二百六十四話 高難度試練
「遊びに来た、か」
「は、はい」
そう言って少女の鋭い瞳が王女を睨む。
先程まではただ漏れ出ていただけの敵意が自分へと向けられ冷や汗が止まらない。
喉が渇きを訴え、目元から涙が滲んでくる様な感覚に襲われる。
ただ睨まれる、それだけで身体は音を立てて震えていた。
何が不味かったのだろう?
警戒を解く為に友達だと言った。
イヴ様との友達関係は認めないとか。それは十分にあり得る。いや、でも違う気がする。
「主要な人物については調べていた。勿論、お前のこともな」
また、お前と言われた。
「我儘で、家庭教師をクビにさせたみたいだな。勉強嫌いで有名だと記述されていた」
過去の事です。
王女の役目だと言われ嫌々やらされてた。
毎日毎日、口煩いから脅したりと色々やった。中々怯まないから気に入らなかった。と、当時の私は思っていた。
イヴ様に仕えていて、再開した時は驚いたけれど、主従の関係はなくなったので特に会話もなかった。昔よりは口煩くなくなっていたけど、今更何かを言うこともない。
「優秀ではあるが性格にはやや難あり、か」
「それが、どうかしましたか」
優秀かどうかは自分ではよく分からないけれど。
性格がどうとかは少し反論したい。誰ですかそんな事を書いたのは。
「優秀な。フン」
鼻で笑われました。
別に、自信があるわけではありません。ですがそんなにあからさまに馬鹿にされると我慢なりません。
「何だ。不満でもあるか?」
「撤回を‥‥‥求めます」
真っ直ぐと、不満を訴えました。
私は視線を逸らさなかったから、先程よりも余計に身体は震えてしまいましたが、馬鹿にされて黙っているなんてできませんでした。
「なら、示して見せろ。私に、私達黒龍に」
「え?」
黒龍?
何を言って?
黒龍はイヴ様では?
「驚いているか。話せば長くなるが、話す義理も無い。うーむ。全てを捧げたつもりが残っている。人を理解する力、まあ不要だがな。魂に焼きついた可能性があるか」
黒龍様は二人いる?
白と黒の一対という意味ではないらしい。
それなら少し気になる事がある。
序列は?
失った筈の記憶は?
確かめないと。
「質問を‥‥‥」
「断る。私に何の利益もない」
「うっ」
「勝負をしよう。お前が勝ったら許す。私が勝ったらそうだな。龍は竜聖国を捨てる」
「な、何を言って!?」
「変か?」
「お、おかしいです。何故そんな事を勝手に」
「そうか?お前が代表としてこの国の価値を示せば良いだけ。だがもしダメだったら、龍が価値の無い国に居続ける理由がどこにある?」
そんな事を決める権利があるのかと問いたい。
しかし、本当に黒龍であれば逆らう事はできない。疑ってしまって、もしも逆鱗に触れてしまったら。
それこそ捨てられるのだ。
要は試練という事だ。
断る事なんてできないし、負けるのも許されない。勝つしか無くて、勝てなければ私の責任で黒龍様に見放されてしまうのだ。
自信があるかと聞かれたら難しいと答えるしかない。
そもそも試練がどれ程の難度なのかも分からないし、普通に考えたら黒龍様から与えられる試練なんて難しくて当たり前だろうから。
「わかりました。やります。試練」
「ん?試練。ああ、そうだな。まあ間違いではないか」
覚悟を決めて、息を呑んで言葉を待つ。
そして黒龍様は机の上の一枚の紙を私に見せてきた。
その紙は王家の紋章を象った印が押してあった。内容を読み解けばこんな感じ。
貴族の要望により、竜聖国にて奴隷制を制定する案が上がっている。
それについての意見を纏めておいて欲しい。また、必要であれば王家に直接言ってくれても構わない。
と、そう書いてあった。
客観的に見たら貴族としての意見を貰いたいとそう書いてあるだけ。しかし、本当の所は黒龍様の考えが知りたいだけ。
それは何故かと言うと、こんな書類は他の貴族には送っていないから。
そもそも王家の印の押された書類は、議会を開く際の招集する時とか、その他大切な時にしか使わないから。
もしもイヴ様が記憶を取り戻したら、黒龍としての権限で、いち早く貴族の意見を握り潰せる様にと考えているらしい。
記憶を取り戻したかどうかの判断もきく。
そう、お父様とお母様が話し合っていた。
それを今、目の前に差し出された。
これは、記憶を取り戻しているのかも。私達が黒龍様を試している事がバレていて、「どう言う事だ」と問われているのだ。
そこまで考えが至れば、私から冷や汗が噴き出しているのが判るくらい、ベッタリとした感触がある。
時々思っていた。
記憶を取り戻しているのでは?と。
それを確認する為に、毎日イヴ様を観察する様にと言われていた。
記憶を失っているなら仲良くなるチャンスだと考えてしまった。
今考えればとても失礼な事だ。
「何故言わない」そう聞かれたら反論できない。これは黒龍様への不義ではないのか。
試練とは。
それをどう考えているのか。
そう問われているのだ。
嘘を吐くのか?
気付いていませんでした!と。
謝れば許して貰えるのか。
ああ、成る程。とても厳しい試練だ。
気付いたら涙が溢れてくる。
私は友達だと言ったけれど、友達なのに隠し事をしていた。その礼儀を欠いて、それに気付いていてなお、優しくしてくれていた。
私は裏切っていた癖に。
「では問う。この奴隷制。制度の可否の利益と不利益をそれぞれ説明しろ」
試練の内容は、私を問い詰める様な事ではなかった。けれど、恐らく私の罪は気付かれているのだろう。
怒っていたのもこれに関係すると思えば納得。許して貰えないのは確定だ。
それを証明するかの様にこの問いは明らかに難しい。
要は四択の答えを出せという問題。
可決した時の利益、不利益。
否決した時の利益、不利益。
三つ迄は分かる。否決した時の利益なんてあるのだろうか。
「利益は労働力の確保」
「他は?」
「奴隷の反乱などの危険」
「あと二つ」
冷たい声で早く答えろと催促される。
私がスルスルと答えられるのには訳があって、事前にお父様達が話し合っていたから。それをなんとなく聞いていて、覚えていたから。
「貴族の反発」
「ふむ。もう一つだ。思ったよりは優秀だな」
皮肉が飛んでくる。
そもそも答えなんて無いのでは?
私を負けさせる為の予定調和ではないかとさえ思える。
あと一つが出てこない。このままだと私の所為で黒龍様に捨てられる。
「終わりか?」
「ぐすっ、ひっく」
「王女ともあろうものがこんな事も分からないのですか?」
「す、すいま、せん」
無理だった。どうしても最後の一つが出てこなかった。
私にこの試練は難し過ぎた。
つまり友達である資格なんて無かったんだ。
その時ポキリと何かが折れた。
しかしタイミングの悪い事にイヴ様が戻ってきた。情けなくて顔を合わせられず下を向く。
ただ、目も合わせずに謝る事しかできない。
そんな私を心配してくれるイヴ様に対し、益々涙を溢してしまうのだった。
読んでくれているみなさまへ。
誤字脱字報告など、コメントなどなど大変助かっております。
拙い文章ではありますが読んでくれている方がいてくれるのも大変嬉しく思っています。
お礼を言いたいなと思っていたのですが、言えておらず、この場を借りて言わせてください。
‥‥‥書かせてくださいの方が正しいですかね?
改めましてありがとうございます。m(*_ _)m