですか!?
そもそも仮面にも防御能力を付けてるんですか?
てんちょおのオシャレ感はちょっと独特の様ですね。
そもそもこのお店自体が独特だもの。自分の実家はこのお店よりはオシャレにこだわっていたけれど、ここは防具店だから。見た目よりも実用性が大事だよね。
「あっ、そうだセリーヌさんは何か意見とかないかい?ルビー君が気に入らなかった理由は何か思い当たるかな?」
そう言われても。
うちの実家だって実用性重視だったから。
お父さんに「もっとデザインとか工夫しようよ」って言っても聞かなかった。
それであっけなく家出ってね。どっちにしろ家にはいられなかったからね。
「そうですね」
「何でも言ってくれ」
「急に衣装一式渡されても困ると思います」
「ぐッ、」
「気持ちはありがたいんですけど、店長の作った服ってその、何と言いますか」
「な、なんだ。何があるんだ」
前々から思っていて、言いづらかった事がある。それを少し溜めて解き放つ。
「高いんですよね。お値段が」
「それはその。仕方ないんだ」
「勿論ボッタクリとは微塵も思っていませんけれど、アレ一式幾らです?」
「うっ、その。‥‥‥金70くらい」
「流石に女の子が買える物ではないですよ。自分ですら、それだけ纏まった大金を一度に見る事なんて滅多に無いんですから」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。そもそもアレはルビー君に無料であげるつもりだよ」
「えっ!?あんな代物をタダですか!?」
「あっ、やはりショボいかな」
「そうじゃなくて。そんな高級品、無料で貰える訳ないじゃないですか!?」
少女が箱を開けて中を見た時はとても目が輝いていた。宝石に光を当てた時の様に、その輝きは乱反射して鮮やかだった。
でも何故か、みるみると彩りは陰を帯びていった。
多分あの装備が高級品だと理解して、受け取れないと判断したからだろう。今思えばそんな反応だった。
「で、でも。ルビー君にはお世話になったし」
「普通の人なら遠慮しますよ」
「そうかぁ」
また店長は落ち込んでしまった。
少し言い過ぎたかと後悔した。店長は命の恩人でいつもお世話になってるのに。
店長は優しい人だから、つい遠慮という物を忘れてしまうのは反省しないと。
結局また互いに無言になる。
するとそのタイミングを見計らったかの様に姉妹が戻って来た。
「おまたせ」
「あぅ」
「はい、仮面は外す」
「でも、恥ずかしいよ」
完全装備の少女が現れた!
けど仮面を着けているので性別が判りづらい。辛うじて声で妹さんだと判別がつく。外套を閉じていたら尚更わからない。
渋々少女は仮面を外す。
まあ、予想してた通り。少女だ。
少女は怯えながら店長に話しかけた。
「いくらですか?」
「うん?何が?」
「あの、おねだんは」
「あっと、えー、うーん」
急に悩み始める店長。
「じゃあ、銀貨一枚で」
「えっ!?や、安い。あでも、実は」
「ん?」
「その、お金なくて」
「そ、そうか!?なら仕方ないな!じゃあタダにするよ」
「ええっ!?そんなの受け取れないよ」
「いやいやいや。あっ!よく似合ってるよルビー君。いやー、服も外套も仮面も喜んでるよ!」
「え、あ、でも」
「丁度貰い手を探してたんだよね。本当にルビー君は良い時にきてくれたなあー」
店長が棒読みで喋ってる。
そこまで言われたら受け取る以外ないよね。
コレが客商売のコツなのかも?
いや、うーん。違うかな。
「ほらね?これでも受け取れない?」
「でもぉ。金貨70枚」
「なっ、なんのことかなあ」
バレてるし。ルビー君の商品に対する眼はひょっとしてスゴイ?
店長と少女が装備の押し付け合いを始めた。けれどもう既に装備を身につけている少女が不利。割合に表すと10対0くらい。
「あー、セリーヌさん。また今度からで良いから下着とかも扱って欲しいな。ここのお店極端に女性物が少ないし、下着が全く無いからさ」
「あっ、かしこまりました。また店長に言っておきます」
「うん。店長好みの下着とかも聞けるかもだしね?」
「えっ!?どう言う意味ですか!?」
「さあねー。ま、がんばれー」
質問の意味を訊ねたがフワフワと躱された。
どこか揶揄われている様な気がしてならない。なんとなくその目に見られると、全てお見通しだと言わんばかりの雰囲気。よく観察すると、その瞳の奥には冷たさを感じる。
そんな姉妹達との初めての交流は、賑やかな店長達を眺めながら、暫しの時を楽しむのだった。
次の章の展開を少し。
戦争を題材として使うので、平和主義の方は余り面白くないかもですね。
予め書いておくと、三姉妹はフユだけがやや交戦的ですね。
イヴ→非交戦的。攻撃されるまで、もしくは指示されるまで戦わない。家族好き。
アイ→結果主義。必要と有れば武器を取る。敵は赦さない。無益な殺傷はしない。命よりも家族の利。
フユ→直感的。難しい事は考えない。嫌な予感はその芽ですら潰す。倫理観は感情に左右される。家族を守る事が全て。