二百六十九話 買い物デート
随分と昔に、よく入り浸っていたお店がある。昔と言っても精々一年前程度だけど、それまでの間色々な事があって、感覚的にはかなり長く行っていない気がする。
そのお店の名はリド防具店。
もしもこの一年と数ヶ月の間に何事も無ければ、この街にある筈のお店。
今、私は少しだけ心配している。それは何故か。
昔、通っていた頃。あのお店はお客さんが少なかったから。
「今にも潰れそうって」言ったら悪いけど、私以外のお客さんは殆ど見かけなかった。良いお店だったのは確かだった。だからこそお世話になった人のお店が無くなっていたらとても寂しい。なので凄く心配している。
そんな感情でお店に向かったら、かつてそのお店があった場所はかなり変わっていた。
大きな建物があるだけ。そこに看板が貼り付けてあって、看板には「リド防具店」と書いてあったのであのお店で間違いないはず。
但し、動揺は隠せない。かつて客入りが誰の目で見ても少ないと見て取れるぐらいのお店だった。
例えるなら何処にでもある様な個人商店が、この街一番のお店くらいに進化している。サイズで言えば、縦にも横にも二、三倍以上は拡大してる。
明らかに大きくなってる。
「おお、でか」
「あ、あれ!?」
「このお店?」
「うん。だと思うけど」
正直自信がない。
本当にこのお店で合ってる?と疑ってしまう。ものすっごい失礼な事だけれど潰れててもおかしくないと思ってたから。
いや、勿論うれしいんだよ?
看板には「リド防具店」と書いてあるから間違いないと思う。流石に同名のお店が、かつての場所にあるのなら間違えようがない。
とは言え、怯んでいても始まらないので早速お店の中へ。
中は多くの人が、服やら防具など色んなものを眺めていた。この光景はどこか懐かしい感覚があるけれど、それが何かは思い出せはしない。
気になるその思い出(?)を振り返る様なその感覚は、今まで数多くあった。けれどそれらを思い出した試しはないので、それを無視して辺りを見渡す。
「こういうお店に来ると水着を探したくなるね。時期外れだし、当然無いんだろうけど」
「水着?」
「うん。イヴには何が似合うかな。パレオとか、それともヒラヒラワンピース系。悩むなぁ」
「そもそも水着って何?」
「そこからか。確かにこっちでは見た事ないからね」
「??」
「えっとね。説明すると水で遊ぶ専用の下着の様な衣装かな?」
「へえ」
「悩むくらいなら全部買えば良いよね。あればだけど。まあこの世界に無いなら作れば良いか。よし決めた。帰ったら作ろうね。無さそうだし」
「う、うん」
よくわからないままその勢いで押し切られて適当に返事をしてしまった。
水着なるものの説明を受けたものの、よくわからないまま、フユが勝手に一人で喋って一人で納得してしまった。
それよりもこのお店に来た目的を忘れてはいけない。
仮面、じゃない。このお店の店主さんに挨拶をする為に来たんだよね。
ざっと探したけど見つからない。どちらも。あと店内で見てない場所はお店の内部。店員さんしか出入り出来ない場所だけ。
そこに勝手に入るのは駄目なので、その入り口まで来たまでは良いが、躊躇い、何とかしてお目当ての人がいないか覗き込む。
中が見えればお目当ての人を見つけられるかもと思った。
側から見れば不審者でしかなくて、もっと言えば、子どもがお店の中に忍び込んで、悪戯をしようとしている様にしか見えない。結果。
「コラ!」
「ひゃいん!?」
「ここから先は子どもは立ち入り禁止だよ」
「す、すみません」
お店の従業員らしき女性に叱られた。
驚きの余り、私は飛び上がり変な声まで出た。
まあ別に悪い事はしてないし、これからするつもりもないよ。ただリドさんに挨拶をしたいだけだ。
何故か心の中で言い訳をした。
「何の用で来たのか白状しなさい」
「そのぅ、リドしゃんに」
心の中では雄弁に語る。実際には声には出ないけど。しどろもどろ。
まあ、いつもの事だ。そんな時に救世主が。
「あー、ごめんね。ウチの妹が」
私がまごまごしてたら助けに来てくれた。
「当店にはどの様な用件でお越しでしょうか?」
「んー、仮面だよね?イヴ」
私と店員さんとの間にフユが立ってくれたので背後から覗き込みながら首を縦に振る。
私達の言動を見た店員さんが、私を訝しむ様に言葉を放つ。
「当店は仮面を扱っておりませんが」
「えっ、あ、そうなの?」
「初めて来店した様子ですし、かと言って盗みを働く様な見た目でも無さそうですし」
「いやま、口に出すのはどうかなって。思うのは自由だけどさ」
苦笑いしながら会話をするフユ。
つまり店員さんは私を泥棒さんと勘違いしたみたい。それで叱られた。
しかしそれは違うと抗議をした。フユが。
肝心の私は隠れているだけ。何も私は喋ってない。
まあそんな感じで店員さんと争って(フユが)たら、私達に聞こえる声で文句を言う人が居た。
「ったく。最近客の質が落ちたよなぁ」
「元々、女子供が来る様な店じゃねえよな」
流石にそこまで言われたらムッとした。確かに周りのお客さんには迷惑かけちゃったけどさ。まあでも、私はそれもあって直接文句を言えないんだけどね。
しかし、私はある事を失念していた。悪口を言われたら私は我慢すれば良いんだ。それで争いは避けられる。
けど今は一人じゃない。私が我慢すれば終わりって訳にはいかない。
そう。ある事に対して見境が無くなる人が居るのだ。私に対してとても過保護で、私の事となると黙ってられなくなる人だ。
「あ?」
さっきまでのお気楽な雰囲気のフユから一転。文字通り空気が凍った。ギシギシと軋む音が聞こえてきそうだ。
完全ブチギレモードのフユ。周囲の人に牽制する様に冷たい魔力を纏うフユ。
その理由は言うまでもなく、私が馬鹿にされたから。
フユがキレた代わりに私は冷静になった。これはマズイと思ったから。本能がこのままだと危険だと訴えている。私に悪口を言った人達の安全が保証出来ないと言う意味でだ。
フユが怒ったら私でも止められないからね。
「だめふゆ」
服の一部分を摘んで静止を促した。効果が有るかはわかんないけれど、上目遣いのあざとさ全開だ。
時が止まった様な気がした。
「あーん。きゃんわいぃ」
「むぎゅ」
物凄く抱きしめられた。
少し呼吸が苦しいけど、柔らかいものに包まれて、なんだか心地が良い。よく分からない感触だ。
取り敢えず、フユの怒りは上書き出来た筈だ。
ただ、今日一緒にお出掛けしたのがフユで良かった。アイちゃんだったら私が止める前にもう動いてるだろうから。その間二発は入れてるだろうね。
間一髪セーフだね。
「当店はどの様なお客様でも歓迎です。女性だ子どもだと言った理由で入店を拒否する様な事はありませんよ」
「の割には最初から泥棒扱いはちょっとねぇ」
まあ、フユはそう言うけど、疑われる様な事をした私が悪いんだ。
私はよく分かってるんだ。フユの性格では私を優先した意見を言いがちだから。今回も庇ってくれている。
「それはその、違うんです」
フユが店員さんの揚げ足を取ってる。
別に私は気にしてないから、余り苛めないであげて欲しい。そう思って、そう言おうとして、それが出来ないまま目の前の二人を見比べていた。
するとそこに一人の男性が来たのだ。
その人は何処か優しそうな声で。店員さんを軽く嗜める。
「こらこら。騒がしいから気になって出て来たけど。ちゃんとお客様を案内してあげているかい?」
そこにはかつて、よく見知った人が立っているのだった。
お待たせしましたです。
ちょっとだけ次の章の構想を練ってました。
更新が遅れたのはそう言う事で何卒。m(*_ _)m
それまではゆったりめで行こうかと思います。
具体的には主人公が家族との時間を過ごす時間にします。