二百七十一話 裁縫ガール②
店長が現れてからは、出来るだけ公平になる様に説明をした。けれど事の発端は、他のお客さんが姉妹に陰口を叩いた事が原因だった。
女性はただそれに怒っただけなので悪い所は無い。
幸い、手は出ず争いと言う程でもなく。ただの睨み合いで済んだから。
寧ろ自分がお客さん同士の喧嘩をくい止めなければいけなかったのだ。
少なくとも自分はこの姉妹を庇う義務があった。
「そうか。まあ大事にならなくて良かった。お嬢さん達も済まなかったね」
「いーよ。店員さんは別に悪くないからね」
白色のお姉さんの方にそう言ってもらえた。とてもありがたい事に。
今日まで数多くの冒険者を見る機会があった。当然怖そうな人も何人かはいた。いたのだが、その誰よりもさっきのこの白い人は恐ろしかった。
命の危険を感じた。今はその気配はないけれど、寧ろその豹変っぷりが恐ろしい。
「済まなかったね。お嬢ちゃん」
店長が膝を折って屈んだ。
少女と目線を合わせて改めて謝っている。
それを見た少女は、このまま姿を隠したままは流石に失礼だと思ったのか、おそるおそる店長に顔を見せた。
笑顔で少女に語りかけた店長の顔が固まる。
確かに吃驚するくらいの美少女だ。羨ましさすら通り越して神々しさすら感じる。
同性の自分ですらそう感じるのだ。店長の顔が固まるのも仕方ないのもわかる。
しかしながら固まった時間は一瞬だけ。店長はとても優しい笑顔で少女を見つめた。そして同時にその笑顔が自分以外に向けられているのが少し羨ましく感じてしまった。
湧き出た嫉妬心は首を振ってかき消す。
そもそもこんなに幼い少女に対抗心を燃やしてしまう自分自身に対して、情けなく感じてしまい嫌になる。
気を取り直して一呼吸。我を取り戻して正面へと向き直る。
すると少女のお姉さんと目が合った。
それはまるで、こちらの一挙手一投足を観察している様にも見えた。
微笑みを浮かべているのが何となくそんな風にも見える。
目が合ったら心が見透かされている様な気がして、そんな事がある筈も無いのに思わず目を逸らした。
実際。
姉の方もとんでもない美人で眩しくて見れないのが理由だ。目のやり場に困るくらい魅力的だとも思う。同性の自分ですら。
もしもこんなのと勝負する羽目になったら勝ち目がない。
そんな絶望感に打ち拉がれる思いだ。
自分で勝手にダメージを受けて満身創痍に。
まだそうと決まった訳でもないのに、頭の中ではこの姉妹を危険人物と認定した。
特に姉の方に言い寄られて落ちない人なんていないだろう。しかしそんな事で引く事は出来ない。
守らなきゃ。店長は私の手で。
燃えた。燃やした。自分の心を。
かなりの時間。考え事をしていた。
その所為もあってか、店長と少女が会話をしていたのが全く耳に入っていなかった。
我を取り戻したとはいったい?そんな感じ。
「ルビー君。少し待っててくれ。渡したい物があるんだ」
「うん」
気付いたら店長は足早にどこかへ行ってしまった。
そして取り残された私は、姉妹に対してどうにも後ろめたい感情があって居心地が悪い気がする。
だがその感情も自分が勝手にそう思っているだけなのだろうが。
沈黙は重くのしかかり雰囲気が悪い。
そんな状況下で一人、口を開いた。発された言葉は気楽そうな声だった。
「あー、その。手を出すつもりはないから」
重い沈黙を割って唐突に言葉が。
何を?
そもそも誰に?
「何が?」
妹も自分と同じことを思ったのだろう。
姉に質問をしている。
「いや、ねえ?人の恋路を邪魔するつもりはないよって」
「コイジ?」
「ね?おねえさん」
急に何を?
こちらを見て微笑みかけてくる。
え、まさか。いや。まさか。
まるで「全部わかってますよ?」な表情。
「むぅ。わかんない」
「あ、ごめん。えっとね」
わからないことだらけの妹が頬を膨らませた。それを慌てて宥める姉。
「このおねえさんには好きな人がいるんだよ。それが何と驚き、店長さん」
「え?」
笑顔の姉と不思議そうな表情の妹が同時にこちらを見つめてきた。
「ええ!?」
「な、なっ、何を!?」
そ、そ、そんな。好きだとかそんなまさか。
どちらかと言えば尊敬で、お世話になってるのは間違いないけど、そんな特別な想いがあるとかではなくて。
「いやー、わかりやすいなぁ。恋する乙女ってのは輝いてるものだね」
「リドさん優しいもんね」
「まあ私は興味ないけどね。可愛い妹がいるから」
そう言った姉はひょいと妹を抱き上げた。
「むう。べたべたしないで」
「あ、あぁ。ごめん」
姉の顔に手を押し付け頬の触れ合いを未然に防ぐ妹。防がれた姉は少し、いや、かなり寂しそうに謝る。でも抱きついた手は離さない。
「人前だと恥ずかしい。あとそういう雰囲気じゃない」
「つ、つまり、人前じゃなくて、良い雰囲気の時ならおさわり自由って事!?はあはあ」
「‥‥‥ふゆ」
「なになになに??」
「気持ち悪いと思う」
的確に、そして確実に姉に致命傷を与える一言を放つ妹。
姉の背後に「ガーン!」という文字が浮かんだ。‥‥‥様に見える。その証拠に妹を手放している。
深傷を負った姉は両手を床につき地面と睨めっこをしている。
しかしそんな姉を無視して、今度は自分に話し掛けてきた。
「うちのお姉ちゃんはあんな感じ。だから無視していいよ」
「え、えぇ?」
何だか先ほどはとても危険に思えた人物だったが、妹の一言で項垂れている事で、何となく親近感を覚えた。
過保護的な姉に対し、少し背伸びをしようとする妹。と言った様な構図の姉妹の関係性が垣間見えた気がして少し微笑ましく感じる。
しかし、本当に可愛らしい女の子だ。
改めてじっくり観察するととてもそう思う。
「リドさん良い人だよね。私、たくさんお世話になった」
そして急に少女の口から飛び出す店長との昔話。
初心者冒険者として働き始めた女の子。
勝手の分からない街で働き、色々トラブルに巻き込まれたり、それらを避ける為に変装をしたりと頑張っていた。
その当時は姉とも離れ離れで孤独だった。家族もいなくて頼れる人もあまりいない状況で、何から何までお世話をしてもらった。それが店長だった。
気付けば少女を撫でていた。
「あの、何で泣いてるの?」
「うぅ、健気でめっちゃ良い子だぁ」
一昨日。店長から聞かされていた。
少女の面倒を見ていた時期があって、その当時は客入りが一日あたり一人とかだったとか。特にこれと言った理由があった訳でもないが、とても寂しそうな少女の面倒を見ていた。
それこそ理由は気まぐれ。
お店をギリギリやっていけるか潰すかしかないくらいしか収入がない時期。店を畳む事も考える程、荒んでいた。
しかしその状況を変えたのが少女で、店長は思わず声に出した。
「僕にとっては女神様だよ。僕を救ってくれたのは小さな小さな少女。それは」
「ルビー君。って、あれ?いつの間に仲良くなったんだろうか?」
「てんちょおー。私、誤解してましたぁ」
「えっと」
「イヴがとられた」
箱を片手に担ぎ戻って来たらよくわからない事になっていた。
そこにいたのは三者三様。
戸惑う少女。
やや不機嫌そうな乙女。
号泣し、少女を撫でる店員の姿。
それらが混沌とした状況を作りだしていたのだった。
店長VSガールズ。
着実に外堀埋められそうな感じ。
ワー、コンゴノテンカイドーナルンダローナー。