二百七十話 裁縫ガール①
何気ない日常。とあるお店で、いつも通りの支度を済ませて働いていた。
このお店の店員として雇われ半年。最初はなんとなくこのお店で働き始めた。
繁盛店として名が知れ渡り始めていて、将来性が有りそうな気がしたのが、この店を選んだ理由としては大きいだろうか。
勿論考える事は皆同じで、争奪戦だった。沢山の人たちが挑み散っていった中に選ばれたのが自分だった。
‥‥‥と言うのは嘘で、偶々道すがらの看板に書いてあった募集を見て興味が湧いたから。
店長から募集している理由を聞いた。どうも猫の手も借りたいくらいに忙しいからだと。
それに対して聞き返された。自分は何故来てくれたのかと。特に隠す理由もなかったのでその質問に答えた。
元々自分は裁縫屋の娘で、見習いとして働いていた。それを伝えたら即決だった。
どうせ家業は継げないから家を出て、ゆくゆくはどこか住む場所と働き口を見つけないといけなくて、方々を彷徨っていたのが良かったのだろう。結果的には。
そんな自分を拾ってくれて、仮住まいまで与えてくれた店長。日々忙しい毎日を送りながらも笑顔を絶やさない素晴らしい人だ。
店長を見ていると自分も頑張ろうと思える不思議。
厳しい実家と違ってとても温かい職場だ。
自分の主な仕事は接客だ。
元々は実家で経験があった部分なので、自分の中では得意だ。
一応出来ると言っても良いとは思う。店長にも褒めて貰えたお墨付き。店長以外には褒められた事なんて無いけど。
このお店の客層は大まかに分けて二種類。
冒険者と言う名の男性が殆どを占める傭兵稼業の人達。あとこの街の住人。
冒険者の方達には防具を売る場合もあるが、大体は防具の修理依頼なので、依頼を店長に伝える事が多い。基本的に店長は工房に引き篭もるのが殆どだ。
物の状態とか判別出来ないけれども、取り敢えず引き受けて番号を振る。そこに細かな依頼メモを貼りつけて、お客さんには先程割り振った番号と同じ紙を手渡す事になっている。
実際誰でも出来るし、私じゃないと駄目なんて事もないだろう。しかし、そんな自分に言ってくれた言葉はとても嬉しかった事だけはよく覚えている。
自分がここで働く以前は依頼を受けきれなくて、依頼を断る事も少なくなかったと言っていた。
今は来る客拒まずで、数ヶ月先まで予約がびっしりと詰まっている。予定表を見せて貰った時には驚いてしまったものだ。
それでも随分楽になったとは言っていたが、きっと店長なりの優しさで、私に自信を付けさせようとしてくれたのだろう。
事実。その一言が嬉し過ぎて、今でも時折思い起こす事が多々ある。
とは言え幾らなんでも流石に忙し過ぎると思った。なので店長が仕事に専念できる様にする為に、色々な雑務に手を出した。具体的には片付けとか。勿論勝手にやる訳にはいかないので許可は貰ってから。
そして一昨日。
倉庫の整理整頓をしていた時。
隅の方にあって目に付かない綺麗な箱があった。中身が気になって開けてみると、そこには綺麗に収納されている子ども向けの衣服があった。
しかし、衣服というのは間違いで、裏地を見ると金属の装飾がされてあったので、これは正確には防具だ。
他には仮面と外套があった。かなり小さめの。
店長の子ども?と考えた。
明らかに他の防具類と比べて扱いが丁寧だからだ。それこそ大半が煩雑で、箱の中に入れてあるなんて事すら無い剥き出しで置いてある状態。
そんな状態の物が多いからこそ、自分は倉庫を片付けようとおもったのだから。
つまり誰か大切な人が居る。
この防具のサイズは子ども向け。という事は。
店長は妻子持ち?
一瞬。頭の中が真っ白になった。
思考が止まって茫然。取り敢えず広げてしまった服とかを畳んで元に戻そうとした。
すると突如、背後から声が聞こえた。
「ん?それは」
いつの間にか店長が居た。
倉庫の中に人が入って来たのすら気が付けないほど我を失っていたのか。
「あの、店長。これは誰の物ですか?」
誰の物なのか。何となく察しはついている。ついてはいるが聞かずにはいられない。
少し逡巡後に語られたのは想像の通りだった。
早朝のラッシュを切り抜け一息ついた所。
余裕が生まれた為、少し物思いに耽っていた。一昨日の事を。
仕事中に思考に囚われ注意力が散漫な状態。
そんな状態に陥っていた。それもあってか、一人の子どもがお店の内部に侵入しようとしている事に気がつくのが遅れてしまった。
慌てて駆け寄り注意した。
「コラ!」
「ひゃいん!?」
ぴょこん。
と聞こえて来そうな飛び上がりと共に、その子どもはこちらを振り返る。
その顔をよく見るとその子どもは少女だった。しかも驚くほど整った顔立ちの。
そんなに怒っているつもりはないのに、会話をすればするほど涙が浮かんでいる。
か弱く儚さ纏う可憐な少女。そう見える。
湧き上がる罪悪感を仕事だから仕方ないと押さえつけて注意する。
そもそもこんなに気弱な少女なのに、保護者はいないのかと疑問に思った所で、姉と名乗る人物が少女との間に割り入って来た。
そしてこれまたとんでもない美人。白一色のかなり目立つ存在感で、少女はその後ろに隠れてしまった。
ただ、ちょこんと半身だけ出して覗き込んでいるのが、何とも言えない感情を生み出す。
手を出して触れてみたいと思うが、益々怯えさせてしまいそうなので我慢。
取り敢えず仕事をしようと思って代わりのお姉さんに用件を伺うと、仮面を求めているらしいのだ。
けれどこのお店では扱っていない。特注で店長に頼めば出来なくはないけれど、それも聞いてみないとわからない。
なのでやんわりと「無いよ」と伝えた。
すると姉妹が悩み始めたので、改めて目の前の二人を観察した。
裁縫屋で働いていたから判るが、目の前の姉妹の服装は間違いなく高級品だ。それこそ貴族向けの、値段対効果を無視した品物。
そんな子どもが盗みを働くのかどうか。と言うかこのお店に貴族が来る事は余りに珍しい事にも疑問を抱いた。
色々と考えていたら一悶着があった。
自分は何も出来なかった。他のお客さんが少女を馬鹿にした途端。凍りついた様に空気が固まり、本能が危険を訴えている。
とても目の前の女性を宥める勇気が湧かない。もしも何かを言って睨まれたらと思うと声が出ない。
それ程までに恐ろしく冷たい。
どうか何事も無く過ぎ去って下さい。
そう祈る事しか術がない。
しかしその危険な状態を収めたのは先程まで隠れていたか弱そうな少女。
少女はもう一度時間を止めた。少女が持つありったけの魅力を姉にぶつけた。
凍った時は弛緩し動き流れる。
まるでさっきまでの事が嘘だったかの様に。
慌てて周囲に仲裁をした。が、店員としては失格。一歩間違えば大変な事になっていたのを、少女が一言で全体を宥めたのだ。自分は何もしていない。
そして異変を感じ取った店長が出て来ていたので、重い気持ちを引きずりながら事情を説明するのだった。
数話は裁縫ガールのお話です。
えっ!?アイちゃん出番無し!?
次の章で主人公並みに活躍するから許して下さい。
ありがとうございます。