二百五十一話 おかえり
空を飛んで少し。周りの景色はあっという間に流れ、気付けば国へと戻って来ていた。
私は特に何の気も無く、フユに話し掛けた。
「早いね」
「ん?」
「もう着いちゃったから」
「空を飛べば5分以内。だから何処へだって行けるよ」
自慢げに笑うフユ。私も一応空は飛べるんだけど。
でもまあ多分、頼られるのが嬉しいみたいなので黙っとく。
私を運んでくれるのは素直に有難いので今後もお願いしようかな?私より早いし。
「んー、じゃあまたお願いね」
「勿論!」
迷惑かなとも思ったけど、フユは本当に嬉しそうな笑顔だったので、私の答えは正解だったみたい。
もしかすると今まで機嫌が悪かったのって、フユを頼らなかった事が原因だったりするのかな。
でも、私の仕事だし‥‥‥あ、この考えが良くないんだね。思い起こせば若干思い当たる節がある。フユが怖いのでは無くて、私が地雷を踏んでたのかな。そんな気がして来た。
「どしたの?イヴ」
「は!つい考え事を」
「ほらほら行くよ。準備は出来てるんだから」
「そ、そうだね」
変なおじさん。あの人に頼まれた物は手に入った。これでアイちゃんの身体を作ることが出来るって言ってた。
この間はつい感情で無視しちゃった。でも、仲直りしたい。
怖かったってのもある。また騙されるのかもって思っちゃう。けど、信じたいんだ。いっぱい助けて貰った。その恩を返さなきゃ。
もう嘘でも何でも良い。例え、裏切られたとしても。
少女は雫の入った布袋をぎゅっと握りしめた。覚悟を固めた意思は目にも宿り、乙女と共に錬金術師へと貸し与えた部屋へと向かう。
普段の気弱な、ハの字模様の眉でさえも上下逆転して、少女の意思はその小さな身体を運んで行った。
少し時は遡り‥‥‥。
二人の女性が会話をしている。
小さな女の子は正座を。もう一人は胡座を。座り方一つで性格が読み取れる。
丁寧な口調の黒髪少女。瞳は両目とも赤色。
片やもう一人は言葉遣いに一切の気を使わない乙女。銀とも白とも言える髪を下げ、青色の瞳以外は全身が白。若干冷たい印象の雰囲気。
「てなわけで、困ってるんだよね」
「それは‥‥‥私からは何とも」
「いやさあ、ずっと仕事してるんだけど、何とかならないの?早くアイちゃんを起こさないとだし」
「それなら尚更、私からは何とも。裏切っておいて、私の為になんて、とても言えません」
「それは仕方ないとしてさ、何でこう、もっと我儘言わないわけ?」
「私には、その、権利がありませんから」
「はー、これだもんなあ」
呆れる乙女。下を向く少女。
雰囲気も相まって説教しているみたいにも見える。
「まあ良いや。じゃあ、単純に教えて。どうしたら考えを変えさせられる?」
「わ、私は無理です。こう言う性格ですから」
「いや、あんたじゃ無くて。まあアイちゃんもだけどさ。ほら、何かいい方法無い?」
「きょ、共通の弱点はあります。私の所為ではあるのですが、抱きしめられると弱いです」
「ふーん?」
「な、なので、抱きしめて諭してあげると効果はあるかもしれません」
「こんな風に?」
「あっ、ちょっと!?」
一瞬抵抗しようとした少女。
しかし、それよりも早く、乙女は少女を捕まえてしまった。
「成る程ねえ」
「試さなくても良いのに」
「嫌?」
「そ、そう言う訳では無いですが、恥ずかしいです」
「良いじゃん良いじゃん。誰も見てないし」
「しかし本当にやるとは思っていませんでした」
「いやー、しかしアレだね。初めて会った時のツンツンしてるアイちゃんが懐かしいね」
「まあ、家族ですから」
「お姉ちゃんと呼んでも良いのだよ?」
「‥‥‥」
「無視!?」
少女はいつの間にか鋭い瞳へと変わっていた。背後にいる乙女には見えないが、さっき迄のゆったりとした雰囲気は、少なくとも目からは感じられない。
「強引に行くと良いでしょう」
「ん??」
「イヴは今、迷子です。なので強引に道案内をしてあげると良いです。また、その度に褒めてあげると効果的です」
「あ、ああ了解」
「イヴを頼みます。かつての親友である貴女ならば任せられます。私は、どうなっても構いませんので」
「‥‥‥はあ。ま、一応覚えとくけど」
乙女はそう言って、暗い部屋から消える。
一人取り残された少女は、何処か何も無い場所を眺める。一瞬で飽きが来てしまう程の狭い空間に囚われているのにも関わらず、少女は平然としている。
見た目に反して気丈と言うべきか。
慣れた様に独り言を始める。
「アレは失敗でした。自分の事を優先したが為に失敗したのです。誠心誠意謝っておくのが正解だったのでしょう」
目を閉じ思い馳せる少女。
何時如何なる時も記憶を掘り起こして、過去を振り返り続けて来た少女。
成功や失敗。数多の記録、記憶は少女の中に蓄積されている。それ故に何が正しいか、簡単に判別出来てしまう。
「あああの時謝っておけばああ。嫌われてしまいました。し、しかしまだ出来る事はあります。あの子の為に、何が出来るか。それを考えるのが私の役目です」
少女はそんな事を延々と考え続けていた。
そんな時。一筋の光が目の前を照らす。暗い暗闇の先に光の出口が現れ、少女はそれに引っ張られた。
恐る恐る瞼が開き、その瞳に光と言う名の情報が大量に入って来た。状況はイマイチ飲み込めないが、一つの推測が浮かび上がる。
時々私に会いに来ていた女性から聞かされていた事。
「アイちゃん」
誰かが私の名前を呼んだ。
間違い無い。私にその名を与えてくれた最愛なる人。その人の声。
推測は確信へと変わり、それを裏付けるかの様に私を覗き込む人がいた。
「イヴ」
私がその名前を呼べば、ぼろぼろと大粒の涙を溢す私の妹。
こんな、裏切り者である私を復活させ、更に泣いてまでくれる妹。
「ごめん、ごめんね。アイちゃん」
「悪いのは私ですよ」
私は当然謝った。それと同じくらいの回数を謝り返してくる妹。気が付けば互いが互いに謝り合う、何とも不可思議な状況になってしまった。
「おかえり。アイちゃん」
穏やかに笑っていた。涙で瞳は輝きを増し、とても優しくて綺麗な表情。私と違う一切の悪意の無い笑顔。
そんな暖かい笑顔を向けられたら。
「うぇ、いゔぅ」
我慢できていたはずの感情は、久しぶりに制御が全く効かなくなりました。強く見せていたのに。無駄な努力を。
気が付けば、ただ必死に縋り付いていたのは確かで。
そのまま。暫くの間、背中を撫でて貰うのでした。
えー、長らくお待たせしました。
本当に本当に。
次の話は少しだけ時が進みます。と言っても、数ヶ月後からと言った感じです。
それから、また適当に外伝にアイちゃんの話を投稿する予定です。本編に書いたらくどい気がしたので、興味のある方は読んでやってくれると嬉しいです。
次の数行は言い訳です。
しょうもない事が書いてあるので、数行飛ばして最後の方だけ読んで頂ければ大丈夫です。
「面白い話を書きたくて始めた事なのですが、アイちゃんをどうするかで悩みました。投稿が遅くなったのはそれが理由です。ごめんね。
元々アイちゃんとお別れして終わるつもりでした。しかしそれはいくらなんでも酷いかなと思ったんですが、全く練ってなかったからむずかしいよう」
この度の投稿不定期は、作者の無計画が招いた災いです。改めましてお詫び申し上げます。