二百六十二話 少女と王女
一人。
金の髪の女の子は姿勢を正して椅子に座っていた。
「王女様。最後の人が出て行かれた様です」
王女と呼ばれた人の背後に誰かが立っており、その人が一言告げた。
それを聞いた王女は「ふう」と溜息を吐いて少し姿勢を崩す。
「やっと終わりですか」
「その様な事を言っては」
「分かっています」
王女に物申す。言い切る前に遮られるが、それに対してのこれ以上は発言しない。それは当然の事で、従者という身分であるその人が、王女に対して余り過ぎた事は言えないのだ。
それならば、従者としてのそもそものこの一言が余計と言えばその通りだが、これはほぼ毎日の習慣みたいなものなので、王女も言われるのが分かっていて敢えて言っている節がある。
「念の為確認しておきますが、今日の予定は?」
「特にはないみたいです。本日も?」
「ええ。そうします。いつも通り城に戻って構いませんわ」
「承知しました」
王女と従者が二言、三言、会話をする。
そして従者は一つお辞儀をしてこの建物から出て王城へと帰っていった。
王女は建物、もとい教会から出てすぐ近くの建物を目指して歩く。時間にして5分程度で着くその建物は言うなれば屋敷。
「リベリオン公爵」と書いた標識があるとても豪華な屋敷。
だが警護の騎士のいないその屋敷は、何の苦労もなく一人の女の子の侵入を許す。
王女は玄関に辿り着きドアノッカーを鳴らした。
しかし特に人の気配を感じなかった為、扉を開けて中に入っていく。
一切の迷いを感じさせない足取りである部屋へと向かう。到着したら一つ深呼吸を置いてから扉を開けながら言葉を言い放った。
「お邪魔しますわ!」
お目当ての人はいつもそこにいる。
今日もそこにいた。
出入り口から一番奥の席に一人の少女が座っている。
いつも私が勝手に部屋へとお邪魔すると笑顔で出迎えてくれる優しい少女。
しかし、今回はいつもと違って一瞥くれただけで、すぐに手元の書類に視線を戻した。
この時少しだけ違和感を感じた。
あれ?どうしたんだろう。いつもなら歓迎してくれるのに。機嫌が悪いのだろうか?
例えば悩みとかがあるとか。
それならばそれとなく会話をして、悩みを聞いて解決してあげるべきだと思った。
何故ならば私はイヴ様の親友だからだ。
そう思って話しかけた。
「イヴ様。ご機嫌はいかがですか?」
話しかけたが返事はなかった。
代わりにもう一度視線が注がれたが、どうもいつもと雰囲気が違う気がしてならない。
人違い?そう思ってしまう程に。
よくよく観察してみると目の色が違う。両方とも赤色ではなかった筈だ。
それに微妙に髪色も薄い気がする。いつものイヴ様なら漆黒とも言うべき濃い色で艶のある鮮やかな髪色だ。
どれくらい観察していただろう。
時間も忘れていた頃に、ある一言で現実へと呼び戻された。
「何の用だ」
「へぁ」
「イヴは今、此処にはいないぞ」
イヴ様なら目の前にいる。
だがどうやらそういう事ではなさそうだ。
ではいま目の前にいるのは誰なのだろう?
他人の空似?それにしては似過ぎている。
互いに無言で見つめあって時間が経つ。
色々と気になる事があるので質問したい。
イヴ様との関係は?とか。
あなたはどこのどなた様ですか?とか。
見た目はイヴ様そっくりなのに何故か気さくに話しかける事が出来ない。いつものイヴ様なら柔らかな空気を纏っている。しかし時、偶に機嫌が悪い時とかは刺々しい場合もある。今が正にそれに近い感覚。
言葉を出せずにただ見つめるだけしか出来ずにいた時。背後から声が聞こえた。
「おーい、アイちゃん開けてー」
背後にあるのは扉。出入り口。
喋ったのは扉ではなくその更に奥に居る誰か。
本物のイヴ様だ。声だけで理解る。
「どうしたんですか?」
「手が空いてなくて。扉開けてほしいー」
「そうですか。すぐ開けます」
視線を戻すとアイちゃんと呼ばれた人と目が合った。その目には「退けて」と書いてある。
慌てて道を譲ると、手に支えられた大量の本が山積みになって運ばれて来た。イヴ様が両手で抱えて持って来たのだろうが、かなりの高さまで積み上がっていて、前は見えてない事は容易に想像がつく。
ふと本が床に落ちているのに気がついた。運んできたものとは別の、元々床に置いてあると言えなくもない物だ。それに向かって進むイヴ様。
それを蹴って躓く未来が見えた。
「危ない!」と危険を促す事も、それを除去する事も間に合いそうに無かった。
転ぶと思ったけれど、それを直前にするりと回避し、何事も起こらず。
そして執務室の机の隣に音を立てて床に置いた。
「何もこんなに一遍に運ばなくても」
「えへへ。力持ちでしょ?」
「ええ。素晴らしいですね」
自慢するかの様に両腕で力こぶを作って見せるイヴ様。とても柔らかそうで残念ながら筋肉はなさそう。
寧ろ私よりも細い腕のどこにそんな力があるのか聞きたい位だ。まあ恐らくは魔法とかでしょうか。
機嫌が良さそうなイヴ様は、もう一人のイヴ様に頭を撫でられていてより一層嬉しそうだ。
「あの、イヴ様」
「ん?ふぁ!?ラーナちゃん!?」
挨拶をしようと思ってイヴ様に話しかけたらとても驚かれた。私がいたのに気付いてなかったみたいで少し悲しくなった。
「お邪魔してます」
「い、い、いらっしゃい。え、えへへへ」
イヴ様が動揺してる。
顔が少し赤い気がする。
私とお話ししている時はそんな表情しないのに。この人と仲が良いんですね。
何とも言えぬ感情が生まれ、再びイヴ様のそっくりさんを観察してしまった。向こうも見つめてきたので、目を逸らせずに互いに見合った。
「え、えっと。会うのは初めてだよね。私の双子のお姉ちゃんで、名前はアイちゃん」
「‥‥‥アイです」
「それで、こっちがラーナちゃん。この国の王女様」
「ラーナ・メア・ドラグニカ・レイナです」
「あぁ、お前が王女か。見たのは初めてだったな」
初めてでした。
会ったのがという意味で無く、名前以外の、更に言えばお前と呼ばれたのが初めてだった。
これ程までに失礼な物言いをされたのは経験がなく、ムッとした。
益々睨み合いは続き、互いに一歩も引かない水面下の争いが勃発したのだった。
ばちばち。
誰に許可取ってうちのイヴ(様)に話し掛けてんだ。状態ですね。
譲れぬ戦いです。止める為には中心人物が
「私の為に争うのはヤメテ」
と言わなければ収まりがつきません。
さて。王女のミドルネームですが、国の神として崇める龍から名を拝借してる的な設定です。
かっくいいですね。
主人公の場合は龍本人なので借りる必要なし。的な設定もありますですね。