二百六十五話 すぱるたん
執務室に戻って来た。
するとそこには泣き崩れているラーナちゃんが居た。下を向いているので顔は見えないけれど、鼻を啜る様な音が聞こえるので間違いない。多分、アイちゃんが酷い事をしたのだろう。
「ラーナちゃん。何があったの?」
そうやって話しかけた。
アイちゃんを問い質しても良いんだけど、先ずは泣いている方の意見を聞くべきだと思った。なので私は両膝を床につけて返事を待った。
だけど、
「ごめんなさい。ごめんなさい。イヴ様」
としか言ってくれないので、状況を確認しようにもどうにもならない。
仕方ないのでアイちゃんから聞こう。そう考えて、今度はアイちゃんに話しかける。
多分、アイちゃんが悪い。
どんな理由があるのかも、どちらが悪いのかも分からないけれど、泣かせたのだから理由はどうあれ謝る必要はあると思う。
なので、アイちゃんに対しては、ラーナちゃんより厳しめの口調になった。
「アイちゃん?」
私がアイちゃんへと発した言葉は、短く少し怒ってる。そんな感じの想いを込めた。
「試したのです。どれくらいの覚悟があるか」
「どう言う意味?」
「この国の王女がどの程度の能力があるか、結果は芳しくなかったです」
ラーナちゃんに「そうなの?」と訊ねても返ってくる言葉は謝罪だけ。
つまり、アイちゃんのお眼鏡にかなわなかったと言う事らしいのだ。けどそれが何だと言うんだ。それならそれでこれから頑張れば良いんだ。
私だって失敗はいっぱいあるし、もっともっと勉強だって頑張らないといけない。未熟なのは私だって一緒だ。
ん?
良いこと思いついた。
私とラーナちゃんで一緒にお勉強会をすれば良いのでは?
一人でやるよりも効率的だし、何より楽しいと思う。それと頑張ればアイちゃんと仲直り出来る気がする。
まあ、アイちゃんの手間は増えちゃうけど。
よし。そうと決まれば、取り敢えず泣いてるラーナちゃんを励ましてあげないとね。
「気にしないで良いんだよ?私だってアイちゃんに怒られてばっかりだから。そもそもアイちゃんは厳しすぎるんだよね」
私が小言を挟みながらそう言うと、やっとラーナちゃんは目を合わせてくれた。
その目には遠慮の感情が浮かんでいた。けれども助けを求める様な色も見えたから、微笑んで見せた。
すると半泣きまで回復してたラーナちゃんが号泣してしまった。
やらかした?そう思った。
「イヴ様ごめんなさいぃ」
「良いんだよ。よしよし」
「うう。ぐすん」
「アイちゃんに褒めて貰える様に一緒に頑張ろうね」
「はいぃ」
ひしっと抱きつかれたので背中をさすってあげた。落ち着きを取り戻した所で、私はアイちゃんにお願いをする。
「と言うことでラーナちゃんと一緒に勉強して良い?」
一瞬。
アイちゃんの顔が歪んだ様な気がした。
それも口元が少し動いただけの小さな変化だったけれど、見逃しはしなかった。
「良いですよ。但し、容赦はしませんよ?」
その言葉の送り先はラーナちゃんへ。
震えが手に伝わって来た。
けれどこれはただの試しの言葉。いつも厳しいけれど、なんだかんだでアイちゃんは優しいので、本当に無理な事はさせない筈だ。
やる気があるかどうかが見たいんだよね?
やる気が無い人に教えるのは、流石のアイちゃんでも嫌だろうし。
「はい」
ラーナちゃんは、真正面からその言葉を受け止め言い切った。
丁度その頃にオルトワさんが来て、お茶菓子と椅子のセッティングをしてくれたので、和気藹々とお菓子を食べながら一緒にお勉強を開始したのだ。
「さて、イヴにはあまり必要無いので後回しにしていましたが、今日は王女がいるということで、政治学についてにしますか」
「お願いします。アイちゃん先生」
「よろしくお願いします」
「先ず始めにこの国の政体ですね。神権制国家と言います。所謂、宗教と深い繋がりがあり、一神教である為、主神の黒龍が第一に偉いという事になります」
「え?」
「そして龍の代理として王が実質的な統治者となっております。統治権を黒龍が王に貸しているという形の政治形態ですね」
「ま、まって!?」
意味のわからない事をつらつらと述べるアイちゃん。
龍が偉いのはまあ分かる。一応お父さんが偉かったから、後継ぎが偉いのもなんとなくね。しかしそんなに偉いなんて聞いてない。王様より偉いって事だもん。
「何ですか?イヴ」
「王様より偉いの?黒龍」
「はい」
何を今更って顔。
えっ、寧ろ理解してなかったのですか?な目。
慌ててラーナちゃんを見つめると、黙って頷かれた。
な、成る程。ラーナちゃんがそう言うなら仕方ないか。
‥‥‥てなわけあるかあ!?そんな、ねえ?
アハハ。‥‥‥面白い冗談だね。お茶が進むよホント。HAHAHA。はあ。
「まあ古いタイプの統治法ですね。しかし、この時代ならば宗教との繋がりがあるのは当たり前の話ですね」
「古いというのであれば、他にはどの様な法があるのでしょうか?」
「ん?ああ、これから話す所だ。宗教を政治から外した世俗のやり方。それとは別に国家の形とかもある。帝国。連邦とか。統治者の決め方とか、それぞれ呼び方がある」
アイちゃんは私の気苦労を放置してお勉強は進む。私も遅れたくないので気持ちを切り替えた。
正確には悩みを放置しただけ。
「どれが一番良いのでしょうか?」
「何れも一長一短だが、議会を行うのは良い事だ。しかし、それも場合によるとしか言えないが、どの法律にしても汚職や不正を無くすのが永遠の課題だ」
私とラーナちゃんが質問をしてそれに答えるアイちゃん。
政治については殆ど勉強した事ないので色んな単語を頭に叩き込む。
しかし本当にアイちゃんは物知りだと思う。このところ経済について学んだり、魔法学、他には軍事学とかも教わった。
まあ簡単な所だけだよ。少しずつレベルアップするんだ。そして頑張ったら撫でてくれるからいつも楽しく勉強できてる。
是非、ラーナちゃんにも楽しんでいって貰いたいね。
そして、数刻後。
ぷしゅー、と音が聞こえた気がした。
隣へ振り向くと机に突っ伏しているラーナちゃんがいた。
どうしたのだろうかと心配をすると、ラーナちゃんが消え入りそうな声で喋った。
「あ、あの、休憩はまだですかぁ」
ああ、なるほど。疲れたのか。
確かに言われてみれば結構経ったかな。全然気付かなかった。
楽しい時間はあっという間だね。
「まだ半分しか進んでいませんよ。この程度で音をあげるのですか」
「は、半分!?」
「あー、でもそろそろ晩御飯だね」
夕日が差し掛かりやや暗くなってきてた。
夜が来るのが早くなったので、よりあっという間だ。
「仕方がありませんね。全く、これだから人間は。では続きは明日にしましょう」
「明日!?明日もするんですか!?」
「嫌?かな」
立ち上がってドン引きな表情のラーナちゃん。
ラーナちゃんが嫌そうな反応だったので少し寂しくなっちゃった。
「嫌じゃないです」
ラーナちゃんはそう言ってくれた。顔は引き攣ってるかもしれない。
でもそう言ってくれたのが嬉しくて、その表情には気付かないまま、ついラーナちゃんの両の手を握ってしまった。
「あっ、」
「あっ」
パッと手を離して目を逸らす。何だかちょっぴり恥ずかしい。多分ラーナちゃんも同じ。
ラーナちゃんは声を震わせながら「失礼します!」とそう言い残して執務室から出ていくのだった。
この数話は二百五十三話らへんの補完ですね。
アイちゃんは身内には甘いですが、それ以外にはトコトン厳しいです。猫を被ってますので主人公は気付きませんけどね。
言葉遣いとかあからさまですし。